第1話
1
新宿の街は今日も荒れている。警官である俺も上下ともスーツに身を包み、時間の許す限り、見回っていた。大抵、歌舞伎町では覚せい剤などのヤバい薬や、違法銃器などを密売している輩がいる。当初は交番勤務をしていた俺もずっとこの街に張り付いていて、内情は一通り知っている。いや、知っているというより、その手の悪徳野郎どもから嫌と言うほど知らされているのだ。無理やりに。
九月半ばは暑さが引いていても、体がだるい。所轄である新宿中央署で刑事課にいて、昼食を取った後、コーヒーを飲みながら、手元のパソコンに見入っていた。マウスを握り、画面上で操作しながら、過去の警視庁の犯罪者データベースを見続ける。
「……石井謙一」
ふっと探り当て、呟く。同僚で巡査部長の吉倉が、
「どうかしたのか?石井謙一が」
と言い、話しかけてくる。
「いや。単に見てたら目に付いただけだ」
そう言い、また別のページを見た。誤魔化すように頭を掻きながら……。短髪はセットなしで、街の床屋に行くたびに短く刈ってもらう。年中スポーツ刈りだった。まあ、刑事だとどうしても整髪剤などを使い、セットしているイメージがあるのだが……。
午後二時過ぎ、署内に入電があった。歌舞伎町を緊急パトロールするようにと、上の人間が命令してくる。課内でも中央席にいた課長の月岡が、
「井島と吉倉も歌舞伎町に行ってくれ。最近、あの街も危ないからな。拳銃の携帯命令は出せんが、警棒を持って出ろ。護身用にな」
と言った。吉倉と一緒に名前を呼ばれたので、すぐに立ち上がって、小走りで行く。
「井島、行くぞ」
吉倉がそう言って、すぐに上着を羽織り、先に出入り口へと出る。それに従い、課を出た。ここから歌舞伎町まで歩いてものの数分だ。近場でいざこざがあれば、徒歩で行くこともある。
歌舞伎町にはヤクザとはまた別に業者がいて、厄介だ。その手の連中は薬や銃器など、何もかもを裏で流す。善良さはなく、一度摘発しても、微罪でまた出所してきて、その手の悪事に手を染める。悪質なのだが、仕方ない。実際、さっき見ていたデータベース中の石井謙一もそういった組織の一員だった。業者の存在が知られたのは、つい最近のことである。
吉倉が歌舞伎町の中にある風俗店の一つに入り、警察手帳を提示して、
「何かヤバいもの隠してないか?」
と訊くと、店関係者が首を横に振る。相方が軽く息をつき、
「また来るぞ」
と言って店外へ出た。最近犯罪が巧妙化して、警察も持て余しているのだ。振り込め詐欺も現役の犯罪の一つだが、その手の犯罪は裏の裏を掻いて、スレスレのところでやっている。刑事の俺も現場を押さえたことはない。
やけに気持ちが昂るのを感じながら、その日も夕方まで勤務し、仕事後、一人暮らしの自宅マンションへ帰宅した。真っ先にシャワーを浴び、ビールを飲んで寛ぐ。昼間のことは忘れ、ゆっくりしていた。幾分疲れがあったので。(以下次号)