第11話
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署に着き、刑事課に入って行って、吉倉に、
「おはよう」
と挨拶した。
「ああ、おはよう」
相方がそう返し、すでにパソコンに向かっている。午前八時二十分過ぎで、午前九時には警察署も一日が始まるのだ。最近、朝の点呼などはないが、署内は相変わらず慌ただしい。パソコンを立ち上げて、起動するまでにプラスチック製のカップにコーヒーを注ぎ、飲む。意識が覚醒したところで、仕事を始める。
その日もあっという間に正午になった。取られていた出前で食事を済ませる。丼だったが、きっちり一人前食べ終わった。空腹が満たされる。食欲はあるのだ。ストレスや過労があっても。
午後からも通常通り署内に詰めた。警察署内の雰囲気はいいか悪いかといえば、むしろよくない方だ。常に感じる。個々の刑事たちの交錯する思惑を。ずっとパソコンのディスプレイを覗き込んでいると、吉倉が近くに来て、
「井島、北新宿の殺しのヤマ、気になるよな?」
と言ってきた。
「ああ。手も足も出せないけど、気にしてるよ」
「今、新宿北署の刑事課に帳場があるけど、捜査員は害者の東川幸生殺害のマル被すら、まともに特定できてないらしい。……階段の手すりに残ってた指紋と掌紋がビル支配人のものであることが分かって、あそこのデカたちも落ち込んだみたいだ」
「まあ、確かにそうだろうな。俺も仮に捜査関係者なら、そうなってると思う」
頷き、立ち上がってカップを持ち、コーヒーを淹れるため、フロア隅へと行く。吉倉がタバコを取り出し、銜え込んで火を点ける。そして燻らせた。煙が絶えず上がる。安物のタバコのようだが、吉倉にしてみれば吸い心地がいいようだ。
謎はある。東川が殺害される動機は、どうやら手で握り込んでいたフラッシュメモリのような記録媒体にあるようだ。つまりデータ盗というやつである。こうなってくると、厄介だ。どういった情報が持ち去られたか、一度東川の身辺を調べ直してみる必要があった。これはおそらく捜査関係者なら、誰もがすることだろう。
それに遺体は監察医によってすでに解剖されているが、その記録をもう一度調べ直す必要性がある。仮に転落死でも、どういった形で、マル害が死亡したか?頭蓋骨の陥没が転落前に生じたなら、それも考慮に入れるべきだ。つまり害者は殴られて負傷した後、階段から滑り落ちて死亡した――、そう考えると、説明が付く。
単に被害者の遺体一つから、いろんなことが類推される。思っていた。これは単なる一殺人事件じゃないと。東川を葬った人間は次にどこかで消される。まるでリセットでもされるかのように……。そして新たな事件が巻き起こった。まるでべっとりと上塗りでもするかのように。(以下次号)




