28,最強の死獣と闇の一端
「トウマ様?」
「…………」
古びた神社の入り口、鳥居の前で足を止めたトウマにシルが声をかけた。
「トウマさん、ルリさんは後から行くので待たなくていいと言ってましたよ?」
「あぁ、いや、そうじゃなくてな………」
背後から聞こえた幼い少女の声に歯切れ悪く応える。
「何か異常がありましたか?」
「異常は無いんだが…………すまんがちょっと待ってくれ」
目を閉じる。
それを見てシルとティリアは顔を見合わせ、揃って疑問符を浮かべる。
「はぁ………さて」
「そういう優柔不断な所は小さい頃から変わらないんですね」
「…………うるせぇよクソが」
突如、ティリアの隣から三人目の少女の声が響く。
驚いている二人に金髪狐耳の少女は口を開く。
「どうも。えっと、シルさんでしたっけ?初めましてではないですが初めまして。私はヨミ。今はトウマの妹の身体を借りてます」
「……どうも」
「あと一応、ようこそ天華神社へ。私はこの神社で御神体やってるヨミです」
「御神体ねぇ…………本当に魔獣信仰なんてあるんだな」
「かなり異端でしょうけどね。かつて『人を助けた九尾の狐の魔獣が居た』らしいですよ?」
「それがヨミさんですか?」
「実際は『とある少女に助けられた原初の死獣が居た』ですね」
自嘲気味に笑って鳥居をくぐる。
「一応言っておきますが、私は神様でもなんでもないただの魔獣ですよ」
「御神体なら神様ではないのですか?」
「日本語的に反論するなら御神体というのは正確には神が宿るとされている物です。御神体がそのまま神様という訳ではありません」
「神とやらがお前の身体を使ってるのか?」
「いえ、私の知る限り神なんて居ませんよ」
「ならどうして御神体なんだ」
「それは私の魔術に関係があります」
微かに魔力を溢れさせる。
「魔力が……黒くない…………?」
「ええ、コレは私の本来の魔力ですから」
「本来の?」
「私が死獣になる以前の魔力です」
ほんの少し苦笑しながら口を開く。
「《接続開始》」
「ん?」
「ぐっ……」
「む」
詠唱と共に、三人が三様の声を漏らす。
「《接続終了》。いかがでしたか?」
「なんですか今の……気持ち悪い…………」
「大丈夫ですか?私は少し頭が重くなった感じがしましたけど」
「俺もティリアと同じだ。どうしてシルだけダメージ受けてんだ?つか何した?」
「今のが私の固有術式です。効果は対象者の精神力を魔力へ変換する事。シルさんがそうなったのは二方に比べて精神力が弱いからでしょう」
「普通に貶されました………」
「無駄に精神年齢食ってないって事だよ」
「トウマ達の年齢でそこそこの強度のコレを受けて平然としてる方が異常ですよ」
軽く呆れたようにフォローする。
「ともあれこれが私が御神体って事になってる理由です。実際には来た人の精神力をほんの少し魔力に変換して、私が使った余りで些細な事を叶えてるだけですが」
「その魔力は何に使ってるんですか?」
「私の存在を保つためです」
「………存在の摩耗、ですか」
ティリアが静かに口を開く。
「存在の磨耗?」
「この世界において『存在』というのは主に三つの要素で構成されています」
小さな指を三本立てる。
「一つ目は物質的定義。二つ目は自己定義。三つ目は他者定義です。つまり物理的または魔力的に存在するか、自分が存在する事を認識しているか、他人が自分の事を認識しているかの三要素です」
「その通り。ヨミという存在はその内の一つの物質的定義が無く、自己定義が少しずつ削れてきている存在です」
「ヨミさんでも自己定義が揺らぐんですか?」
「さすがに魔獣発生の初期から何度も血だけを頼りに人格を移し続けていると多少揺らぎます。まぁ大した事はありませんけど」
軽く肩をすくめる。
「………それで、本当にやるんですか?」
「そのために来たからな。死獣レベルの相手にどれだけ対応できるのか知っておきたい」
「え、トウマ様、戦うために来たんですか?」
「ん?言ってなかったっけか?」
「言ってませんよ!?」
「あー、じゃあはい。そのために来たから。文句無いな?無い。オーケー」
「さすがに横暴が過ぎますよ………」
ため息をついて肩を落とす。
「あの、ご存知の通り私一応原初の死獣ですよ?トウマがある程度強いのは知ってますけどぶっちゃけ相手になりません」
