第20話
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パソコンに向かい、ディスプレイに目を落として、その日もずっと帳場にいた。二件の殺人現場にはデカたちが集まっているだろう。思っていた。刑事も事件を扱うのが仕事だが、その前に人間だと。おそらく捜査班は福野や、ヤツの母体である九竜興業を対象として扱い、極力狂いのない捜査をするだろう。俺も一人のデカなのだが、さすがに暴力団は怖い。暴力団担当の仕事はマル暴など、その手の部署のデカたちに任せておく。
昼になり、出前で取られた食事を取って、その後また仕事する。孤独だが、気にしてない。警察官でも一匹狼はいる。俺自身、吉倉が相方なのだが、あの男性刑事との接点は単に勤務中だけだ。それに今は互いに別の場所にいる。常に行動を共にしているわけじゃない。関係自体、極めて限定的な感じだった。
午後からも帳場に詰める。さすがに捜査本部内はピリピリしていた。福野がスリープレスのオーナーである角井卓夫を殺害し、ホテルの一室に遺棄した――、警察はそう踏んでいる。推理なり推察の狂いが多少あったとしても、事件を起こした犯人は紛れもなく福野だ。そう思い、足取りを追っていた。
別に俺だってそう偏差値の高い大学を出ているわけじゃないし、Ⅱ種試験合格者だから、準キャリアの身だ。入庁後、絶えず努力してきた。確かに東大や京大などの一流大学を出て、Ⅰ試験をパスしてきたキャリア組には頭脳でも肉体でも負ける。
いろんな刑事たちを目にしてきた。たとえ三十代後半でも、俺の観察眼は鋭く、人生経験は豊かな方だ。多数の人間を見てきた分、いろんな思いなり何なりがある。決して人生の方向性は間違ってないと思っていた。
吉倉とも組んでいるが、あの男は直情的だ。理知に欠ける。だが、捜査に関しては地味なところがあった。小さな積み上げで多数の事件を解決してきたのは、物凄い実績だと思える。見習いたいと思う点もあった。
東川幸生が殺害された北新宿のヤマは、新宿北署のデカたちが追っている。思っていた。所轄の捜査がやがて功を奏することもあると。確かに殺人事件だと、刑事たちの目は一定の領域に集中する。致し方ない。刑事が事件捜査で近視眼的見方に陥るのは昔からだ。気にすることもないだろう。
それにしても、両方のヤマは共に物証に乏しい。感じることは多々あった。もちろん、小さな証拠から事件を解決していく手もある。デカもいろいろタイプがあった。
「井島」
「はい」
月岡が呼んだので返事をし、立ち上がる。そして管理官席へと向かった。
「何でしょう?」
「吉倉は二件目の事件現場に張り付いてる。マル被の福野が捕まるまで、事件は膠着するだろう。……辛抱してくれ」
「ええ、分かってます。……課長も捜査員にしっかりと指図を出してください」
「ああ」
月岡がそう答え、手元にあったコーヒーのカップに口を付ける。そして軽く息をついた。上司は若干心労があるようだ。気遣うつもりでいた。単に椅子に座って指示を飛ばすだけでも、何かと疲れてしまうのだし……。一礼し席に戻って、またパソコンに張り付く。暇はない。時が過ぎ、事件も徐々に風化していくのだし……。
十月頭の秋空が一際綺麗な一日だった。(以下次号)




