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世界は大樹で出来ている


『世界は丸かった』


 遺跡で見つかった文献、その中にあった言葉だ。

 いや、『地球は青かった』だったかな?


 まあなんでもいい。

 丸でも青でも、それが今現在において過去形であるという事実は、決して変えられないからね。


 新世歴3000年。

 旧世界の崩壊から30世紀経ち、大地がないことが当たり前となった時代。


 ――世界は大樹になっていた。






     ◇






 ずっとずーっと昔の話。

 世界がまだ青く、丸く、大地があった……旧世の末期。


 あるところに、1人の少年がいました。

 そんな彼の元に、神の化身が現れ、こう言いました。


「私ははお前に、一言話そう。私の言うことを聞きなさい。私の教えに耳を傾けなさい。……この世界は、もうじき滅ぶだろう。それはとても悲しいことだ。だから私は君に託す。この世界樹の苗木を、この世に植えてはくれまいか?」


 神から少年に託されたのは、1本の苗木。

 少年は了承し、苗木を大地に植えました。


 苗木はすくすくと成長しました。

 1分で少年の背を超え、1時間で高層ビルを超え、1日で空を超えました。


 少年は人々に呼び掛けます。


「早くこの大樹に入りなさい。ここが君たちの、新たなる世界です」


 人々や家畜が移住後、しばらくして、地上は霧で包まれました。

 皆、思いました。ああ、本当に世界は滅んだのだ、と。


 この世界樹、たった1つを残して。


 そして、新世歴3000年を超えた現在――――。






     ◇






 この世界樹という世界は、大まかに5つに別けられる。


 その1、主幹。根本から主枝までの、側枝のない幹だ。

 ここはこの世界全体を支える、重要な部位である。外側、樹皮に近付くほど硬くなり、決して破られたことはない。


 その2、主枝。主幹から先の部分。

 側枝が生えた幹のことだ。拡張しやすく、重要な施設が建てられている。


 その3、側枝。枝分かれした幹のことだ。

 主枝から枝分かれしたものを1次側枝、1次側枝から枝分かれしたものを2次側枝。そこからさらに3次側枝、4次側枝と続く。

 1次側枝は計195本存在し、2次側枝に至っては1000近くに達する。


 これら3つの幹には内部に何本かの道があり、行き来が可能だ。

 ほぼ垂直だが、主幹・主枝は無重力、側枝も低重力のため問題ない。だからと言って、移動が便利なわけではない。


 面倒なのは、たとえば、1次側枝間の移動だ。

 一次側枝同士はかなり離れていて、比較的近いものでも、1時間から3時間の移動は覚悟しなければならない。

 飛行船という移動方法もあるので、急ぎならそちらを使うことをお勧めする。もちろん、足での移動と違って金がかかるが。


 さて、幹の話は終わりにしよう。


 その4、樹冠。富裕層の居住区だ。葉の部分であり、広大な空間は町として扱われている。

 ここでは光が浴びやすく、魔力を素早く回復させることができる。飛行魔法などが使える魔法使いは、配達や生産などの職業に就いてさえいれば、ほぼ無条件で葉での市民権が獲得できる。


