そうだ、罠を張ろう
何度も言うが私は理系女子だった。
そう、全くもって納得がいかない。
え、え、どう言うこと?
一瞬で場所移動とか有り得ないんだけど。
何なの、この世界にはもしかして魔法とかが有るの?
じゃあ何だって?
神様も本当に居るって?
そんなまさか!
もう一回あの子に会いたい・・・!!
私の頭はそのことでいっぱいだった。
あの後、迎えが来る前に何とかお祈りの体制を整えた私は、どうやったらもう一度あの少年に会えるのかとひたすら思考を巡らせた。
会いたい、どうしても会いたい。
お礼もしたいし、どうやって一瞬で私を移動させたのかも聞きたいし、そして何よりも私は・・・
あの真っ赤な宝石のような瞳をもう一度見たかった。
まるで火傷をしたかのように私の心に痕を残してヒリヒリと痛むのだ。
まるで一目惚れのように。
しかし私の心は大人である三十路過ぎである。
いくら大人びていたからと言ってそんなことは有り得ない。
兎も角、どうやったらもう一度会えるのか考えを巡らせた。
そして考え着いた答えが、「そうだ、罠を仕掛けよう」であった。
ナイスアイデア私!
さすが私!
早速少年を捕獲する為に、少し怖いが昨日出会った場所周辺に罠をはろうではないか。
「ヴェルリネ、何を企んでおるのだ」
ギクウウッと私の肩は大袈裟なくらいに飛び跳ねた。
そうだった、今は勉強の時間だった。
またもやじいやの接近に気付かないとは、自分の考え込むと集中しすぎる癖は直さなければいけない。
「べつに、なにも」
「嘘をつくでない、どうりで珍しく真面目に話を聞いておると思ったら・・・何か企んでおったな? 」
「聞いてるってば」
聞いてないけど。
じいやは呆れたような顔でため息を吐く。
すんません。
「まったく、お前というやつは・・・」
そう言って仕方が無いな、と苦笑を浮かべた。
私は知っている。
どれだけ私が勉強をサボろうと、やんちゃをしようと、じいやは私のことをとても優しい目で見つめていることを。
まあ、だからと言ってじいやの為に私はまじめに勉強をしようという気にはならないのだけど。
呆れるじいやを何とか誤魔化しながら私は必死にどんな罠を仕掛けるか考えて今日の授業は終わった。
それから数日、私は罠を張るべく日々道具の持ち込みに精を出した。
お祈りの時間は私の中でもう罠を張る時間である。
何回か「罠の時間」とジルフェンに言ってしまい言い訳をするのに大変な思いをしたが、うまく誤魔化すことが出来たと思う。
お陰様で私は今ジルフェンに警戒されてしまっている。
どうやら自分が罠にかけられると思っているらしい。
今度ご期待に添えようと思う。
そして今日、恐ろしい目にあったあの場所でとうとう罠を張ることが出来る日がやってきた。
いつものように私は神殿からの脱出を図る。
「よし、誰も居ない」
辺りを確認して私は神殿を出た。
あんなに恐ろしい目にあったのにまだ一人で森を出歩く私のことを馬鹿だと思うだろう。
私もそう思う。
でも、どうしても私はあの少年にもう一度会いたいのだ。
これでまた獣に襲われて死んでしまったらあの少年を恨もうと思う。
一応周りを警戒しながら私は森の中を進んでいく。
しかしながら、私は恐ろしいとはいっても今は結構な精神状態にまで回復していた。
これは、認めたくはないが不思議としか言いようが無いのだが。
「森が護ってくれる」、と私は思っている。
確信していると言っても過言ではない。
何故か心の底から湧き上がる安心感が、私をこうまで無謀にしているのかも知れない。
そして私は導かれるようにあの場所へとたどり着いた。
あの日私の逃げ道を阻んだ大木が目印だ。
