その宝石商、実は詐欺師です
その日は久々に職場の外で食事を摂ろうと思った。別段深い理由はない。食堂のメニューにちょっと飽きただけだ。たまには足を延ばしてレストランに出かけるのも悪くないだろう。
多少ぼんやりとしつつ、僕は学校の前を通った。レストラン街へ行くにはそこを通るのが一番近いのだ。
「お姉さん目が高いね!そう、それ結構レアものなんだよ。なんてったって綺麗だからね、俺も本当に綺麗な人以外には売らないって決めてたんだ。でも君になら売ってもいいかなぁ」
やけに明るく楽しそうな声が聞こえてきた。なんだ。ナンパか。元気な奴だ。
「ね、君にはよく似合いそうだから、安くしとくよ。三十ルークでどう?」
女性客を相手につらつらとリップサービスをしているのは、地面に座った宝石商の男だった。やけに若い。十五か六くらいじゃないだろうか。ちなみにルークというのは、聞き慣れないかもしれないが通貨の単位だ。日本円に換算すると千円くらいだと思う。両替の必要性がないので正確なところはわからない。
女性客が言い値でその宝石を買い取ったあと、宝石商は荷物をまとめ始めた。商売終了らしい。うんせ、と持ち上げた袋から、宝石がばらばらと零れ落ちる。
「あっ、あぁー」
残念そうな声をあげて、だるそうに彼は宝石を拾い始めた。見てしまった以上、無視はできないかと、僕も手伝うことにする。
「拾ってくれたんだ?ありがとう」
「いや、とんでもない」
「ううん、大事な売り物だもん。盗んでいかれたら大変だからね。なんせ高いので一個百ルーク」
聞いた瞬間に、これは嘘だな、と思った。僕には生まれつき嘘を見抜く才能がある。間違えたことは一度もない。
「嘘つけ」
彼が目を見開いた。言わなきゃよかったか。しかし言ってしまった以上、言い逃れできないのもこれまた事実。
「えぇ?宝石商の俺が値段を間違えるとでも?」
「それも嘘だな。君は宝石商なんかじゃないだろう」
ふーん、とヘーゼルの瞳が僕を品定めするように眺めた。
「それが君の能力?嘘を見抜くのが?」
僕は黙っていた。すると彼は何がお気に召したのか、急に花が咲くような笑顔を浮かべた。どこまでも誠実で、信頼に値する人物が浮かべる笑みだった。
「俺はジル。ここの学校の六年生で、十五歳だよ。君は?」
「…ケイ。役所で働いてる」
僕は自分の声がそう言うのを聞いた。
僕らの街は少々特殊で、住人には皆「能力」と呼ばれるものが付随する。一人ひとり違う能力を持っているが、普通それを他人に教えることはない。悪用される危険性があるからだ。クレジットカードの番号をわざわざ人に教えるような馬鹿はいない。どうぞ自分を犯罪に巻き込んでください、なんて、どこの誰が言うと思うんだ。
能力を持った人間は一定の確率で世に生まれてくる。僕らの街はそんな人間を回収し、育成して、街の中に閉じ込める。僕らが望もうと望むまいと、もし能力を持って生まれてきてしまったら、その道は避けられない。なりたくてなったわけじゃないんだがな。
もちろん、なんの代償もなしに能力を得ることはできない。世の中の摂理はギブ・アンド・テイク。お金を払わずにパンを買うことは許されないのだ。僕の場合は能力『嘘発見器』の代償として、嗅覚が失われている。どんな芳香も、僕の前では意味を成さない。残念なことだ。
「さっき君に看破された通り、俺は宝石商なんかじゃないし、売り物だってただのガラス玉さ。それにこれは詐欺だから法律違反でもある。もちろん、校則にも違反」
この街の住人はみな同じ学校の卒業生だから、僕にもちらっと覚えがある。学校は全寮制で、月に二度のダウンタウン行き以外での外出は厳禁だったはずだ。
「いつもこんなことしてるのか?」
「あっ、いや、大丈夫!ローラン…俺の友達だけど…そいつがノートとってきてくれてるし、出席日数はちゃんと計算してるし、成績は学年次席だから!部活もちゃんと行ってる!」
そういう問題じゃないだろう。やれやれ、ずいぶん奔放な性格の持ち主だ。しかし次席とは恐れ入る。僕なんか下から数えたほうが早かったぞ、くそ。
とは思ったものの、僕も大人だ、絶対に言ってやらない。
「へぇ、何部?」
「バスケ部。三番やってるんだぞ!」
なるほど。文武両道でしたか。で、三番とは何ぞや。学生時代はずっとボードゲーム部なんていう謎の部活に入っていたので、僕にはさっぱりわからなかった。
「そうか。それってすごいのか?」
「もーっ、本当に知らないわけ?得点するのが主な仕事だけど、守備でもなんでもオールマイティにできなきゃダメなんだよ。君は何部だったの?」
「ボードゲーム部」
「あ、それって一昨年あたりにつぶれたっていう伝説の部活じゃないか!どういう活動してたんだい?」
そうか、前々から危ないとは思っていたが、ついにつぶれたのか。なんて少々感慨にふけっていたところ、隣の元気な少年は聞いてる!?と怒り始めてしまった。
「悪い。まぁトランプとかチェスとか、麻雀もやったな。ボードゲーム全般だよ。僕はさすがに賭けまではしなかったが」
「てことは、賭けてた人も?」
頭がいいのは本当のようだ。細かい部分もきっちり聞いて、含んだ意味まで理解できている。ちょっと試してみたつもりだったのだが、なかなかにあなどれない。
「まあね。時々賭けが大好きな人種がいるだろう?」
結局、彼の巧みな弁舌に乗せられてしまい、僕が昼食をとりに行けたのはそれから三十分もたった後だった。我ながらずいぶんしゃべったものだ。これでは管理人に帰りが遅いと怒られてしまうかもしれない。
それでも僕はジルに会い、奇妙な満足感を覚えていた。
ちなみに作者はバスケの知識も無に等しいですが、ボードゲームも勝ったことないです。付け焼刃万歳。お叱りは受け付けてます。