第28話
28
その日も目立って進展がなく、午後五時になると「お先します」と一言言って署を抜け、歩き出す。秋の夕方で肌寒い。上からコートを羽織り、通りを歩いていく。新宿は欲望の街だ。そういった空気が蔓延している。
新宿駅の改札を抜けて地下鉄に乗り込み、自宅最寄りの駅へと向かった。体が重たい。ストレスと疲労があって、気分も優れない。だが、逃げられない。自分にそう言い聞かせる。座席に座り、スマホを見ていると、いろんな情報が入ってきて、幾分混乱気味だ。
その夜、自宅マンションに帰り着き、食事を取ってから入浴した。ほんのひと時だが、ゆっくりする。眠前に読みかけていた推理小説を読みながら、寛いだ。そして午前零時前にはベッドに潜り込み、眠る。
翌朝午前六時には起き出し、部屋着から上下ともスーツに着替え、キッチンでコーヒーを一杯淹れた。飲んだ後、洗面し、そのままカバンを持って部屋を出る。
駅は朝のラッシュだ。人が溢れ返る。新宿方面の地下鉄に乗り込み、揺られながら出勤した。慣れているのだ。大抵、午前八時には署に着く。朝はずっとこんな感じで、入庁時のような躊躇いはない。歌舞伎町交番にいた頃は、今より忙しかった。あの頃は制服着用で、警察社会に新鮮味を覚えていたのだし……。
出勤してから、捜査本部に入っていき、デスクに着く。パソコンが起動する合間にコーヒーを一杯淹れる。飲みながら、いつも閲覧する警視庁のサイトを見始めた。多少疲れていても朝から勤務だ。確かに参りそうになることもあるのだが……。
月岡や吉倉、それに永岡の連れてきた三人の警視庁のデカたちもずっと詰めている。普段、帳場はパソコンのキータッチ音が響き、電話が鳴り、ファックスが作動する。普通のオフィスとそう変わらない。慌ただしさは同じだ。特に所轄が殺人の捜査案件を抱えているとなると、捜査本部内のテンションは高い。
昼になり、出前の丼物で食事を済ませた。そしてしばらくデスクに座り、休憩していると、眠気が差す。またコーヒーを淹れて飲み、カフェインで目を覚ました。例のサイトを見ながら、絶えず喚起する。今、殺人の案件で捜査中だと。
吉倉は角井卓夫が殺害された現場を洗っているので、詳しいことを知っている。それは粗方サイトに掲載され、警官たちも頭に叩き込んでいるはずだ。だが、現場を見た当の吉倉は、微に入り細に亘るまで知っていて、サイトを通して間接的に見る人間より詳しい。あの荒らされた現場は実に異常だ。犯人と目される福野富雄が何を考え、角井を絞殺したのか?やはり何かしら因縁がある。事件自体に。
九竜興業は未だ警視庁組対部の捜査対象にはなってないが、いずれ対象となるだろう。組対が扱うのは主として暴力団犯罪や、覚せい剤・麻薬などの取り締まりである。ゴーサインが出れば、すぐに矛先が向く。あのデカたちには頑張ってもらうしかない。俺たち刑事課の刑事がやれることは、極々限られているのだから……。
秋の日の一日が過ぎていく。区内の通りは人の洪水で。(以下次号)




