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27,絶望を破る銃弾を

「…………なんの迷いも無くソレができるタァ、ちっとばかし感心しちまったナ」

「どうせボロクソだからな。今更一本ぐらい変わらねえだろうと思ってな」

フィオーレの眼前に迫ったナイフはその命を奪う前に、遮ったトウマの右手に突き刺さっていた。

「それでェ?結果はどーダヨ?」

「…………そう単純でも、なかったみたいだな」

不意にトウマが膝をつく。

「トウマ?」

「身体がおかしい…………力が入らんし、視野も………………意識も、まずい、な、これ」

倒れ伏す。

少しずつ血溜まりが広がる。

「…………嘘でしょ?」

「トウマさんに何をしたんですか!」

「ハハァ?テメェほどの魔術師ならちょいちょいと現状整理すりゃぁわかると思うんだがナァ?」

やれやれと首を振り、新たなナイフを取り出す。

「一流の暗殺者ってのは最低のリスクと最低の行動量で最高の結果を出すもんダ。オレみたいにナイフなんつークソ弱エー武器使うならチョロっと掠らせただけでブッ殺せるモノを少しぐらい持つもんダ」

ナイフの刃を指でなぞる。

「このナイフはただのナイフだがそのガキに刺さってんのにゃ毒が塗ってあんのサ」

「…………解毒は」

「ムダムダー。その毒は魔術が使えなきゃ解毒不可能ダ。んでもってェー、魔術を使えるのはァ、オレだけェ…………つまり死ねっつー事ダ」

「…………魔力が使えればいいんですね」

「フィオーレ、下がってなさい」

「会長も下がってください」

「アリア君一人よりはマシだろう。必要なら切り捨ててくれて構わない」

「それができればもう逃げてますよ?」

「それは怖いね」

互いに苦笑して、アリアは左手に残弾の無い拳銃を、ライエルは腰から短剣を取り出す。

「そういえば私のオートマキナはどこへやったのかな?」

「ン?オレは何もしてねえヨ?オマエが遠くへ行かせたんダロ」

「…………なるほど」

オートマキナであればサーヴァント化せずとも相手を倒せる可能性はあった。

「私が前に出ます。会長は隙を見て攻撃を」

「努力しよう」

「では」

一歩踏み出す。

トウマと同じように前方へ身体を落とす。

瞬間的に加速して接近する。

全身に痛みが走るが無視する。

「《世へ祈れ。我が身は不朽で有れと》」

まだ僅かに動く右手で掴むのは六枚の護符。

「《世へ祈れ。我が魂は不朽で有れと》」

「《刃ヨ、鮮血の色を乗せて舞エ》」

ナイフが殺到する。

「《世界へ願え、我が存在は不滅で有れと》!」

護符がアリアの周りに浮遊し、結界を張る。

飛翔するナイフはその結界に触れた先から空中で停止し、重力に引かれて地に落ちる。

「ンダそりゃァ!?オレのナイフを防ぐ結界魔導具なんざ存在すんのカ!?」

結界護符・断界

術式魔術の大家、ル・フェイ家の現当主であるユーフィア・ル・フェイの結界術式を簡略化し、魔導具にした究極の防御魔導具。

その結界は“魔力の付与された物質の運動”を停止させる効果を持つ。

その効果は肉体強化も対象とする為、今のアリアに攻撃するならば肉体強化すら解除した状態でなくてはならない。

それなりに高い魔力強化を施されているデッドリーキラーのナイフでもこの結界には傷一つつける事はできない。

「めんどくせぇナこのアマァ!!」

デッドリーキラーも肉体強化を解除、両手に大振りのバトルナイフを持って切りかかる。

本来ならアリアとデッドリーキラーの戦闘レベルには大きな差がある。

しかしアリアは利き腕を含めた全身に負傷と疲労というハンデを背負っている。

そしてそのハンデは確実な差を逆転させる事も不可能ではない。

「オラオラァ!結局ンなモンかァ!?」

「──ッ!」

デッドリーキラーの左回し蹴りを右腕で受け止めたアリアの顔が苦痛に歪む。

それでも続くナイフの突き込みは拳銃でなんとか逸らし、更に間合いを詰める。

超近接戦を嫌って大振りされたデッドリーキラーの腕を掴み、足を払って後方へ投げる。