下は危険だと言っていたこと、木の上から現れたこと、やたら身軽にこの大木を登ったことを総合して考えてあの少年は恐らく木の上を移動している、と単純に予想を立ててみた。
この世界ではあり得ないことではない。
人は中々違う道は通らないものである。
だから、この辺りは通り道だと想定してなんとなくこの枝は飛び移りやすそうだな・・・という場所に何ヶ所か目星をつけて、そこに罠を仕掛ければ良いのだ。
スイッチの糸に足がつかえると、すごい勢いでロープが足に絡みつき人間を釣り上げる仕組みである。
よくある感じだろう。
ちなみに村の狩り道具小屋から拝借した。
よし、と私は腕まくりをする。
一本一本確実に、目立たぬように木に括りつけていく。
きっと私が木登りが出来るのはこの日のためだったに違いない。
慣れたもんである。
ちょちょいのちょーいってな。
それから何時間たっただろうか、無事に罠を張り終えた私はいつも以上にボサボサになってしまったが、まだ神殿に帰るまでに時間が余っている。
神殿に早めに戻って身だしなみでも整えよう。
いくら私がお転婆だからといってこのままでは何をしていたのか疑われてしまう。
「あ~疲れたあ」
ぐううっと伸びをしていると、背後でガサリと木々が擦れる音がした。
「え?」
そう私が振り向く間もなく、何かがこちらに飛び出してくる気配。
「ひゃあ!?」
そう叫ぶと同時に私は何者かに背中を押され地面へと叩きつけられた。
幸い柔らかい草の上だったので衝撃は少ない。
だが、何か大きなものが自分の背中の上に乗っている。
ハッハッと、息をするような音が上からする。
左肩が重い。
そう、何かに踏まれているような・・・
やばい、とうとうこの日が来たか。
冷や汗がダラダラと流れるのを感じながら私は思った。
これ、間違いなくこの間のやつじゃね?
死ぬんじゃね?
冷静に見えるかもしれないが決してそうではない。
私は、固まっているのだ。
ベロンと髪の毛ごと頭を舐められた感触がする。
「ひいいいいいいい!!!」
やっと私は叫び声を上げることができた。
馬鹿だろう、私馬鹿だろう。
ええ馬鹿ですとも!
何が森が護ってくれるだああああああ!!
理系女子が聞いて呆れるわあああああ!!
バタバタと暴れるが後ろからの重力が重すぎて手足を無意味に動かすだけで終わってしまう。
その間にもベロンベロン背中を舐められている感触がする。
と思ったらぐわんっとひっくり返された。
はい、こんにちは。
思った通り、私に覆いかぶさっているのは先日のでっかい狼だった。
ぐるる・・・と今日も眼をキラキラさせて私を見ている。
ベロン、と再び顔を舐められた。
「・・・っ」
ああああ私ヨダレまみれええええ!!
ベロン、ベロンと引き続き舐められる。
いつ噛み付かれるのかとビクつきながらも私は必死に耐えた。
耐えながらも不思議に思う。
中々来るべく痛みが来ない。
もし食べられるのだとしたら、もうとっくに噛み殺されているはず。
ここで私はひとつの可能性を見出した。
その時だ。
「うわあ!!」
聞き覚えのある声の叫びが聞こえる。
私に乗り上げている獣も私もピタリと動きを思わず止めた。
「うあ、なんだこれ!?なんでっ」
戸惑う声が私の頭の方から聞こえる。
寝転がったまま上の方に目をやると、そこには
「くそっ、誰だよこんな!」
一生懸命ロープを外そうともがく少年が逆さまにぶら下がっていた。
焦るようにこちらに顔を向けた少年の目は真っ赤で、忘れもしないあの子。
「君!今助けるから!」
そう叫ぶ少年も人のこと助けてる場合じゃないのに。
今なのか。
なにも、今罠に引っかからなくても良いじゃないか。
獣に押し倒されて舐め回される私。
そのすぐ側で木から吊るされて暴れる少年。
なにこのカオス。