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ウォータータンク

作者: 小林 青

ポストに入っていた一枚のカード。

真っ青な画用紙に大きく描かれた魚の絵。

そして〈アクアリウム〉の文字。

それが水族館のチラシだってことはすぐに分かった。

「へー、新しくできるんだ。こんなところに。」

こんなところというのも、ここは陸地のど真ん中。海なんてものは縁遠いにも程があるようなところなのだ。こんなところに水族館を開くのなんて大変だろうに。

「この券をお持ちの方は半額…そりゃ安い。」

試しにいってみるのも悪くないかな。最近は暑くて仕方ないし、少しは凉しい気分を味わえるかも。


「ただいまー。」

答えてくれる人なんかいないことは分かっていてもつい言ってしまう。癖っていうのは以外と抜けないものだよね。

いつものようにそんなことを思いながら今日は窓を開けにいく。今日みたいに風が良い感じに吹いてる時にクーラーなんかもったいない。


やっと家中の窓をあけると強すぎず弱すぎず、少しぬるめの風がちょうどよくふいていく。夜になってから、日が落ちてからじゃないとこの風は感じられない。


そうしてやっと一息ついてから郵便物をチェックする。

携帯料金…うわっ、今月使いすぎだ。気を付けないと。

これは…フィットネスクラブの…こんなのやってる人っているのかな。

今日はチラシ少ないな。あと水族館のやつだけだ。

「それにしても水族館か。ちっちゃい時家族で行ったのと、修学旅行で沖縄行った時ぐらいかな。ジンベイザメでかかったとか、マナティでかかったとか…。…大きいのしか印象にないな。でも、水族館って言ったらやっぱ大きい魚が気持ち良さ気に泳いでるのを見ないとね。」

そんな水族館のイメージを膨らませつつ、次の休みは何時だったかなと予定を確認する。と言っても、休みが不定期な会社に勤めているわけではないので、次の土日にはちゃんと休みがやってくる。悲しいことに遊びの予定もないけど、今回は予定が入るのだから別にかまわない。

久しぶりに何処かに出かける気がする。

独り身OLの悲しい日常だな。



そしてやって来た週末。

〈アクアリウム〉という新しい水族館に意気揚々と出かけていく。良い年した女が一人ですることではなさそうだ。いいんだよ!水族館好きなんだから!というのはかつて二回しか行ったことのない私が言えるセリフではないけど。


入ってみるとこれが水族館?という感じだった。それはさながら《ウォータータンク》。家に置くような四角い水槽がずらりと並べてある。

大きさが特に大きいというわけでもなくて、両手を目一杯広げるまでもなく、普通の男の人なら抱え込めそうな大きさだ。

しかもその四角くて工夫もない水槽が、さして工夫もなくほぼ等間隔に並べてある。

そうだな、水族館って言うより魚類のペットショップみたいな感じだ。

水槽は壁に埋め込んであるようで、地震で倒れてくる心配はないなとか変なことを考えてしまった。それぐらいなんか心配になるようなうさん臭い雰囲気だった。

それともやっぱり、陸地につくるのが難しくて、こんなのが限界だったんだろうか。


水族館っていうのはもっとこうガラス張りみたいな感じで水槽がドーンと置いてあって、色んな魚がひとつの水槽にいる気がするのだけど、ここではひとつの水槽には一種類なんだろうな。しかも大きい魚は期待出来ない。


そんな、言っては悪いけれどしょぼい水族館でも新しいからか、以外とたくさん人がいてにぎわっていた。

家族連れも多いようだ。

小さい子供がこんなのが水族館だって思っちゃったらどうしよう!とかしょうもないことを考えてみたり。


そんなに広くない水族館はすぐに一周できてしまった。暇つぶしにも中途半端だ。

大きな魚はいなかったけど、小さな魚は本当に色んな種類がいた。アニメ映画で一躍有名になったカクレクマノミとか……。…他は私のような一般人ではとても分からない名前をしていたけど。本当にたくさんいた。ひどい水族館だとは思うけどそこは唯一誉められると思う。


あと良い所は水族館の中にあるカフェぐらいだろうか。とりあえず一周してしまったからそこで少し休もうかな。


アイスコーヒーとデザートをひとつ頼んでひと休み。こうして一ケ所から眺めると、一人で来ている客の少なさに気付く。家族で来ている人、友達と来ている女の子、あと若いカップル。ああうらやましい、とは思わないけど、なぜ自分は友達を誘わなかったのだろうと今更思う。