「いい加減諦めろヨ!」

「それはできませんねぇ!」

「ならとっとと死ねェ!」

着地と同時にアリアへ足を踏み出したデッドリーキラーに背後からライエルが気配を消して忍び寄り、短剣を首筋目掛けて振り下ろす。

「──ダメです会長!」

「なんッ!?」

「だってよ会長ォ!」

ライエルが踏み込んだのはアリアの結界に防がれて散らばったナイフの中。

デッドリーキラーの口角が嫌味に歪む。

「《刃ヨ、鮮血の色を乗せて舞エ》」

「くっ、そおおおお!」

ライエルの全身にナイフが刺さり、血が飛び散る。

「お父さん!」

「大丈夫、だ……来るんじゃない」

数歩後退り、膝をつく。

「あのタイミングで急所は完璧に外すカ。イイネ」

デッドリーキラーが右手を上げる。

「やらせませんッ!」

「アア、お前が先に殺られるからナ」

ナイフが射出される。

断界が防ぐのは魔力を付与された物質のみ。

ただ撃ち出されたナイフには効果が無い。

「……くっ!!」

咄嗟に足を止めて左手一本で八本のナイフを捌く。

その一瞬が、致命的な隙を生む。

「やぁっと、だなァ?」

「しまっ………ッ!!」

背後から囁かれた声に振り返ると同時、腹部に強烈な熱を感じ、次いで激痛が走る。

視線を下げれば、自分の腹に深々と突き刺さるナイフが見える。

「ぐ……」

「お疲れ、さんッ!」

ナイフが引き抜かれ、代わりに勢いよく蹴りが刺さる。

血を撒き散らしながらボロのようにトウマの側まで飛ばされる。

「師、匠……?」

「トウマさん………フィオーレさんを連れて、逃げてください……その毒は恐らく、イゾルデの白毒…………あの魔術の範囲外なら解毒できます」

血を吐きながら体を起こすアリアの腹部では赤い染みが急速に広がりつつある。

「イゾルデの、白毒……?クソが………魔術師特攻の致死毒か」

「オーオーここで気づいたカ。でも逃がさねえヨ?オレの魔力中和結界の範囲は五十メートルは下らねェ。いくらプロ様相手でもンな瀕死な二人じゃ足止めにすらならねェ」

「……中和、ね…………なるほどな」

「トウマさん………?」

焦点を結ばなかったトウマの瞳に光が戻る。

「オーケー、オーケー…………少しでいい」

目を閉じてギリギリ残る正気を掻き集める。

「ああ大丈夫。大丈夫だから────少し黙れ」

異常を訴える全身を意識の外へ。

無意識のうちにその力を拒絶しようとする自分を意識的に殺す。

瞳を開く。

指には血が付いている。

何かを書くことには不自由しない。

そして本来、笠木トウマはこの状況下でも魔力を使う事に不自由しない。

「…ックソ………動け……………ッ!!」

震える手を必死に動かして魔法陣を描いていく。

「………あああああああああ!!」

その時、トウマの側でしゃがんでいたフィオーレが叫びながら突貫した。

「だめだフィオーレ!」

「フィオーレさんッ!?」

魔術協会の会長の娘なだけあって、その体術は卓越したものがある。

だがそれはあくまで自分と相手が対等の条件下の話だ。

アリアのように肉体強化の差をある程度埋める事すら、フィオーレにはできない。

繰り出した拳は空を切り、フェイントを交えた高速の連撃も、ニヤつくデッドリーキラーを捉えることができない。

「ホレホレ当たんねえゾ?」

「うるさい!」

怒りに任せて殴りつける。

そして大振りになったその一撃をデッドリーキラーは読んでいた。

一瞬スピードが上がったかと思うと、その姿はフィオーレの背後へ回っている。

驚いて振り返るフィオーレが見たのは狂気と愉悦に染まった邪悪な笑み。

「イイ表情ダ」

先ほどアリアを刺し貫いた、血の付いたナイフを振りかぶる。

完全に射程圏内、体勢も崩れて回避も迎撃も不可能。

「戦場では常に状況を見極めろってナ。冥土の土産ダ」

ナイフが迫る。

時間が遅くなる。

今まで回避してきた死の予知夢が現実になる。

(あぁ、なるほどね)

存外、恐怖は無い。

(私は、こうやって死ぬわけだ)

瞳を閉じる。

(ならまぁ、仕方ないかな)