 だが、その市民権を捨てた魔法使いもいる。

 それは5つ目――樹根が関わってくる。


 その5、樹根。この世界の根っ子の部分だ。別名でダンジョンと呼ばれるほど構造は複雑で、探索に魔力は必須だ。

 旧世の遺跡や資料が埋まっているので、もしも大発見すれば大金持ち。そういう目的でダンジョンに潜る者たちのことを、探索者と呼ぶ。


 ある者は浪漫を求めて。

 ある者は真実を知るため。

 ある者は輝かしい未来を得るため。


 今日も探索者たちは、ダンジョンへと潜る――――。






     ◇






 ここ――ダンジョンは通常の重力だというのに起伏が多いため、移動には多大な苦労を伴う。

 言語学者が1人と、2人構成の探索者クラン【ウルズの樹】は現在、崖の上にいた。

 崖下は遥か遠く、跳び下りるのは危険だ。反りがあって、ロッククライムも難しい。ロープを掛けようにも、引っ掛けられそうなところはない。

 しかし彼らの目的地は、この先にある。


「それじゃあ頼むぜ、アディ」


「了解、カイム」


 クランリーダーの少年――カイムに頼まれ、アディと呼ばれた黒髪の少年は無表情に答えた。

 アディとは渾名で、本名をアディシェスと言った。15歳である。

 夜の闇に似た青い瞳で、アディは周囲の者たちを確認する。


 カイム・カイン・ウルズ。

 この探索者パーティ【ウルズの樹】のリーダー。弁が立つお調子者だが、剣の腕は高い。

 濃い茶髪の天然パーマと、茶目っ気を感じる目元が特徴的な、16歳の少年だ。


 カイムとアディは同じ葉、ウルズ町の出身だ。

 2人は幼少から一緒に育った、兄弟のような関係だった。


 もう一人の名は、ノロ・ウェール。

 今回の探索に連れてきた、言語学者の老人である。

 知識欲旺盛で、旧世の真実を調べるのだ、と息巻いている。


「じゃあ、掛けるよ」


 アディは合図し、掌を2人へ向けた。

 すると、2人の全身が青い光に覆われた。


 この崖の昇り降りは、肉体だけでは不可能。

 そこでアディの得意分野――魔法だ。

 魔法。それは、人が持つ魔力を消費して発動する奇跡。アディは魔法の才能があった。


 カイムとノロは確認のため、足を曲げてみる。彼らは落ちることなく、その場に留まった。

 浮遊魔法。対象を浮かす程度の、ちょっとした奇跡。


 アディはそれを自分にも掛けると、軽く跳んだ。自身にも掛かっていることを確認すると、そのまま浮遊対象を操作。崖下へ向けて移動を開始した。


 崖の樹層が岩から土に変わっていく。

 この世界は樹であって木ではない。樹に対して使うには不適当かもしれないが、あえて言わせてもらうと、世界樹を構成するモノは木材だけではない。

 土、岩、レンガ、石、黒曜石。地下深くの根は純金で出来ている、なんて噂もある。

 ノロは興味深そうに、変わりゆく樹層を観察していた。


 ダンジョンでは辺りを見渡すのに苦労しない。

 漂う濃密な魔力が、青い光を灯しているからだ。ただ、これは通常の光とは違うので、魔力回復はしない。


 青い闇の中に吸い込まれていく感覚に、樹層観察に集中するでもないカイムは、ごくりと生唾を飲み込んだ。何度かダンジョン探索の経験がある彼も、未だこの感覚だけは慣れない。


