第4話
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夜は一人暮らしの部屋で遅くまで起きている。自宅マンションは都内でも便利のいい場所にあり、ほぼ毎日署に通うにしても、不便さはない。眠るのは大抵午前零時過ぎか、日付が一つ変わって午前一時前ぐらいだ。それに朝はきっちり目が覚める。十年以上警察官としてやってきて、一定の緊張感があるのだろう。毎日寝不足でも頑張れた。
それにしても、東川幸生を転落死させたのは一体誰だろう?訝っていた。新宿北署の人間たちは必死で捜査していると推察できる。デカも一つ一つのヤマに懸命なのだ。それは十分分かっていた。別に俺だって署では相方の吉倉や課長の月岡と話をするぐらいで、他の警官とは滅多に話さない。それで回るのだった。いくら組織社会の警察でも、同じ部署にいる人間とは面識がない場合が多い。
翌朝、午前六時過ぎには目が覚め、起き出す。洗面所で歯を磨き、顔を洗ってから上下ともスーツに身を包む。そしてコーヒーを一杯淹れ、ブラックで飲んだ。眠気はない。朝食を食べる習慣がなく、いつも朝はコーヒーだけだ。地下鉄の駅まで歩き、乗り込んでから、新宿へと向かう。
街は騒がしかった。持っていたスマホをネットに繋いで見ると、北新宿の事件は現場の手すりに残っていた指紋と掌紋のDNA鑑定が行われ、事件に関与したと目される人間を洗い出すようだった。警察の判断は間違ってない。それに鑑定を行う警視庁科捜研もしっかりとした指針を持っている。
午前八時二十分頃に署の刑事課に行くと、月岡も吉倉もいて、吉倉が、
「おはよう、井島」
と言ってきた。一言「おはよう」と返し、デスクに着く。疲れはあった。ずっと緊張感があると、体は疲労気味になる。パソコンの電源ボタンを押し、起動する合間にプラスチック製のカップにコーヒーを一杯注いでから飲む。そして庶務を始めるため、マシーンに向かった。眠気はないが、体は重い。
刑事課は午前九時の業務開始時刻と共に電話が鳴り出し、ファックスなどが作動し始めた。公務員稼業は安定している分、逆に大変だ。何でもしないといけないからである。回り続ける。身も心もすり減らすように。
課長席にいた月岡が、
「井島、吉倉、今から歌舞伎町交番の人間と一緒にパトロールしてくれ」
と言ってきた。朝から嫌な仕事任されたと思いながらも、
「はい」
と返し、立ち上がって歩き出す。吉倉と揃って署を出、歌舞伎町交番へと向かった。あそこの駐在は確か……、そう篠田亮平だった。篠田は二十代前半で階級は巡査部長、Ⅲ種試験合格者のノンキャリアだ。職務歴は浅く、あの街の恐ろしさをつい最近知った人間である。
徒歩で篠田のいる交番に着くと、
「ああ、井島巡査部長、吉倉巡査部長、お疲れ様です」
と言ってきた。
「ああ、お疲れ。……課長にパトロール命じられたからね。来たんだ」
吉倉がそう言うと、俺も気を入れ、三人で歌舞伎町の雑踏に入っていく。辺りは飲み屋や風俗店、パチンコ店などが軒を並べ、合間にファーストフード店など、食事を取れる場所もある。見慣れた街だ。目の奥に焼きついたように。
歩を進め、わずかに人が行き来する通りを見て回る。九竜興業の関係者もいると思われた。もちろん、鉢合わせしても、俺たちはマル暴じゃないので対応できない。月岡も本来なら、マル暴を一人ぐらい付き添わせてもいいのだが、そこまで気が回らないのだ。
朝の歌舞伎町は未だ眠っている。まだ活動時間帯じゃない。思っていた。この街が眠りから覚めるのは、午後五時前後であると。それまでは休止していて、じっと息を潜めている。悪の街は夜賑わうのだ。絶えず欲望を求める人間たちが押し寄せて。
パトロールが終わったのは午前十時半過ぎだった。おそらく夜勤のデカたちも今夜見て回るだろう。北新宿で殺人事件があった後なのだし、その余波が歌舞伎町に押し寄せてくるのも予想できて……。
所持していた警棒で地面を打ち付けると、アスファルトにひびが入る。やっちゃいけないことも遊び半分でやるのだ。この一撃で十分護身になるのだった。凶悪犯などには喰らわせてやる。こっちは警官だ、舐めんなといった感じで。(以下次号)