第15話
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事件当日のホテルは職員の出入りが多く、被害者の方にも目立った動きがなくて、捜査は難儀する。害者の死亡推定時刻である午前四時から五時の間にも部屋近くの防犯カメラにはホシらしき人物は映ってない。
だが、午前六時頃の映像に怪しい人間が一人映っていた。おそらく角井を殺したのはこの人間だろう。現に午前六時半過ぎに、事件現場である部屋からその人間が出てきている。死後八時間という鑑識の見立てには若干の狂いがあった。そしてホテル職員に頼み、その人間を特定してもらう。
角井を殺害した人間はおそらくこの男性だ。そう思えた。福野富雄。九竜興業の構成員だ。福野が角井を殺したのは、経営するクラブに対する嫌がらせが半分あっただろう。もう半分は紛れもなく殺意だ。
月岡のいる帳場に打診すると、待機していた捜査員全員が福野を角井卓夫殺害の容疑者として、捜査対象に入れた。そして月岡を始めとする警察上層部の命令で刑事たちが動き出す。やっと警察にもスイッチが入った。そう思い、また事件当日のホテルの様子を探る。
その日も昼間は出前で丼物が取られ、正午過ぎに食べながら、しばらく寛いでいた。食後コーヒーを口にし、また脳にエネルギーを入れる。捜査は道半ばだ。幸い、新宿中央署刑事課の警官は内勤担当の俺を除く全員が福野を追っている。警察もバカじゃない。まあ、もちろんバカな類の警官も世間にはいるのだろうが……。
角井は北新宿の雑居ビルにあるスリープレスで夜な夜ないろんな人間たちに酒を振る舞っていたらしい。スリープレス自体、極普通のクラブなのだが、客は多かったようだ。普段クラブなどには行かないから、詳しいことは分からないのだが、どうやら中では派手にやってたらしい。
福野を始めとする九竜興業の構成員たちは、新宿中のありとあらゆる店にミカジメの回収に出向き、場合によっては店内の器物の損壊などもやらかしていたと、その手の店の関係者からの証言は取れている。暴力団などやりたい放題だ。現に歌舞伎町なども、かなり派手に荒らされていた。やはり所轄にもマル暴が一人や二人いないと、その連中の手なずけは出来ない。極めて厄介だった。
その日、午後三時過ぎに吉倉がいったん署に戻ってきた。そして、
「現場は今押さえてる。……そっちはどうだ?」
と訊いてくる。
「ああ。角井卓夫を殺害したのは九竜興業の福野富雄だ。事件当日の害者の死亡推定時刻の後にホテルの部屋に出入りしてる」
「防犯カメラで確認したのか?」
「うん。カメラに福野が映ってた。間違いない」
そう言うと、吉倉が軽く息をつき、
「北新宿の東川幸生殺害のヤマとも絡めて捜査が必要だな」
と言った。デスクの椅子に座り、パソコンを起動させて、最新の捜査情報を把握してから、
「一気には無理だが、まずは福野の身柄確保だ。そして新宿北署にも本件と関係性の高いヤマとして、相互で捜査し合うようにしよう」
と言い、各捜査員の無線に連絡を入れた。「福野富雄を角井卓夫殺害容疑で確保」と。それから二つの署の捜査員に角井が殺害されたホテルに明日集合するよう、一報した。いろいろ思惑はある。と同時に、事件が本格的に動き出したのは間違いないと思えた。(以下次号)