「おや、さすがトーマの妹ちゃん兼ご先祖サマ。全力のトーマが相手にならないとはさすがだねぇ?」
茶化すような声が鳥居をくぐって来た。
「遅ぇ」
「仕方ないじゃんコレの最終調整してたんだから」
そう言って腰の叢雲を叩き、不敵な笑みをヨミに向ける。
「トーマ一人で相手にならないなら私とティリアとシル入れて四対一ならどうよ?」
「…………まぁ魔獣化しなければどうにかなりますかね」
「いやお前魔獣だろ」
「今の状態だと普通の人間と大して変わりませんよ。私が三、アヤカが七ぐらいの割合です」
「アヤカは死んだんだろ?」
「知られてない………と言うよりは結果として殺害するからですね。魔獣化は精神汚染、正確には強制的に別人格を作り上げて元の人格を上書きする術式です」
「術式?」
ヨミはほんの少し冷めた瞳で口を開く。
「先代幽楽家当主であり原初の死獣、私と同等以上の強さの魔女、幽楽コノハが開発し、以後日本を中心に世界中に因子がばら撒かれた幽楽家の固有術式です」
「こちらツバメ、感度良好っす」
『カラス、同じく良好』
『了解だ。状況を報告しろ』
耳元のインカムから帰って来た声に、アイリアは警戒を緩めないまま答える。
「今居る所は多分礼拝堂っすね。魔力反応も気配も無し。監視機器も特に無いみたいっす」
『カラス、お前の位置から何か確認できるか?』
『外に異常は無い。人影も見えねえし危険は無いと思いたいね』
軽薄そうな声が答える。
『そうか……ツバメはその礼拝堂を調べろ。カラスは引き続き警戒を』
「了解っす」
『了解だ』
礼拝堂の中を調べる。
「これは………血痕っすね」
中央の祭壇、その周りに大量の血液が飛び散った跡がある。
『何かの儀式にでも使ったんだろうな』
『生贄ってかクソ共が』
『魔力反応は』
「ここも特に無し。普通に礼拝堂っぽいっすね」
『そのようだな………諜報員はそこに何かあると踏んでいたらしいが』
「意外と儀式が重要なんすかね」
乾いた血を少し削って採取する。
「あとは……椅子とかしか無いっすけど」
『ベタな感じだと隠し通路とか?あると俺が楽しいんだが』
「そらあんたは見てるだけっすからね」
『それで?隠し通路とやらはあるか?』
「んー、確かに並びはある程度ズレてたりしてるっすけど特には。あとはー、そうっすね、この溝とかっすかね。これも多分排水のための物っすけど」
床に走る溝を指でなぞる。
指についた赤黒い粉から微かに漂う匂いに顔をしかめる。
「…………いや、排血っすかね」
辺りの床を見渡し、見える限りの溝全てに乾いた血が付着している事を確認して自嘲気味に笑う。
(これだけの血の匂いに気づかなかった……慣れ過ぎっすかね)
『血か』
「そうっす。しかも薄まってない。ここでどんだけ血をぶちまけたか、わかったもんじゃないっすね」
『その溝はどこに続いている?』
「…………?」
『ツバメ?』
顔を上げた時、祭壇を囲むように並ぶ椅子に違和感を感じる。
注意深く辺りを見回す。
「円形と直線、中心に祭壇。壁の紋様………まさか」
『何かわかったか?』
「そうっすね…………大きく分けて二つ。一つはこの礼拝堂の祭壇とか椅子の微妙にズレた配置とか照明とか壁だの床だのの溝とか模様とか、全部合わせて一つの魔法陣っす」
『魔法陣?本当に魔術的な儀式に使うと言う事か…………二つ目は?』
「二つ目は────」
振り返ると同時に腰から二本の短剣を抜き、振り下ろされた大剣を受け止める。
「二つ目はあたしが上手く誘い込まれたっつー事っす!」
力で押し込まれる前に軸をずらして大剣を流す。
「こんばんは、魔獣」
「…………」
和かに微笑みながら大剣の持ち主の青年は口を開く。
「だんまりですか……まぁ仕方ありませんね。魔獣に人間の言葉が理解できるはずもありません」
「聖楼教会なんて大層な名前掲げた殺人集団は言う事が違うっすね」
「あははははは。その殺人集団の本拠地にノコノコやって来た貴女はカモですか?だとすれば殺人の範囲には入らないのですが」
「馬鹿な言葉遊びに付き合う気は無いっすよ」
「それは何より。遺言を聞かずに済みます」
「そうっすね。じゃ、二度と会いませんように」
軽く後ろへ跳ぶ。
「《アクセル》」
「…………ッ!」
詠唱に反応して振るわれた大剣は空を切った。
一瞬で物理限界まで加速したアイリアは木製の扉をぶち破って外に出る。
