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もっともふさわしくない異世界迷い人を考えてみたらこんなのができました.
情けない系ファンタジー?
いや、お父さんは格好いいんです!
働くお父さん頑張れ!
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田中恵一は疲れていた.
顧客のクレームの件で,こってりと上司に絞られ,部下に陰口を叩かれ,ちょっと一杯のつもりで飲んだらハシゴ酒になってしまった.
足取りが重い,と言っても千鳥足なのだが.
最寄駅で電車を降りて自宅まで徒歩20分.何度この道を歩いただろう.
去年長男を大学に行かせ,やっと少し落ち着いたところだ.
長男が少し頑張ってくれて,国立大学に行ってくれたのが有り難かった.
家のローンはあと20年,ずっしりと肩にのしかかっている.都内の私大に行くなどと言われたら,一日500円のお小遣いが5円になっていたところだ.
「いや,50円はもらえるかな」呟いた.
夜はとっぷりと更けて通りには誰もいない.妻はもう風呂に入って,テレビに夢中になっているに違いない.田中が家に着いても,「おかえり」どころか振り返りもしないだろう.
「それにしても彩音の奴・・・」
娘はまだ高1だ.
すっかり父親のことを馬鹿にしている.ほとんど無視されているといった状態に近い.
しかも,彩音はなんだか変なものに夢中になっている.
「コミケ」だとか「わんふぇす」だとかいうものに,みょうちくりんな格好になっては出かけていた.
漫画とかアニメとかが好きらしいのだが,田中の理解の範疇を越えていた.
『ふじょし?女の子なんだから,婦女子は当たり前だろう?』田中がそう言うと,
『分かってないなぁ,お父さん.腐女子よ,腐女子.分かる?BL』と新たな謎の文句で答える.
ビーエルとは何のことだろう.野球のPL学園ならわかるのだが.
田中は考え込んでしまう.
大体,自分のことを腐った女子というとは何事だろう.
あまりに自虐的ではないか.自分だって自分からなかなか窓際族とは言えないのに.
田中が考え込んでいると,彩音は肩をすくめて自室に入ってしまった.
思えばこれが,最近一番長い娘との会話である.
田中はため息をついた.
「真面目に生きてきたのになぁ」
いや,正確に言うとちょっと酒の量は多かったかもしれない.
なんだかもう一杯飲みたくなった.
だが,当然こんな時間の住宅街にバーや飲み屋が開いているわけもない.
幸い11時前だ.田中は酒屋を見つけて,自販機のカップ酒を一本買った.
「一人カップ酒か.我ながらさびしいなぁ」
ふと見ると,猫がじっとこちらを見ている.
不思議な猫だ.
体毛は黒なのだが,目の色が左右で違う.緑と青なのだ.
猫は田中の言葉が理解できるかのように,まるで耳を澄ましているように見える.
酒屋の脇の路地に積み上げてあるビールケースの上で,じっと動かない.
「やあ」
田中は猫にあいさつした.
「お前も淋しいのか?」
「にゃあ」
猫が鳴いた.
猫が返事してくれたように感じて,田中はそっと手を伸ばした.
猫がさっと身をかわす.
「あっ!おっとっと!」
足がもつれた田中は,前のめりに倒れた.ビールケースが崩れてくる.
頭に固いものが直撃する.
辺りが暗くなって,意識がすぅっと遠くなった.
我ながら現在のウェブ小説の流行をまったく無視した導入ですな。
なお,田中さんは高橋留美子劇場に出てくるお父さんのイメージです.