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いやー,スレ違いじゃなくて最早読者とのすれ違い・・・
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アカゲラがくちばしで木を叩く音がする.
よく見ると森の中には細い道があった.シルフィアはこの道をたどって歩いていたのだった.
田中は道はずれの木の下に落っこちて来たらしい.
「道に戻って,歩きながら聞こうか」
シルフィアはこっくりとうなずいて歩き始めた.
「うちのお店は代々エルフ族の秘薬を扱うお店なの」
「ふむ」
エルフ?漢字変換できない.
「お父様の代から,ドワーフ族相手の取引が始まったのね」
シルフィアは肩を落としてとぼとぼと歩きながら話を続けた.
エルフは弓と太陽と森を愛し,叡智を手にして森とともに生きる一族.
ドワーフは炭鉱や鉱山に住み着き,鍛冶仕事を愛する一族.
ドワーフ族とエルフ族は,微妙に仲が悪いらしい,というかそりが合わないのだという.
「何かこう,ドワーフって髭がぼうぼうで,お酒を飲んでガハハッて感じ」
シルフィアの言葉を要約すれば,ホワイトカラーとブルーカラーということなのだろうか.
取引先で仲の良かった工場長のことをちょっと連想した.
いい商品ができると一緒に飲み歩いたものだ.
その工場長も,無理がたたって今は引退している.
「鉱山仕事だと,太陽の光から得られる栄養素がどうしても不足気味になるの.それで,ドワーフのためにお父様がニチリン草の根を煎じたポーションを作ってあげたのね」
「素晴らしいお父さんじゃないか」
いいなあ,シルフィア父.こんなに慕われて.
「お父様が亡くなった後は,いつもお姉さまが薬を作ってたんだけど・・・」「この前私が代わりに作って・・・」
はあ,とシルフィアはため息をついた.
「混ぜるマンドラゴラの分量を間違えて作って納品しちゃったの」
「死人が出たとか・・・?」
シルフィアは青ざめて慌てて首を振った.
「いやいや,そんなことはないんだけど,みんなお腹を下しちゃって,鍛冶仕事が何日か遅れてしまったんだって」
「うーむ,商品の納入ミスによる重大な損害か・・・」
「ミス」という言葉に傷ついたようで,シルフィアはさらに肩を落とした.
森はまだ開けない.道は奥へ奥へと続いていた.
鬱蒼とした木々の間から木漏れ日が射して,時々二人の姿を照らす.
「それで?」
「今から私が謝りに行くの.代金とお詫びの品をもって」
シルフィアは肩掛け鞄を軽く叩いた.
「シルフィアさんが?いや,もちろん君が原因には違いないが,しかし,差し出がましいようだが,こういったことはもっと年長の店長―お姉さんが行かないといけないんじゃないかね?」
「・・・お姉さまもそう言ったんだけど,もうすぐ魔王様が各村を回る巡幸の行事があって,準備で忙しくってどうしても行けなくなっちゃって・・・」
「それで君が・・・」
「だって私のしたことだし・・・」
二人はしばらく沈黙していた.極彩色の鳥が時々上を横切る.
「分かった.私も一緒に行ってあげよう.こういう時は年長者が一緒に行った方が心強いだろう」
「本当に?!ありがとう,ケーイチ!」
シルフィアの顔がパッと明るくなった.
可愛らしい.田中の頬が自然に緩む.
もちろん田中にロリコンの気はない.
「ところで,シルフィアちゃんは何歳かね?」
「女の子に年のことを聞くのは失礼よ」
「これは失礼だった.私にも君くらいの年の娘がいるもんで,ついね」
「へえ・・・なんていう子?」
「彩音っていうんだ.生意気でね」
「アヤネ・・・いい名前ね」
彩音はいい名前で,恵一は変な名前か.そう言えば,なぜ日本語が通じているのだろう.
今更ながら田中は不思議に思った.
「私はまだ48歳だよ」
「え・・・?」
48歳?いや,18歳の間違いだよな.48歳って,俺と二つしか違わないじゃん.
「ケーイチはヒト族?ヒト族は山向こうの町に住んでいるらしいけど,この辺じゃちっとも見ないよ.ヒト族は私たちより寿命が短いんでしょ?」
「あ,うん・・・」
そうなのか??どうやらこの世界では常識の様だ.
田中は驚きを一生懸命隠していた.
そうか,ここは地球じゃないのか,つまりこの子たちは宇宙人?
いや,待て,俺の方がこの星では宇宙人か?
ライトノベルもファンタジー小説も読まない田中に異世界というものは難しすぎた.
またしばらく二人の間で沈黙が続く.
やがて森は切れ始め,小川のせせらぎを跨ぐと徐々に灌木の林となった.
二人の前には壮大な山脈が見えてきた.
「見えてきた!あれが,ドワーフの里シグルド鉱山!」
シルフィアが指差す.
ふと,田中は気になった.
「シルフィアさん」
「はい?」
「私,何か匂うかね?」
「?」
シルフィアはくんくん,と鼻を動かした.同時に尖った耳が動く.
「枯草みたいな臭いがするね」
「そうか・・・嫌じゃないかい?」
「別に?枯草が?」
田中の突然の質問に,シルフィアは不思議そうだ.
「そうか,さあ行こう!」
何ていい娘だ!
田中はシルフィアの後を追った.
ちょっと自虐気味な今日このころ.