6,サーヴァント化
ピーっと、
耳障りなノイズが鳴り響いた。
『あー、うっせえなちくしょう。整備しとけよなぁ……。あぁ、えーと、取り敢えず笠木トウマ、一年E組笠木トウマ、同じくE組木場ハヤト、及びそれ以降の試合に出る生徒に連絡だ。棄権とか失格とかの都合で試合順かなり繰り上がっている。よって、出場予定の生徒は至急、試合準備を行うように。ここから先はほとんどの生徒が連戦になる。覚悟しろ。以上』
そう言って、マワルの適当な通達は終わる。
「あー、えーと、さ、暗い話するつもりはなかったんだが、なんつーかその、アレだ。気にすんな。どうせ過ぎた過去ってやつだ。今お前らが気にするような事じゃねえよ。すまんかったな」
そう言ってトウマは立ち上がった。
「行くぞシル、試合だ。取り敢えず連携だの何だのの確認せにゃならん」
「あ、え、その……はい」
慌てて立ち上がったシルは、既に歩き出していたトウマの後を小走りでついて行く。
「…………トーマ、さ」
取り残されたルリが同じ取り残されたティリアに語りかける。
「今でも時々あんな目するんだけどさ、私と初めて会った時はもっと酷かったんだよ」
「…………」
「初めて会った時、トーマが居たのはボーダーより外でね、多分魔力量が多かったからだと思うんだけど、魔獣と勘違いされてサバイバーに襲われてたんだ」
ボーダーとは、人類の生存圏である東日本を護るために、東京を中心に南北に日本列島を横断して建設されている要塞型オートマキナの名称である。
上空一キロ、地上五キロを射程とする、最終防壁にして迎撃装置。
もちろんの如くその外は魔獣と、それを狩るサバイバー達のテリトリーである。
「サバイバーに、ですか?それはいくらトウマさんでもまずいのでは?」
「そう思って私と、一緒にいたマワル先生もトーマに加勢しようとしたんだけどさ、その必要無かったんだよね」
「無かった、と言う事はトウマさんが」
「そう、まぁトーマを魔獣と勘違いするぐらいには短絡的で、キャリアも浅いサバイバーだったんだけど…………最初は弁明しながら捌いてたんだけど、説得が無意味って悟ったんだろうね。なんの躊躇いもなく殺してたよ」
ティリアの言葉を遮って続けたルリの瞳が微かに恐怖に揺れた。
「確かにあのサバイバーは話を聞かずにトーマを殺そうとしてたからそうする以外に無かった。ボーダーの外なんだからそんなのは当たり前なんだけどさ」
言葉を切ったルリは再び顔を伏せた。
「…………トーマはそのサバイバーを殺した後で私達の方を向いて、お前らもか?って聞いてきたの。あの時ほど死を感じた事は無かった」
そして身体を軽く震わせて言う。
「あの時ほど、昏い瞳をした人間を、私は知らない」
「…………トウマさんが復讐、ですか」
ティリアが噛みしめるように呟く。
「出来ればで良いから気にかけてくれない?私は多分、その復讐を手伝えるけど止められないから。トーマが、壊れないように。それこそ境界線を越えないように、さ」
「私としてはトウマさんが変わってしまうのは好ましくありません。ついでに言うならあんな目をしたトウマさんは出来るだけ見たくないです」
ティリアはきっぱりと言う。
「そんなトウマさんは、嫌いです」
その言葉にルリは少しだけ嬉しそうに笑った。
「身勝手なわがままですが、トウマさんには私の知ってるトウマさんで居て欲しいんです。だから、私に出来る事があるならやりますよ」
「…………そっか」
先刻とは反対に、安心したような、嬉しそうな顔で、ルリは笑った。
トウマがアリーナに入ると、歓声。
続いてシルが入ると歓声が倍以上に膨れ上がった。
「これはまた大人気だなシル?」
「ちょっとこれは…………予想外です」
大き過ぎる歓声にシルが軽く引いていた。
ちなみに相手の男子生徒も引いていた。
「さて、んじゃ行った通りシルが初撃、俺が対応、オーケー?」
「了解です」
審判役の教師が準備を完了させると即座に開始が告げられた。
相手の四足獣型のサーヴァントが迫る中、シルは前傾姿勢から、広げるように両腕を振る。
「──《龍血よ》!」
詠唱と共に握られたジークフリートの色はトウマの召喚したそれとは違い、詠唱通りに血を固めたような真紅。
シルのイメージが反映されている。
そのまま駆け出そうとするシルをトウマの魔力が覆い、サーヴァント化を施す。
軽くなる身体。
強化に伴って大きく聞こえる歓声。
遅く見える四足獣型サーヴァント。
(一撃で、壊すッ!!)
