第19話
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その日も終わり、午後八時前に署を出てから、新宿駅へと向かう。人の波に紛れながら、地下鉄に乗り込み、自宅へと帰っていった。疲れているのだが、犯人逮捕と事件解決までしばらくはこんな生活が続くだろう。参りそうになることがあった。何せ過労とストレスでヘトヘトになっていたのだし……。
自宅マンションに帰り着くと、スーツを脱ぎ、部屋着に着替えた。そして風呂場へ向かう。シャワーを浴びて、体の疲れを落とす。軽く一息つけた。もちろん、いろいろ感じることはあるのだけれど……。
風呂上りにキッチンの冷蔵庫から缶ビールを一缶取り出し、飲みながら寛ぐ。自然と眠気が差してきた。まだ午後十時半過ぎだが、早寝しようと思い、ベッドに入る。そのまま寝入った。確かに日勤の警察官でも、夜間出動はある。常に一定の緊張感があった。
翌朝、午前六時前には起き出し、洗面所で洗面を済ませ、上下ともスーツに着替えてから、カバンを持って部屋を出た。この分だと、午前七時半には署に着く。幾分早すぎるのだが、別にいいと思っていた。おそらく吉倉が来るのは午前八時を回る頃だ。たまには先に来ていてもいいと思った。
地下鉄を乗り継ぎ、新宿駅から歩いて署に着く。そして刑事課横の帳場に入っていくと、月岡が先に来ていた。
「おう、おはよう、井島」
「おはようございます、課長」
「吉倉はまだだぞ。アイツには事件現場を担当してもらってる。忙しいみたいだからな」
月岡が軽く息をつくと、一瞬躊躇ったのだが、やがて、
「……課長、捜査長引きそうですね」
と言った。
「ああ。福野の身柄はまだデカたちが追ってる。それに九竜興業の立件もまだだ。組対も忙しいんだろ。……俺もこの帳場の責任者だが、気苦労できつくてしょうがない」
「確かにお立場は分かります。東川幸生殺害と、角井卓夫殺しはおそらく水面下で繋がってますから」
「俺も思うんだ。二つのヤマがブリッジみたいに交錯して、ここ新宿の街の裏で起こってることがあるなって」
「そうなってくると、歌舞伎町もなんかも関係ありそうですね」
「ああ。あそこは新宿の顔だからな。……俺も昔、綾瀬署長とコンビ組んで捜査してきた。庭みたいに知ってるんだよ」
一昔前、月岡と綾瀬はコンビを組んでいた。互いに相性がよかったのだろう。コンビ自体、長く続いた。そして俺と吉倉が組むようになり、月岡と綾瀬のコンビは事実上解消されたのだが、未だに息が合っている。聞いて知っていた。現役捜査員時代にたくさんのヤマを解決してきたと。それがここ新宿中央署のデカたちの語り草になっている。まあ、昔話の類はたくさんあるのだが……。フロア隅のコーヒーメーカーでコーヒーを一杯淹れて飲み、パソコンを起動させて仕事を始める。刑事の本来的な姿を目指し、形から入っていく努力はしていた。現役警察官としてのキャリアは相応にあるので……。
吉倉は午前八時二十分過ぎに来て、俺に「おはよう」と一言言った後、そのままカバンを持ってフロアを出ていく。今日も二件目の現場に行くのだろう。一件目の北新宿の現場には、新宿北署の捜査員がいるのだし……。張り付くのは大変だ。察していた。秋風に吹かれながらも、気が滅入ることはあるのだから……。(以下次号)