 ダンジョンは地下に潜れば潜るほど、探索者から知恵を奪う。

 思考の単純化、理性の鈍化、と言えばいいだろうか。常に危険が付き纏う探索で、これは非常に危険な要素だった。

 アディの特異な魔力が身近になければ、準備もなく崖を跳び下りていたかもしれない。そういう思いが、カイムの本能的な恐怖に触るのだ。


 カイムは落下中、親と並んで信頼する黒髪の少年を見やる。

 アディシェス・ウルズは有能だ。常の無表情やコミュニケーション能力の欠如、鈍感なのが玉に瑕だが、冷静さと思考力、魔法の腕は高い。

 そして同時に、特殊でもある。浴びた者を冷静にさせる魔力と、光を浴びずに魔力回復する体質は、ダンジョン探索では随分と助けられている。


 しばらく経ち、彼らは崖下に到着した。魔法の効果が切れ、自身の足で体重を支える。

 気持ち悪い浮遊感に悩まされていたカイムは、大きく伸びをした。その横で一緒に、ノロが伸びをする。


「やっと着いたのう!」


「あともうちょっとだぜ、爺さん。足腰イカれてねえか?」


「ふん、儂はまだ現役じゃよ。ほら、さっさと案内せい」


 崖下は広い空間があり、別れ道が存在した。ここに来るのが初めてのノロは行先を知らない。

 前にマッピングしていた地図を確認していたアディは、しばらくして顔を上げ、辺りの地形の把握する。


「うん、この場所で間違いないね。右の道、前に発見した若根だ」


 世界樹は成長し、側枝を2次・3次と分岐させる。それは樹根も同じこと。

 比較的浅く、大昔に探索済みの箇所も、いつの間にか新たな道ができていることも珍しくない。素人の探索者たちは、まずこうした若根を探すのが定石だ。

【ウルズの樹】は小規模クランで、さらにメンバーは素人である。だからこそ定石通りに歩み、ついに先日、若根を発見したのだ。


 若根の発見方法は目星と、地図の確認だ。

 古い根と若根の違いは、観察力が高いか、落ち着いて見ればわかる。樹は成長するごとに硬さを増していくので、若根の壁は脆いのだ。

 さらにその根が地図になければ、ほぼ若根で確定である。


「アディシェスは有能じゃのう」


「俺は!? クランリーダーだぜ!」


「……うーむ」


「なぜ唸る!? アディもなんとか言ってくれぃ!」


「カイムの剣才はすごいと思うよ。もっと経験を積めば、一流クランでも通用するんじゃないかな」


 アディの評価に、カイムは誇らしげに胸を張った。


「どうよ爺さん。アディはやっぱりわかってるな!」


「でも調子に乗りやすいし、僕の魔力で思考鈍化の影響を受けてないから、通常探索の経験がない。どこかで経験を積まないとね」


「い、いいんだよ! 俺の足りないとこは、大体お前が補ってくれるから!」


 人間関係に難があるが有能なアディと、口が回るが素人のカイム。

 そうやって欠点を補い合う2人は、探索・日常を問わず、最高のパートナーと言えた。


「まったくお主らは……」


 拳を打ち合わせる2人を目にして、ノロは小さく溜め息をこぼした。

『自分たちのクラン』というものに拘らず、もっと大きなクランに行けば、好待遇で迎えてくれるだろうに。と、そう思わずにはいられなかった。

 おそらくカイムは『浪漫がない』、アディは『分配先が増えて金が入らない』、とでも言うのだろうが。


「それじゃあ、先に行こうか」


 アディの合図で、一行は先へ進み始めた。

 この道は凹凸が少なく、比較的平坦だったので、魔法はほとんど使わない。

 アディは特殊体質持ちで、光を浴びずとも魔力回復できるが、決して無尽蔵というわけではない。使わないに越したことはない。


 そういった、魔力を節約しなければならない状況で役立つのが、体力のあるカイムである。

 段差を乗り越える時に手助けしたり、リーダーの役割ではないが、荷物持ちだってできるのだ。


 少しして彼らは目的地に到着した。

 道の途中の、岩の壁。そこに取り付けられていた、意外と景観に合った木製の扉だ。

 遺跡の入り口だ。


 3人は危険がないことを確認して扉を開け、中に入った。魔力が薄いため暗く、辺りの確認ができない。

 魔力灯を点けると、薄らと周囲が見渡せる。アディは魔力灯を片手に、前回来たときに発見したモノを探し当て、押す。


 カチッ、と鳴る。

 直後、頭上から出現した白い光が遺跡を照らした。


「うおっ、眩し!」