そしてふと思い出す。

明確に、自分が殺される夢。

ずっと小さい時から見続けた、その夢を。

そしてその夢で決まって自分を殺す、顔の分からない少年を。


「………………ねぇ、助けてよ、トウマ」


銃声、続いて金属音。

目を開ける。

砕けながら吹き飛ぶナイフと驚愕に目を見開くデッドリーキラーが見える。

「……その冥土の土産ってのはてめぇ宛でいいんだな?」

フィオーレの耳に怒気を多分に含んだ声が届く。

「トウマ……なんで」

「オマエなんで魔力が使えるッ!?」

デッドリーキラーの叫び通り、魔術が封じられたその空間で、トウマは平然と魔力を纏って硝煙の立ち昇るリボルバーを構えていた。

「お前が言っただろ。この結界は魔力を中和してるってな」

「それがなんだってんダ!」

「なら簡単だ。中和されない量と質を持った魔力を使えばいい」

「……この結界は魔核の魔力発生そのものに作用する術式ダ。反魔力でオマエらの魔力を無力化して魔術の使用を制限しているこの結界内ではあらゆる魔力は効力を失ウ…………オマエが幾ら魔力を出そうとその魔力はなんの力も持たないはずダ」

「だからさ、その反魔力とやらが合ってねえんだよ」

嘲りと僅かながらの同情を込めて言葉を続ける。

「お前が中和した俺の魔力は『対生物特化』。今俺が使ったのは『暴虐』の魔力特性だ。まぁこの結界は一人に対して一属性しか対応してないみたいだしな。そんなわけで今この結界が俺にできるのは表面的な中和だけ。白毒の影響が無けりゃ対生物特化の魔力でも量で押し切れる。一つ言えるとなりゃ最初から使えないって思い込んで諦めんじゃなくて一回量で押し切れるか試してみるべきだったな」

その言葉を裏付けるように、アリアとライエルに近づき魔力を溢れさせて傷を塞ぐ。

「まだ動くなよ?」

「さすがに応えました…………すいませんが暫く動けそうにありません」

「そりゃなによりだ」

「トウマさんこそ大丈夫なんですか?イゾルデの白毒は即効性の毒ですが」

イゾルデの白毒は呪薬と呼ばれるカテゴリーの毒だ。

魔核を破壊する効果を持つ一種の術式で、魔核を破壊されたマスターはそのショックで死に至る。

一方で破壊するのは魔核のみで、副次効果も魔力を体内で暴走させるだけなので一般人には効果が全く無く、液体であればどんな物にでも付与できる事から応用性、隠密性も高いが、術式そのものも解毒術式も有名な為に脅威度自体は低い。