一人で来ているのなんて純粋に魚に興味がある様子でひとつひとつの水槽にすごく時間をかけてみているあの人とか、つまらなそうな顔で今まさに帰ろうとしているあの人とか、今ちょうどこのカフェに入って来たあの人くらい。普通に言えば私を入れて四人だったわけだ。

そのうち私以外は男の人。やっぱり女一人では来ないよね。

しばらく人の様子を観察してから、もう一周見てみようかなとカフェを出る。

ここで偶然久しい友人に再会!とかあったら面白いんだけどな。……ないですよね。


なにか面白いことはないものかと一周して見たけれど、やっぱりすぐまわり終わってしまった。あまりにつまらないものだからもう帰ろうと思ったそのとき、携帯がないことに気が付いた。

どうして携帯を落とすのかと自分で自分が信じられない。最後に携帯をチェックしたのは……カフェを出た後トイレに行った時か。そこになかったらもう一周しなくちゃいけない。さすがにもう一周はいやだな。


トイレに行ってみると運良く誰もいなかった。これ幸いとばかりにひとつひとつの個室まで調べてしまった。

でも、ない。

…………。

そして思う。携帯見たのはトイレの後だ。


トイレを出て周りを見渡してみた。それらしきものはない。椅子の陰とかなんかよくわかんないオブジェの陰とかも見てみたけどない。

この場所より後には携帯を出した覚えはないのだけど…。

あっ、もしかして受付とかに預けられてるかも。親切な人が拾ってくれたんだよ、きっと。


そんな思いつきで受付に行ってみると、あった。届けられていたのだ。親切な人はいるものだ。顔も知らないけどありがとうと心の中で言ってみる。


「あ、あの人ですよ。その携帯を届けてくださったのは。」


その受付さんの言葉につられて私の携帯を受付まで届けてくれた親切な人を見ると、水族館に一人で来ている珍しい男性の一人だった。そして今まさに帰ろうとしている。


「あ、あの!この携帯の持ち主なんですけど、届けて下さってありがとうございました。」

こんなふうに誰かに話し掛ける勇気なんて私のどこにあったのだろうか。

「ああ、その携帯あなたのだったんですか。」

「えっ?」

「さっきあそこのカフェで、女性で一人でいるから珍しいなと思ってたんですよ。」

彼も私が彼を見たのと同じような目で私を見ていたのか。

「えっと、これはたまたま誰とも予定があわなくて…。」

「ああ、僕もそんな感じです。チラシで安い期間に誰もヒマな人がいなかったんですよね。」

「水族館お好きなんですか?」

「いえ、別に。たまたまここのチラシが入っていたので気紛れに。」

「私もそうです。少しは涼しくなるかなと思って。」

「だいたいみんな考えることって一緒ですよね。それが水族館側の思惑なのでしょうけど。

それじゃあ、携帯見つかって良かったですね。」

そう言って彼は水族館を出ようとする。


このまま何のお礼もせずに別れてしまって良いものだろうか。こちらとしては生活必需品を見つけてもらって、お礼を言っても言い切れないくらいなのに…。


「あの!なにかお礼をさせてください。」

だからこの勇気は一体私のどこに眠っていたのか。

「えっ?いいですよ。そんな大層なことをしたわけじゃありませんから。」

「でも…携帯ってすごく大切なものじゃないですか。それを拾ってもらって私はすごく感謝してるんです。だから、なにかお礼をしたいんです。」

「そこまで言われると断わりづらいですね。」

「えっと、じゃあ、連絡先を教えてもらえませんか?」

ナンパみたいになってる……。

「あはは、どんな人かも分からないのにいきなり連絡先は教えられませんね。」

しかも、さわやかに断わられた……。

「これからお茶でもしませんか?

連絡先ならその後でも遅くはないでしょう?」

「はい!もちろんです。」


それから私達は水族館を出て近くの喫茶店に入った。二人はお互いのことを知って、連絡先を教えあって別れた。



その後二人は付き合い始め、来月結婚というゴールへ……。



今日は快晴。絶好のデート日和。

でも、私達が向かうのは水族館。

単なるウォータータンク(水槽)に魚が詰め込まれているだけの場所。


でも、私達の思い出がたくさん詰まった場所。

そして、私達を結び付けてくれた場所


二人を出会わせてくれた〈アクアリウム〉。


私達は今日もそこへ向かう。




…なんてことがあれば良かったんだけどね。





ここまで読んでいただきありがとうございます。

最後の一文がどういう意味か分かったでしょうか。

そうです。この話はどこからか彼女の妄想です。

さあ、どこからでしょう?考えてみてください。


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