第44話
44
一日が終わり、署内の帳場を出て、歩き出す。新宿の街を見ながら、明日祭日も通常通り仕事であることを思った。確かに疲れる。日々過労やストレスでヘトヘトになっていた。帰りの電車の中で居眠りすることもある。だが、時は待ってくれない。どんどん過ぎ去っていく。最近、めっきり時間の使い方を考えるようになってきた。三十代後半の男性の行き着く感じ方であり、半ば必然的なことだ。
自宅最寄りの駅で電車を降りて、マンションまで歩いていく。体は健康なのだが、とにかくきつい。帰宅後、食事を作って取った後、入浴して髪や体を洗う。ゆっくりし続けた。家にいる時は、あえて仕事のことを考えない。もちろん、思い浮かんでくることもあるのだが……。
翌朝午前六時には目が覚め、起き出す。上下ともスーツに着替え、コーヒーを一杯淹れて飲んだ後、カバンを持って自宅を出た。駅から地下鉄に乗り込み、都心へと向かう。スマホを見ながら、ニュースなどをチェックする。担当している新宿での殺人事件のことが報道されていた。毎報新聞など、奈々が取材に来てから、連日社会面に取り上げている。苦々しい。そう思っていた。
午前八時には署に着き、刑事課を通り抜けて捜査本部へと歩いていく。デスクに着き、パソコンを立ち上げて、警察関係のサイトを見始めた。さすがに捜査情報の中に真新しいものはない。言わずもがなで、警察上層部の五億円の裏金のことなどは一切記載がない。あのことが流れると、警察は一巻の終わりだからだ。
過去に警視庁のキャリアの人間たちがその手のことで失脚した例もあった。たった一つのことで身を持ち崩すのだ。思っていた。ある意味、失点・失策というのは恐ろしいと。常に頭の中でそのことが浮かぶ。パソコンを見ながら、ずっと感じていた。五億という額の金も侮れないと。確かに額面としてそう多くはないのだが……。
昼になり、出前で届けられた丼物を食べる。月岡も吉倉も、帳場内の他の刑事たちも食事を取った。気分がいい。さすがに食事時が一番落ち着く。常に捜査本部内はピリピリしているのだし……。
食事後、昼休みも終わって、午後一時からまた通常通り詰める。吉倉がタバコを吸い始めた。刑事課きってのヘビースモーカーで、安物を大量に吸う。体に悪いのだが、止められないようだし、懲りないのだ。まあ、長年の習慣だろうから、俺の方が何か言って止めさせることはなかったのだが……。
警察の作った五億円の裏金の実態に関し、皆口を噤んでいる。もちろん、新聞社や雑誌社などの関係者もそのことは知らない。知っていても、書けないのである。現段階では根も葉もないことで、事実として浮かび上がってきてないのだから……。
十一月上旬の新宿の街は晴れていた。少し肌寒く、長袖のシャツの上にコートなどを羽織って目抜き通りを歩く人が多い。時間が経つのが早く、あっという間に時が過ぎ去っていく。思っていた。何よりも時間を大事にしようと。(以下次号)




