第13話
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吉倉が監察医の解剖所見を読んでいる横で、俺の方も業務に専念していた。今日にはこの所轄にも帳場が立つだろう。角井の遺体は殺人という事件性があるので、警察が捜査を続ける。監察医や科捜研はここから先は入ってこない。
「井島」
「何?」
「帳場の指揮は誰が執るんだろうな?」
「それは月岡課長なんじゃないの?」
「現場は俺が管理してるからか?」
「ああ。……大変だろうけど、しっかりね」
そうとしか言えなかった。この男は頑張るのだ。俺や他の刑事が何を言っても必死になる。案外、責任感の強い男性だった。だから、現場は丸投げされたのだろう。その代わり、捜査本部は月岡に任せて、だ。
午前十一時過ぎに吉倉がデスクの椅子から立ち上がり、歩き出す。おそらく現場に行くのだろう。刑事は普通二人一組なのだが、例外的なこともある。特に今回のように事件発生後、現場近辺を動く際、単独行動することも稀にあった。
午後二時過ぎにスマホに連絡が入る。誰からだろうと思って画面を見ると、帳場にいる月岡からだった。通話ボタンを押して、耳に押しあて二言三言ほど会話して頷く。そしてすぐに刑事課に隣接する捜査本部へと向かった。
「課長」
「ああ、電話で呼び出して済まない。俺も害者の解剖所見読んだ。……手口は頸部圧迫による絞殺だが、ホテル一室に遺棄された際、ホシは部屋の扉からまっすぐに逃げてる。ドアノブに付いてた指紋・掌紋などを布のようなもので拭った後、室外に出たことが鑑識の調べで判明してるが、これを君はどう読む?」
「その通りですよ。ホシは死体を遺棄した後、室内にある科学的証拠等を消してしまってから、逃走してます」
「ホテルのボーイが目撃してるんだ。事件直後のマル被を」
「それは確かなことで?」
「ああ。……ホテルの防犯カメラには、途切れ途切れにしか映ってなかったけどね」
月岡がそう言い、軽く息をつく。そして言った。
「現場の捜査は吉倉に任せて、君は事件当日のホテル内の様子を探ってくれ」
「分かりました」
頷き、一礼してから歩き出す。月岡はパソコンのキーを叩き、各捜査員にいろんな命令を出していた。帳場の責任者として当然のことだろう。まあ、上司の行動など一々知らないのだが……。それに思っていた。この捜査本部がどれだけまともな捜査を出来るのかと。強盗や殺人など、凶悪犯罪の捜査で立った帳場は形式的な代物もあるのだし……。最後は現場の警官が解決するのだ。
北新宿の東川殺害との関連性を調べながら、思っていた。二つの事件は繋がっている可能性が極めて高いと。雑居ビル内で殺されたIT企業社長と、そのビル内でクラブを営業していた人間の殺害――、共通点がないわけじゃない。もちろん、単なる所轄の一刑事の勘の類ではあったのだが……。(以下次号)