『アイリア!?』
「おーうおーう、あたしはツバメっすよー?」
『そんな事はどうでもいい!脱出しろ!』
「してるっすよー、全力で。逃げ切れるかは怪しいっすけどッ!」
屋根を蹴って教会から脱出し、襲いかかる斬撃を短剣で弾いて距離を取る。
「逃すと思いますか?」
「デッスヨネー」
呆れたように、しかし緊張を混じらせながら青年に相対する。
『離脱しろ!お前なら容易だろう!』
「いやぁコレ結界っすね。ノーマルじゃ抜けられないっす」
「死ぬ覚悟はできましたか?それともこの状況ですら表情一つ変えないのは奥の手でもあるので?」
「無表情なのは癖っすよ。あと死ぬ覚悟とかサラサラ無いっす。まだ好きな人に告白もしてないんで」
「魔獣に子孫なんて必要無いでしょう」
「子孫に直結させる辺り変態っすね」
「虚勢を張るのは得意なようで」
「無表情なのも役に立つんすよ。《幻装》」
逆手で持った短剣が巨大化する。
「ほぅ?面白い術式を使いますね」
「《アクセル》」
呟いた瞬間、アイリアの背後の虚空に轟音を立てて衝撃が走る。
「おや、意外と狭いっすね」
「今の一瞬で結界にぶち当たって戻ったんですか…………呆れた速さです」
「それだけが取り柄なんすよ」
「そうですか」
興味のかけらも無く呟いて大剣の腹を撫でる。
「《我が悦楽は此処に在りて》」
詠唱と共に撫でた大剣が禍々しい紅に染まる。
「さぁ魔獣、裁きの時です」
「断るっす。《アクセル》」
アイリアの姿が霞み、青年の背後に現れる。
「読めていますよ?」
「読んでるっすよ?」
背後に振られた大剣の数ミリ手前で止まり、次いで頭上へと移動する。
「《アクセル》」
呟くと同時に斬撃が八回叩き込まれる。
「ふむ、やはりこの程度ですか」
「なっ!?」
その斬撃は全て青年の左手で受けられていた。
「貴方も聖楼教会についての知識があるなら多少は知っているはずですが…………教会の執行者を知らないのですか?魔獣を狩る我々にその程度の攻撃は通用しません」
「執行者…………魔術師狩りのクズっすか」
「魔獣にクズとは…………中々面白い事です」
大剣を軽く振る。
「では始めましょう」
魔力を奔らせてアイリアを大剣の間合いに捉える。
「《アクセル》」
加速して大剣を躱し、青年の背後に抜ける。
そのまま攻撃をしようとして、アイリアは腹部から滴る血に気付いた。
「なんで………ッ!?」
「魔獣の小細工程度で執行者が仕留め損ねる事は無い、という事です」
膝をついたアイリアに青年が近付いて大剣を振り上げる。
「一応、遺言はありますか?」
「…………一つだけ」
目を閉じて項垂れる。
瞳を開く。
『《穿て》《貫け》《射抜け》!』
「………《アクセル》!」
一瞬で加速し、リョウが撃ち抜いた結界の穴を抜ける。
「往生際の悪い!」
「来んじゃねぇよ!」
飛び出して来たアイリアを抱えて逃げるリョウを青年が追撃する。
「諸共死になさい!」
大剣が振り下ろされる。
「あぁクソ!“このままだと確実に死ぬな”!」
『了解だ。助けよう』
ほんの少し高揚した声がインカムから聞こえた。
次の瞬間、振り下ろされる大剣が金属音と共に止められる。
「──ッ!貴女は!?」
「ハハッ、久しいなぁ!ドミニオ!」
深紅のツインテールをなびかせて獰猛な笑みを浮かべる小柄な“守護者”が大剣と青年を軽々と蹴り飛ばす。
「お前らは先に戻れ」
「へーへー。じゃ、死なないようにしてくださいよ」
「お前に心配されるほど弱くはないさ。それに戦う必要も無い」
飄々と言って魔力を奔らせる。
「……勝てると思ってるんですか?仮にも私は」
「わかってるよ。元SSランクサバイバーかつ今は教会の執行者、並の魔術師なら殺されて終いだ。だが“今の”私ならお前が相手でも軽く潰せる。根拠は話す必要もないだろう?」
「…………どうやらハッタリではないようですね」
「ああ。わかってくれて何よりだよ。そんな訳でここは大人しく引け。これ以上はお前にもデメリットの方が大きい。私はここでお前を潰す選択肢もそのメリットも大きいが…………どうする?」
ニヤリと笑い、笑っていない瞳でドミニオを睨む。
「…………仕方ありませんね」
「では交渉成立だ。またいつか殺してやる」
踵を返して学園へ向かって歩き出す。
その背を悔しげに睨み舌打ちをして、ドミニオもまた教会へと歩き出した。