足に力を込めて踏み出そうとした瞬間、サーヴァント化の強化を塗り潰すように、シルの身体を何かが押さえつけた。
どれだけ力を込めようとも、震えるだけで動かない。
「ト、トウマ様っ、魔力っ、多い、ですっ……」
魔力の供給過多。
多過ぎる魔力は余分な負荷をかけ、物質としての寿命を急速に使い潰す。
そんな状態では動けない。
通常のマスターとサーヴァントならば早々起こり得ない現象だが、ただでさえ魔力量が桁違いのトウマが慣れないサーヴァント化を行えば起こり得る可能性は高い。
四足獣型サーヴァントの牙が迫る。
シルが敗北を覚悟した刹那、噛み付こうと口を開けたサーヴァントの頭に多数の銃弾が叩き込まれた。
「すまん、ミスった」
言葉に振り返った先には、先刻のリボルバーを両手に構えたトウマが苦笑いしていた。
「サーヴァント化なんてした事なくてな…………加減がわからんかった」
「いえ……トウマ様の魔力量を考えれば仕方ない事かと」
答えながら、シルはトウマの魔力量に戦慄していた。
自分はこの人間を操れるだろうか、と。
そんな思考を知らずにトウマはリボルバーを消す。
「シルはアレを抑えてくれ。俺がマスターをやる。連携ってか役割分担でいこう」
「了解です」
苦笑を崩さずに言ったトウマに返事をして、シルは走り出す。
同じように寄ってくる四足獣型サーヴァントに対して、ジークフリートに魔力を込め、そのまま飛びかかって来たサーヴァントに腰の位置から抜き打ちの斬撃を放つ。
その斬撃がぶつかり、サーヴァントの顔面が崩壊を始めた瞬間、ピシッとジークフリートから音が鳴る。
シルが刀身を見れば、細かい罅が無数に走っている。
不壊のはずのジークフリートが砕けたことに驚くシルをさらなる驚きが襲う。
罅に魔力が奔る。
魔力が奔った後に罅は残らない。
元通りの強度をシルの手に伝えてくる。
壊れない不壊ではなく、壊れても瞬時に修復されるが故の不壊。
そのままサーヴァントを砕きながら振り切る。
サーヴァントは数度バウンドした後、何度かもがいて機能を停止した。
知識としてのサーヴァント化とは桁違いの強化レベル。
その威力に呆然としていたシルは我に返ってトウマを探した。
まず目に入ったのは巨大な刀身。
シルの使ったジークフリートと同様に召喚したのだろう、自身の身長よりも大きい大剣を軽々と振り回して相手を動かし、操り、追い込んでいく。
相手が受けることに精一杯になれば、その動きはさらに速く、鋭くなっていく。
その結果生まれる一瞬の硬直を見逃さずに、トウマは魔力強化された相手の長剣のみを何の抵抗も無く叩き折った。
その戦い方に、シルは違和感を覚える。
すなわち殺す気が、それどころか傷つける気すら無い戦い方。
あれだけ攻め立てていたにも関わらず、相手はかすり傷の一つ負っていない。
歓声から逃げるようにアリーナを後にするトウマに追いつく。
「トウマ様、トウマ様?」
「どうした?」
「トウマ様は戦う気がありますか?」
「は?」
唐突のシルの問いに戸惑いつつ答える。
「そりゃまぁ、あるが」
「ならばなぜ相手を斬ろうとしないのですか?反撃の余裕を与えるとか、戦闘が長引くとか普通に考えれば負う必要の無いリスクだと思いますが」
「んー、なんつーか、傷つける必要は無いだろ?取り敢えずこの試合に限っては勝てば良いんだし」
「その為に自分が傷ついてもですか?」
「まぁ多少なら、極力」
「…………あのですね」
シルは少し怒ったように言う。
「控え目に言って、トウマ様は自分の事を考えなさ過ぎです。相手の事よりもまず自分の安全を考慮してください」
「いやそりゃ多少は考えるが」
「多少では問題です……トウマ様が危険に陥った場合私が全力で身代わりになるのでご了承ください」
「それは許可しない…………まぁ、気をつけるさ」
言いながらシルの頭を軽く撫でる。
耳まで赤く染まったシルを見て下種な笑いを浮かべる。
「さて、一試合空けて準決勝、ここからはサバイバーも混ざっての上位戦だ。油断する暇もなきゃ乙女してるヒマも無いぞ?」
「…………了解しました」
拗ねたように言うシルに、トウマは苦笑を浮かべた。
定期戦の前日、夜。
要塞型オートマキナ「ボーダー」近郊。
その立地故にほとんど人が寄らない研究所。
その一室に声が響く。
「ギリア、グレル、応答しろ」
『お仕事かしら?』
『久々だな旦那ァ。今回はなんだ?殺しか?』
女と男が通信に応える。
「久々と言うほど空けてもいないだろう。迂回マワルの作品が出た。サーヴァント化出来るホムンクルスらしい」
『攫うの?殺すの?』
「攫え。方法はどうでも良いが殺すのはナシだ。殺さないのであれば多少痛めつけても構わん」
『マスターはどうする。そいつがサーヴァントな以上マスターは付き物だろ?』
「マスターは殺しても問題は無い。作品以外は知った事ではない」
『旦那のそういうところ、俺ァ好きだぜ』
「あくまで作品の確保が最優先だ。余計な被害は出すな」
『旦那のそういうところ、俺ァ嫌いだ』
『ターゲットの詳細を教えて頂戴』
「作品は識別名シルヴァリエDK224、容姿は学生と同じぐらいの少女、ホムンクルスだから肉体の基本スペックも常人を凌駕する。注意しろ」
『マスターの方は?』
「名前は笠木トウマ、体術と魔力量に秀でている。特に魔力量は魔獣と同格らしい。サーヴァント化が出来ず、オートマキナを使えないという話だったが……こちらも真っ向から殺り合うのは危険だ」
『実行はいつだ?』
「やれる時に確実にやれ。作品が手に入れば問題は無い」
『あの学園には社長の娘が居たはずだけど、そっちは何かする?』
「あぁ、東洞の娘か。あいつには俺が接触する。どうせ家の名前を出せば何も出来ん」
『了解。じゃあちょっと待っててね』
ブツリ、と通信が切れる。
「やっと……やっと迂回マワルの作品が手に入る」
陶酔したような笑みを浮かべて呟く。
「これで葬家に近づける…………俺が、葬家に…………」
手を握り締めて笑う。
「俺がなってやる…………魔獣を宿したその因子…………俺のものだ」
夜は、深まる。