「魔核まで行ってりゃやばかったな。まぁ本調子とは言えんがアレを殺すぐらいなら問題無い」

「魔力特性が二つに魔力量も異常、オレの結界も効かねェ。想定外も想定外ダガ…………言ってくれんじゃねえカ」

「事実だろ?俺以外の三人の魔力を抑えてる間は俺に対抗するだけの魔力はねえし、この結界を消せばそれこそ勝ち目はねえ。わかりやすく言うなら詰みだ」

その言葉に悔しげに顔を歪める。

「あぁなるほどナ…………なら仕事をやるまでダ!!」

新たなナイフを取り出してフィオーレに振り下ろす。

「舐めないでッ!」

腕を流してナイフを躱す。

「クソ娘──ガッ!?」

追撃に振った腕が弾け飛ぶ。

「詰みだっつったろ」

腕のあった位置には一瞬で接近したトウマが発砲済みのリボルバーを構えていた。

「そいつは殺させない。んでお前は死ね」

「ウルセェエエエエ!!」

トウマへ吠えたその口に銃口が捻じ込まれ、額にもう一丁のリボルバーの銃口が殴りつけるように突きつけられる。

「死ねっつったろクソが」

発砲、血煙。

全身から力が抜ける。

「トウマ…………?」

「あー、えっと、生きてるな?」

「…………うん。生きてる」

「師匠?」

「生きてますよ」

「ちなみに私も生きてるよ」

「そりゃ結構な事で」

飄々と言いながらアリアとライエルに本格的な治療を施す。

「助かったよトウマ君。君がいなければ死んでいた」

「やはり今回の依頼にトウマさんを連れて来たのは正解でした」

「治療したのを激しく後悔してる」

「おー怖い怖い」

やれやれと首を振って立ち上がり、血塗れのメイドという自分の格好を見て苦笑する。

「これはお嬢様に怒られますねぇ」

「お嬢様?」

「私見ての通りメイドですので」

「は?コスプレじゃねえのソレ」

「ぶち殺しますよトウマさん。まぁコレはコレで結構好きですが…………会長は大丈夫ですか?」

「なんとかね………まぁともあれフィオーレの予知夢回避とデッドリーキラーの討伐を同時に行えたからね。魔導協会としては重大案件二つが片付いて万々歳というわけだ」

「あーのさー………」

裏路地にか弱い声が響く。

「ゴメン、ちょっと動けないから誰かー」

「なんかあったか?」

「いやぁ、頑張っても手も足も震えるし……コレもしかして腰抜けたってやつかな?」

「……トウマさん」

「…………俺?」

「あなた以外に誰が居るんですか」

「マジかよ」

大きなため息を一つ、座り込むフィオーレを持ち上げて背負う。

「んー………恥ずかしいねこれ」

「黙ってろホントに…………」

再びため息をつく。

「協会へ連絡は入れておいた」

「これからどうすんだ?さすがに血塗れが三人居りゃ通報待った無しだと思うが」

「迎えは呼んだよ。君達も本部に寄って着替えて行くといい」

「それはありがたい提案ですね。お嬢様にバレる確率が下がります」

「クレバーの所のお嬢さんが相手じゃ望みは薄いと思うがね」

「……考えたくありません」

苦笑を漏らしたライエルに、間も無く到着する旨の連絡が届いた。





「トウマさん?トウマさーん?」

「なんだ師匠?」

デッドリーキラー討伐から数日後、ボーダー近郊の空き地で武器を生成していたトウマへ声が掛かる。

「魔導協会から通達です」

「…………何かやらかした覚えは無いが」

訝しげにアリアから封筒を受け取り封を切る。

「依頼───じゃなくて指令書ですねー」

「何が違うんだ」

「つまり拒否権が無いって事です」

「ンな無茶苦茶な」

「トウマさんも最低ランクとはいえ一応サバイバーですからねぇ。協会の指令となれば従うのが義務です」

「オートマキナ使えねえだけで強制最低ランクとか横暴だろ全く…………」

ため息をついて指令書に目を落とす。

「あー、Cランクサバイバー笠木トウマをフィオーレ・フォン・マリスの専属護衛として配属する、尚任期は来年三月末までとする…………………ハァ?」

自分の読んだ内容に疑問符しか浮かばない。

念の為もう一度読み直しても、自分の目が正常である事が確認できただけだった。

「おや、異例のスピード出世ですねぇ。Cランクサバイバーがいきなり魔導協会会長の娘さんの護衛とは」

「いやどう考えてもおかしいだろコレ。俺来年から魔導学園入んだぞ?」

「おやおや、見落とさないでください。ちゃんと三月末までって書いてあるじゃないですか」

「そこじゃねえよ!?問題は何の事前通知も無しに今日からってとこが問題なんだよ!」

「おやおやおやおや、頭だけはキレるトウマさんともあろうおバカさんが何言ってるんです?会長が今日からと言えば今日からで明日は既に『昨日から務めてます!』ですよ?そこに議論の余地も反論の余地もありません」

「なんだそのブラックで理不尽でクソみたいな理論は!?」

「んー、とはいえソレによればトウマさんの私物とかもう移動され始めてるんじゃないですか?下手すればもう引越し終わってるかもしれませんね」

「ふざけんなよ!?物理的に反抗不能じゃねえか!」

「それが世界です」

「クソがああああああああ!!」

絶叫するトウマに苦笑とため息を漏らす。

「いい機会なんで弟子も破門にしておきましょうか。もう固有術式も完成してるでしょう」

「うるせえ今どうやって協会を潰すか考えてるところだ」

「やめてください私が責任負わされそうです」

「ここまで来て保身かよ!?」

「まぁそれはそれとして」

トウマの瞳を見つめて、声のトーンを少し落とす。

「トウマさんはこの仕事を受けざるを得ない以上、フィオーレさんの命を守る最終ラインはトウマさんになります。その事がわかってますか?」

「わかってる。仕方ないなら仕方ないだろ」

「そうですか────では」

ほんの少し胸を張って、ほんの少し尊大に。

「最後に貴方の師として命じましょう、トウマ。彼女の身を必ず護りなさい。そしてどんな状況でも貴方だけは彼女の味方でいなさい。いいですね?」

「……………ま、努力はするさ」

「約束はしないあたりトウマさんらしいですねぇ」

互いに苦笑して背を向ける。

「ではそのうちまた会いましょう」

「ああ、次会うときまでにはもうちっと強くなっとく」

「ええ、頑張ってください」

そうして二人は、それぞれの居場所へと歩き出した。

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