 事前に知らされていなかったノロは、突然の光に身構えた。

 しばらくして明所に慣れ、ノロは光の正体を知るため、天井を見た。


 それは円形の皿に似ていた。大きめの透明感のある皿を逆さにして、天井から吊るされた構造だ。

 白く発光しているのは、皿の内側に取り付けられたリング状の物体だった。


「おお、電灯が付いた遺跡とは珍しい! あの透けた皿はプラスチックか!」


 旧世に大きく発展した科学は、現在ほとんど失われている。魔法があれば大体どうにかなるため、後回しにされているところがあった。

 さらに、電気機器は遺跡でしか動作しないので、移動させることができない。しかし要らないわけではなく、こうした遺跡は探索者によって、中継地点として扱われるのだ。


「爺さんは言語専門だろ? こっち見ろこっち」


 カイムの声にノロが視線を下ろすと、本棚が立ち並ぶ光景が目に映った。

 ノロの瞳が驚愕から、狂気染みた歓喜に変わる。


「ふぉおおおおおおお!『ナイス』!『ワンダフル』! 旧世よ、『ダンケ』ぇぇええええ!」


「爺さん、頼むからわかる言語で喋ってくれ」


「有名な旧世言語だね。『ナイス』や『ワンダフル』はイース語ですごい、『ダンケ』はドク語でありがとう、だったはず」


「ああもう! 旧世は多言語でめんどくせえなぁ!」


 新世において、言語は1種類しか存在しない。科学はともかく、意思の疎通という点では、完全に新世界が勝るだろう。

 カイムにはどうして旧世で、わざわざいろんな言語を使われていたのか理解できなかった。非効率なだけではないか。


「面倒とは何事か! これはきっと、旧世界の真実に繋がっている! なぜ旧世界では、多くの言語が存在し、それを使い続けたか。それには絶対に理由がある!」


 怒鳴りながら、ノロは本棚に向かって足を進める。整然と並べられた本を物色するノロの目は、赤く血走っていた。

 いつもの病気だとカイムは肩を竦め、遺跡の隅に座り込んだ。


「新世の言語がおかしい可能性だってあるけど……、僕には判断が付かないな。なんで誰も疑問に思わないのかな」


「何をぶつぶつ言っとる、アディシェス。これとあれとそれ、さっさと運ばんかい! 持ち帰るぞ!!」


「わかった」


 どんな本を選んだのか。本の表紙と、読めもしないタイトルを見てみる。

『親父ギャグ辞典』。なんだか奇妙な絵柄だ。

『広辞苑』。分厚い。重い。

『自由帳 ~ぼくのかんがえたさいきょうのしゅじんこう~』。黒歴史の匂いがする。

『人妻の知られざる姿!? ~駄目、私には夫が~』。妖艶な女性が載っている。完全にノロの趣味だ。


 床に本を積むと、横からカイムが覗き込み、『人妻(略)』の本を霞み取った。


「おほっ? おほ、ほほほ? ほ~ぉ? エロジジイならぬ、ノロジジイってわけですなぁ?」


「カイム。そのタイトル、読めたの?」


「ったく、お前も男なら反応しろよ。……はぁ、いんや全然、まったく読めなかった。妙に画数多いし、すっげぇ難しそう」


「……この複雑な字、全ての本に含まれてる。たぶんこれ、同じ言語で書かれているんだと思う」


「いい観察眼じゃ、アディシェス」


 アディが考察した直後、その横にドスン! と本が積み上げられた。

 いい仕事をした、と言わんばかりに額の汗を拭いながら、ノロが確信を以て告げる。


「柔らかい字と、角ばった字、そして画数が異様に多い字で構成された文章……。これは、おそらくジャパン語じゃ」


「「ジャパン語……?」」


「あまりに難しく、触りしか学んでおらんが、間違いないじゃろう。じゃがこれだけ資料があれば、解析はそう難しいことではない。今日この日より、ジャパン語はさらなる発展を遂げるのじゃ! 儂のッ、この儂のォ、ノロ・ウェールの手でな! ふはははははははははっげほごほぐふっ」


「え……? もしかして爺さん、これ全部持ち帰るのか!?」


「ごふっ、ごふほっ。と、当然じゃ!」


 ダンジョンに学者を連れてくるメリットはない。人手を使い、収穫物を学者に売るというのが通常である。しかし【ウルズの樹】には人手が足りず、言語学など知らないため、膨大な資料の厳選などできない。

 ノロを連れてきたのは、行き来する手間と労力、そしてルーチンワークによる浪漫性の欠如を考えた結果である。そうして粗方回収したあと、若根と遺跡の情報を売るつもりだった。


