ライセンス
多分パラノイア的な世界観
「パパ、ボクも犬が欲しい」
「うちには犬を飼う為の資格を持っている人間がいないから、飼えないんだよ、坊や」
ペットショップの前を通った時に聞こえてきた声に、ボクは足を止める。ショップの子犬を男の子が熱心に見ていて、父親らしき男が困った顔をしている。
犬を飼う為の資格は生物を飼う為の資格の中で一二を争う人気があるが、同時に細分化された難しい資格である事で有名だ。犬種…というか、犬の大きさに加えて、室内飼いのみと屋外飼い含むに分かれており、筆記と面接の試験で合格した者に与えられる。ちなみに、猫であれば品種によっては特別に資格がいるものもあるが、基本室内のみと屋外ありの二種である。もっとも簡単に資格が取れるのは淡水魚だと言われている。
生物を飼うという事はその命を握るという事であり、多大な責任を伴う事であるので、正しい知識と資格が必要だというのは当然の話だ。命とは、何のものであれ、重いのだから。
「今日はグッピーのお友達と餌を買いに来たんだから、そっちを見ようね」
「…はーい」
ボクは再び歩き出す。道端に置かれた自動販売機に、子供がライセンスホルダーを読み取らせている。
この国では何をするにも資格が必要になる。資格がなければ何もできない。一人で家を出て歩き回る事さえ、その為の免許が必要になる。良識的な行動というものを知り、その通りに動く人間だという証明がいるのだ。免許を持たない者は免許を持つ者に同伴され、指導を受けなければ外出もできない。
飲食店で定食でないメニューを注文する為には、献立を組み立てる資格が必要だし、食材を買う為には料理をする資格が必要だ。コーディネイトされていない服を購入するにはファッションの資格が必要で、遊技施設を利用する為には適切な利用免許が必要である。
もっとも、この国の住民の生活はコンピュータによって管理され、"快適"を保たれている。料理もコーディネイトも買い物も、コンピュータが代わりにやってくれる。
要するに、コンピュータに任せないで自分でやるか、既定を外れた行動をしたい場合に資格が必要になるのだ。
「ああ、もう沢山だ!!何でお前たちの言う事に従わなければならないんだ!!」
唐突に男が叫ぶ。ついで、コンピュータの無機質な声がする。
『市民、あなたはコンピュータに反論する為の資格を有していません』
すぐにロボットがやってきて、男を取り押さえて運んでいく。ノイローゼとして医療施設に収容されるのだろう。まあ、偶にある事だ。一月もすれば従順な市民に戻って家に帰される事だろう。
ボクは腕のライセンスホルダーをかざしてマンションに入り、エレベーターに乗る。どうやら無人だったエレベーターはすぐにやってきて、ボクはまたホルダーをかざして屋上へのボタンを押した。屋上などの危険のある場所に足を踏み入れるには相応の資格が必要である。
屋上に出たボクは深呼吸をして手すりを乗り越える。ちょっとふらついたが、ボクは屋上の縁に立つ。
『市民、危険行為です。すぐに戻りなさい』
「やなこった」
ボクはそう返して宙に身を躍らせる。
高い所から落ちれば人は死ぬ。そんな簡単な事はボクも知っている。ボクは、自ら死を選んだのだ。
『市民、あなたは自殺する資格を有していません』
なんてこった、駆け付けたロボットに受け止められ、ボクは右足の骨折だけで生き残ってしまった。病院へ搬送されながら、ボクは呟く。
「…ああ、自殺の為の資格を勉強しなきゃ」