自由は外へ飛び出すとあるよ
目の前には三角形を逆さにして更に端っこを釣り上げたような眼をしたじいやが私を見下ろしていた。
仙人のように白い髪と髭をこしらえたその姿はまるで今から海でも割りそうにわなわなしている。
足腰支えるためについてる杖が魔法の杖のよう。
雷、でちゃう?
「じ、じいや?えっと・・・」
そんなじいやが目の前まで迫って居るのにも気が付かなかった私が、いったいどれだけの集中力を欠いていたのか想像がつくだろう。
ここは村で一番大きな建物、教会の大聖堂。
今はこの世界じゃ欠かせないらしい神話の勉強の時間だ。
そもそもそんなの勉強したからといっていったいどうなるというのだ。
そんな顔をしていたのだと思う。
「ヴェルリネ、まったく、お前というやつは・・・」
じいやはわなわなしていた体から力を抜いて項垂れた。
「ごめんなさい・・・」
その姿がかわいそうになって思わず謝ってしまう。
前の私はそれはもう勉強熱心だったが何故か以前覚えたはずのことが、あれ?夢だったかしら?状態である。
村の皆も夢だって思ってるんだから良いんじゃないかな?
じいやじいや言っているが、このじいやは偉い人だ。
何か遠いところにある王都からわざわざ私が産まれた時に派遣されたなんていうの?神父様ってやつ。
髭が白くて多いだけで意外と若いんじゃないかと思っている。
でも8歳の私から見たらじいやなのである。
どうやらじいやは私のことを夢だとは思ってくれなかったようだ。
何としても前の私に戻そうとそれはもう熱心に勉強の時間を設けてくれている。
「ヴェルリネ、お前はもっと神のことを知らなければならない。そうしないといずれ後悔する時がくる」
「でもね、じいや。私はもっと他の勉強がしたいのよ」
「いいや、ヴェルリネ。お前は神のことさえ知っていればいいのだ。神のことだけを考えることがお前の仕事だ」
こんな会話をもう何度しただろうか。
私は神の生まれ変わりだから神を知ることは自分自身を知ることになるんだってさ。
いやいやいやいや、ありえないでしょ。
どう考えても自分、普通の人間ですから。
私は、もっと色んなことを知りたい。
このまま本当に神のことだけを勉強し続けて、考えて大人になったら私はいったいどんな大人になってしまう?
記憶がもし戻らなかったら私はきっと外のことを知ろうともせず、じいやの言うとおり神のことだけを考える人間になっただろう。
いや、きっと人間ではなくなっていたに違いない。
そう考えるとゾッとする。
「私は、もっと色んな事を知って皆に尊敬される大人になりたい」
「ヴェルリネがそこに居るだけで皆は幸せになるのだから、良いのだよ」
「じいや、でも・・・」
「ヴェルリネ」
咎めるように名前を呼ばれて思わず口を閉ざした。
悲しそうな顔を作ってみてもじいやは何のその。
さて、次の神話はこれだと話をはじめてしまった。
だめだ、今日も話が通じなかった。
仕方が無いので話を半分聞いて半分右から左へと流して今日も勉強をすることになってしまった。
諦めてしっかりと神話だけでも勉強した方が自分のためなのだろうか?
そう思い始めている。
って、大人しくなると思ったら大間違いだ。
絶対に私は諦めたりなんてしない。
私は8歳ながらに自分の仕事を持っている。
神に祈りを上げることが私の役目だ。
神の生まれ変わりだというのに神に祈りを捧げるなんて変な話だと思うけど、今はその時間がありがたい。
村から少し離れた場所にある神殿に行って、お祈りは私一人で行わなければならないのだ。
その時私は抜け出す算段をたてた。
神殿をうまいこと抜けだして外で本当のお勉強をするのだ。
実は何回か少しの時間抜けだしてみたが意外と気づかれない。
いずれ村を出ていこうと思っているから、外で役立つ知識と世間を知って置かなければ生きていけない。
一人で何でもできるようになって私は自立した大人になるのだ!
早くも行き遅れフラグが立っているような気がするけどそんなの気にしない。
今日も、もうすぐ「お祈り」の時間がやってくる。