第31話
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その日も捜査本部に詰め、午後五時まで勤務した。収穫はなしで、疲労だけが残る。だが、一応帳場があるのだから、捜査員としていないといけない。単に頭数を揃えるだけなのだが、仕方なかった。五時過ぎに捜査本部を後にして、新宿駅へと向かう。辺りは人が多かった。通りには今日も夜が降りてくる。
確かに二つの案件は行き詰まりを見せていた。事件自体、膠着している。だが、どう言いようもなかった。一応ヤマが動くまで、帳場にいないといけない。刑事にとって、任された事件が解決しないことほど、ジレンマが生じるものはないのだ。
地下鉄を乗り継ぎ、自宅マンションへと戻ったのは午後六時半を回る頃だった。食事を作り、独りの部屋で取る。麗華は通常通り、勤務のようだ。ホステスは羽振りがいい。どんな時代でも金持ちの男は、クラブなどで女相手に金を落としていく。変わらないのだった。
入浴し、風呂上りに三百五十ミリリットル入りの缶ビールを一本空にした後、寝室に行く。そして読書した。ミステリーは好きだ。本を読む習慣はある。眠前にわずかな時間だけだが……。
午前零時前にはベッドに潜り込み、眠る。すぐに寝入った。不眠などはない。夜間はなるだけ眠るようにしているのだ。本来なら午前零時は、就寝時間としては遅い方なのだが……。
翌朝、午前六時には起き出し、キッチンでコーヒーを淹れた。一杯飲んで目を覚ました後、上下ともスーツに着替えて、カバンを持ち歩き出す。部屋を出、扉が施錠されたことを確認して、最寄りの駅へと向かう。また一日が始まる。何かと物憂いのだが……。
午前八時前には署に着き、刑事課を通り越して、捜査本部へと歩いていった。中に入ると、すでに月岡も吉倉も、他の捜査員も来ていてデスクに詰めている。吉倉に、
「おはよう」
と言うと、
「ああ、おはよう。……井島、きつそうだな?」
と言ってきた。
「うん、少し憂鬱でね。何かしら体が重たいし」
「この帳場の雰囲気のせいか?」
「それもある。捜査が進まないと、気分が滅入るよ」
「今、新宿区内の所轄の捜査員が福野の身柄追ってるから、心配するな。いずれ捕まえる」
「まあ、それならそれで安心なんだけど」
本音が漏れ出る。心の中も秋空のように変わりやすいのだ。ひとまず形からと思い、コーヒーを一杯淹れてブラックで飲み、気を落ち着ける。パソコンを立ち上げ、例の警視庁のサイトや、ここ最近見てなかった前歴者のデータベースなども見た。とにかく事件解決までじっくりと腰を据えるつもりでいる。
吉倉も隣のデスクでパソコンを使いながら、いろいろやっていた。きっと勘付くものがあるのだろう。互いにずっと黙っていたのだが、コンビを組んでいると、意中が手に取るように分かる。この署では昔、綾瀬と月岡が組んでいたことが未だに武勇伝のように伝えられ、俺も吉倉と組み、正解だと思う。
まあ、警察官などいろいろ厄介事があるのだ。一々気にしない。気にしていると、損をするのだし……。正午にはいつも通り、出前が届く。食べながら、少しだけ気を抜いた。過労も祟るとまずい。気を抜ける時はそうしていた。張り切ると疲れる。程々に、と思っていた。
午後も時間が過ぎていく。事件が膠着しているのは致し方ない。そう思い、詰めていた。殺人事件の捜査本部にいるので、休みもなくずっと勤務だ。休日も返上する形で……。(以下次号)




