第33話
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その日も午後五時まで捜査本部に詰め、勤務が終わると、夜勤のデカと入れ替わって帳場を出た。思う。淡々と時間が流れていくのだが、仕方ないと。さすがに新宿中央署が抱える角井卓夫殺害の案件は福野富雄が逃亡している以上、容疑者を捕まるまで気を抜けない。心労があった。心に負荷が掛かっているのだ。
新宿駅へと歩いていく。駅構内の地下鉄乗り場に着き、そこから電車に乗り込んで、自宅マンションへと向かう。帰宅して食事と入浴を済ませ、リビングで読みかけていたミステリーを読みながら、寛いだ。就寝時間までリラックスし続ける。
翌日月曜も普通に午前八時には出勤し、捜査本部に詰めた。パソコンに向かい、警察の捜査情報サイトを見る。これらは現役の警察官しか見れない。アクセス専用のIDとパスワードが必要だからだ。情報漏えいなどを防ぐため、警察も網を張る。こういったところに警視庁や、その親会社的存在である警察庁の凄さを思う。セキュリティーなどはかなり厳しかった。情報が悪用されないように、である。
その日は目立って収穫なく終わった。また午後五時には帳場を出、自宅へと舞い戻る。そして翌日火曜を迎えた。朝午前六時に起き出してから、コーヒーを一杯淹れて飲み、カバンを持って歩き出す。疲労はあった。連日きちんと眠れていても。
自宅最寄りの駅から地下鉄に乗り、新宿中央署へと向かった。すでに二件の案件とも公開捜査になっているから、マスコミがテレビやラジオ、新聞、雑誌などで取り上げる。特にブン屋と呼ばれる新聞記者など、始終張り付いていた。まあ、仮にその手の連中が近付いてきても、一々相手にはしないのだが……。だが、その日の午後一時過ぎ、署で通常通り勤務していると、三十代後半ぐらいのスーツ姿の女性が一人やってきた。月岡が応対すると、事件を取材させてほしいと言う。毎報新聞の石田奈々という女性記者だ。
「吉倉巡査部長が角井卓夫さん殺害の折、死体が遺棄されたホテルを捜索されたと聞いておりますが、何か福野富雄を犯人と決定づける証拠などは出たのですか?」
記録用のICレコーダーを回しながら、手元でタブレット端末を使い、要点を速記する。吉倉が答えた。
「室内からDNAが採取されたんです。容疑者の」
「それが決定打……だったのですか?」
「ええ。事件当日、現場となった部屋に出入りしたのは福野だけで、犯行時間帯直後、ホテル職員が目撃しています。防犯カメラには途切れ途切れにしか映ってませんでしたが。……ホテルのボーイが見たのが、犯人の逃走時の姿です」
「そうですか……」
奈々がそう言い、レコーダーを回して記録を録り続ける。脇で見ていて、女性記者の隙のなさを感じた。だが、奈々はそれから十五分ほど経つと、軽く息をつき、レコーダーを停める。そして「今日のところはこれで。失礼します」と言って、捜査本部を出た。
きっと新聞社側もろくな取材のないような、飛ばし記事を書くのだろう。そういった点は雑誌社の出す週刊誌などと全く変わらない。思っていた。また上の人間たちが苦労するだろうなと。大抵、責任を取らされるのは、警察でも上層部なのだから……。
その日も奈々が帰った後、また詰め続けた。午後五時まで休みなく。(以下次号)




