第39話
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その日も仕事が終わると、カバンを抱え、吉倉たち同じ部署の人間に一言言って、捜査本部を出た。新宿の街を駅まで歩いていく。思う。疲れたなと。一日ずっと帳場にいると、きつい。
確かに刑事は堅気の仕事だから、常に緊張感を伴う。駅コンコースから地下鉄に乗り込み、揺られながら、日々ずっとそういった感じだ。暇はない。また明日も仕事だ。警察署は常に誰かが電話番をしている。特に今のように、管轄内で殺人事件などが起こっていると尚更だ。そのために朝から夕方まで詰める。
吉倉もだいぶ参っているようだった。何せ事件でも殺人を扱っていて、その捜査が進展を見せないとなると、一層きついだろう。互いにいろいろと思惑があった。心の中の影だ。光が当たることのない闇である。
自宅に帰り着くと、麗華がいた。部屋の掃除をしてくれ、夕食も二人分用意している。
「今日仕事休み?」
「ええ。……ママに別の用事があるから、店は閉めてあるわ」
彼女がそう言い、軽く息をついて、笑顔を見せる。その笑みに癒された。抱えていたカバンを下ろし、部屋着に着替えて一緒に食事を取りながら、ゆっくりする。食事後、麗華が後片付けをして、バスルームに誘った。髪や体を洗い合い、混浴する。入浴後、ベッドの中で絡んだ。ゆっくりと腕同士が重なり、体も重なり合う。確かに性交は一定の快感をもたらす。男女双方に。
午前零時前までベッドの中で語り合い、その後、眠った。朝まで熟睡する。確かに心身ともに疲れているので、夜間は十分休息を取るのだ。翌朝も普通に午前六時には目が覚めて、起き出した。先に麗華が起きていて、朝食を作っている。普通に部屋着からスーツに着替え、彼女と一緒に食事を取った。とにかく事件捜査が控えているので、休む間がない。食事後、コーヒーを飲んだ後、部屋を出た。麗華が見送ってくれ、地下鉄の駅へと歩き出す。今日も東京の街は騒がしい。
そしてまた丸一日が過ぎ去り、翌日も通常通り勤務する。思う。何かと辛いことが多いなと。刑事の職務は厳しいのだ。それは十分自覚できている。何せ息をつく間がない。次から次に仕事が来る。きついのだった。だが、殺人事件で新宿中の所轄の警官がホシを追っている以上、内勤でも休めない。代わりのデカがいないのだ。
その日の昼、食事を取った後、吉倉がタバコを吸いながら、
「井島、体大丈夫か?」
と訊いてきた。きっと俺の顔色が悪いから、そう言ってきたのだろう。
「ああ、まあな。……緊張感は続くけどね」
「俺も少し休みたいのが本音だよ。ずっと慌ただしいし」
吉倉がそう言い、重たげに息を吐き出す。頷き、椅子に座ったまま、パソコンのディスプレイを見ていた。警視庁の事件関係のサイトは、しばらく更新が滞っている。まあ、これが捜査の実態だ。仕方ないのである。警察が死力を尽くして捜査していても、現実はこんなものだ。
その日もずっと捜査本部に詰め続けた。管理官の月岡も、永岡の連れてきた三人の刑事たちも黙ったまま、フロア内にいる。何か手がかりや有力な捜査情報等はないか?そればかり気に掛けていた。暗中模索――、まさにその通りの展開となりつつある。闇の中を探るように。(以下次号)