 そのはずだったが、ちゃんとノロの性格を考えたほうがよかったかもしれない、とカイムは悔いた。

 ノロは知識欲旺盛で、選別基準がゆるゆるだ。こういう事態になることは想定できた。


「頑張ってね、カイム」


「待て待て待てアディ! こんなの1人で持てってか!?」


「……ここで魔力も回復できたしね。もうしばらく休めば、ダンジョンを出るまで保つだろうし、軽減の魔法でも掛けるよ」


「ふう、焦ったぜ……」


 アディは光を浴びずとも魔力回復できるが、光を浴びればより早くなるのだ。

 今現在も、アディは電灯の光を浴びて、魔力の回復に努めていた。


「じゃあ、一休みすっか。ダンジョン潜って、けっこう経っただろ?」


「そうじゃな、それがいいじゃろう。儂も、残さねばならぬ資料を読んでおこう。ああ勿体ない、勿体ない」


 ダンジョン探索には数日掛かる。比較的浅いここに来るのにさえ1日掛かったのだ。

 中継地点が見つからなければ、岩の上で野宿なんてザラだ。わざわざ脱出を急いて、危険に向かうことはない。


 一行には昼夜などわからなかったが、脱出のため、しっかりと休憩を取った。






 休憩を取ってから数時間後。一行は状態を万全にし、遺跡から出た。

 カイムが背負うリュックは本でパンパンになっていて、バランスを取り辛そうだ。アディが軽減の魔法を掛けると、すくっと持ち直した。


「よし、大収穫だな! こう、さ。何かしら発見するとさ、なんか浪漫感じるよな!」


「もっとすごい大発見をすれば、報奨金もたんまり。のんべんだらりな生活に近付くね」


「お主らパートナーじゃろ。もうちょい意見を合わせんか」


 息が合っているのか合っていないのか、ノロには判断が付かなかった。

 まあこれで今までやって来たのだから、問題ないのだろうが。


「――ちょっと待って、皆」


 それじゃあ出発しようか、という時になって、アディは2人を引き止めた。

 2人から視線を向けられたアディは口元で人差し指を当て、静かにするように伝える。

 その人差し指が次に向けられたのは、成長途中の道の先にある、岩の天井だった。


「あんな亀裂、前はなかった。モンスター出現の兆候だ」


 ダンジョンにはモンスターが出没する。

 モンスターの分類は幾つかあるが、ダンジョンに現れるものは、全て纏めてダンジョンモンスターと呼ばれている。


 ダンジョンモンスターは世界樹の外から、壁を食い破って現れる。また、探索者を見かけると襲い掛かってくる。

 物音を立てると気付かれて、崩落と共に現れるかもしれない。モンスターからは素材を剥ぎ取れるが、【ウルズの樹】はモンスターの正体が確認できない限り、迂闊に接触しない方針だ。


「……まずい」


 アディの無表情に、真剣な色が混じった。

 モンスターは魔力に敏感だ。浮遊や消音で気配を消しても、魔力の発露はどうしようもない。

 先ほどアディは、軽減の魔法を使った。気配察知に優れたモンスターなら、これを見逃すはずがない。


 ダンジョンの危険性を失念するだなんて、なんて無様。アディは瞬時に思考回路を切り替えた。


「早くここを離れ――」


 アディの忠告は遅かった。

 言葉の途中で、亀裂の入った天井が崩落する。土煙が辺り一帯を覆い尽くし、視界が奪われた。

 だが、土煙の隙間から一瞬だけ垣間見えた、太く長い形の影。その巨体を持つモンスターの名を、アディは叫ぶ。


「土龍だ!」


 次の瞬間、怪物の雄叫びが、ダンジョン内に響き渡る。


《ガアアアアアアアアアアアアアアア――――――――ァァアア!!》


「マジか、モグラかよ、くそっ! ツいてねえなチクショウ!」


 土龍。通称、モグラ。

 巨大な蛇のような姿をしていて、ひとたびダンジョン内に現れれば道一杯に突進してくる、最悪のダンジョンモンスターだ。

 狭い場所で追いつかれたら、避けることは叶わない。食われるか、轢かれるか、押し潰されるか。そのどれもが致命的だ。


 アディはカイムとノロに浮遊魔法、自身に飛行魔法を掛けた。そして2人の首根っこを引っ掴むと、高速で飛翔を開始する。

 移動速度では飛行魔法が優れている。だから2人にも掛けられたらよかったのだが、飛行魔法は他者には掛けられないのだ。


 歩むなら不便のなかった道も、高速で飛翔するには狭すぎる。壁に激突しないように、素早く飛行しなければならない。慎重になったら、土龍に追いつかれてしまう。

 ガリガリガリ! という背後の、壁を抉りながら進む土龍の気配に、さすがのアディも焦燥を覚えた。


 ようやく崖が目に映った。アディとカイムの視線が絡む。

 以心伝心。お互いにすべきことは把握した。


 3人は崖下の分岐点に到着する。アディはすぐさま方向転換、強烈なGに耐え、もう一方の分岐路に入る。

 豪速で突き進んでいた土龍が、急に進行方向を変えられるはずがない。突進の勢いのまま、崖に激突した。


「カイム!」


「おう!」


 掛け声に合わせ、カイムがリュックをその場に放り棄てて、矢のように飛び出す。直後、カイムの体に赤い魔力で包まれた。アディが掛けた、身体強化魔法の光だ。

 その手には、アディが魔法によって作り出した魔剣が握られていた。


 土龍戦で特に警戒しなければならないのは、頭と尾だ。頭部に近付けば噛み殺され、尾は万力で叩き付けられる。

 だからこそ、狙うのは土龍のちょうど中間、腹部の辺り。即死の危険はなく、巻き付きにさえ気を付ければ対処可能な部分。


「ハァ――――ッ!!」


 カイムの咆哮。煌めく剣閃。銀の閃光が、土龍の体躯を縦横無尽に駆け巡る。

 数瞬遅れて、土龍の体から、赤い血が噴き出た。


《ガアアッアアッアァッァアッァアァァアアアアアアアアア…………ッ!!》


 土龍の絶叫。激痛によって理性を失い、崖下の広い空間で滅茶苦茶に暴れている。巻き込まれる危険を感じ、カイムは一時離脱した。

 ノロを安全地帯に置いたアディは、土龍に掌を向けた。直後、情動を祓う魔力が斉射される。


 命中。理性を取り戻した土龍は、一瞬暴走を止めた。

 それは大きな隙。優秀な剣士が、それを見逃すはずがない。


「おっりゃあああああああああああああああ!」


 銀の一閃。魔剣の閃光が、頭上から土龍の頭部に突き刺さる。

 脳を破壊された生物に、生命活動は許されない。


 心臓の鼓動を止めた土龍は、やがて動きを止めた。


「しゃあああああああ! モグラ、獲ったどー!」


「幼生体だけど、土龍に変わりはない。……報奨金、もらった」


「デタラメじゃのう、お主らは。まったく……」


 後にカイムは、アディの魔力消費が思いの外大きく、余分な魔力を使えないくらい消耗していることを知らされ、大荷物を前に顔を真っ青にするのだが、


「まあこんな日もあるよ。頑張れ、【ウルズの樹】クランリーダー、カイム・カイン・ウルズ。君の未来はきっと明るい。たぶんね」


「ふぎゃあ!? 理不尽だぁぁぁああああああぁぁぁぁああぁあああああいィ!!」


 ……まあそれは、別の話。






     ◇






 これが僕ら、【ウルズの樹】の日常。


 一昨日も昨日も今日も、明日も明後日も明々後日も、僕らはダンジョンに潜る――――。






 どうも。お読み頂きありがとうございます。筆者です。

 現在連載中の作品が完結したら、これの連載モノでも書こうかなー、と考えてますが、予定は未定です。


 もし連載するんだとしたら、短編とは設定が変わったり、ダンジョン一辺倒な物語ではなくなっています断言。

 優等生or問題児的な学園生活・配達屋のバイトで世界樹巡り・休日にダンジョン探索、みたいな感じかな。

 もしかしたら遺跡で、カプセルに入った女の子(裸)でも見つけるかもしれません。あと狂った人を出します。出したい。


 大規模変更なら、ユグドラシル世界観になるかな。アディが9つの世界を行ったり来たりする話。


 まあ書くとしたら、年単位で未来のことでしょう。

 何もかも未定ですが。



2015/05/27 追記

 いつか続き書くぜー、なんて言ってたのは昔の話。

 はい、ほかに書きたい話ができました。現在執筆中の作品『イセカイキ』が完結したら、そっちを優先します。

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