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 アースがマリーの事を「婚約者になる者だ」と明言してから数日。マリーは未だタロットの家に籠城中である。その家の扉は、破壊する前よりも遥かに強固な魔法がかけられており、アースを悩ませている。

 師匠であるタロットの意味深な発言が頭の中を周り、早く確かめなくてはと心が逸るばかりで事態はちっとも進展していない。師匠は齢五十だが見た目は二十代。その気になれば、深い仲になれるのかもしれない。マリーと師匠が、とあらぬ事を考えてやきもきするばかりだ。

 そんなアースとは反対に、彼の放った言葉はこの数日でかなり成長していた。

 サヤが面白半分に吹聴したため、職場だけでは留まらず都中に広まっていた。かなり長い尾ひれがついて。

 

 アースの職場は、彼の家がある街からかなり離れた都にある。王侯貴族が揃う都である。彼の家からどの位距離があるのかというと、馬車で揺られて半日といったところだ。

 あまりに距離があるし不便だから、都に住んだらどうだと周りから心配される程である。しかし、アースは都に住まない。

 どれだけ距離があろうとも、不便だろうとも移動魔法が使えれば何ら問題は無いからだ。第一、都に住んだらマリーと離れなくてはいけない。それは勘弁だ。そんな考えもあり、彼は毎日家から通っている。彼の自宅床にある、職場への直通魔法陣を使って。

 だから、移動魔法を駆使し、滅多なことでは歩かない彼は気付いていない。

 彼の話に長すぎる尾ひれが付いている事に。


 尾ひれが付いた噂話は、足が生え羽が生え、マリーの住む街へと飛んで行った。

 当然、街へと生活必需品を買いに来ていたタロットの耳にも入る事となる。そして、タロットからマリーの耳にも入る事となった。


「―――えっ、それは本当ですか? アースが結婚するって。しかも、その理由が、長い間隠れ家に監禁していた三人の子持ちの未亡人を孕ませたからって」

「どこまで本当かは解らんがね」


 信じられない、といった表情を浮かべるマリーの目の前で、タロットは微妙な気分になった。

 マリーの為に魔法を習い、マリーの為にこの街に住み続けて都へと通う事を厭わないアースが、マリーが世界の中心と言わんばかりのアースが果たしてそんな事をするだろうかと。

 ―――答えは否だ。

 魔力を感じる事の出来ないマリーは気付かなかったが、アースは今日もこの家の扉を破壊しに来ていた。今日だけではなく毎日欠かさずにだ。ここ最近は、煽った影響もあるのか危機迫る勢いで。いや、八つ当たりといった方が正しいのかもしれない。

 そんなアースが他の女を嫁にするはずがない。

 タロットのそんな困惑とは別に、噂を信じたマリーは崩れ落ちるように床に座った。絨毯も何も無い、硬質な木の床に。

 

「……アースが結婚。わたしじゃない誰かと」


 マリーが力なさげに呟いた声は、次第に嗚咽へと変わった。

 沸々と湧きおこる後悔。どうしてアースから逃げてしまったのか。たくさんの彼女が居るのなら、その人たちに負けない位に好きだと伝えればよかった。

 誰かの香りに怯える位ならば、わたしの香りをアースに付けてその女性を遠ざければよかった。

 くだらない嫉妬で逃げたのに、彼なら絶対に追ってきてくれると慢心していた。でも、もう遅い。相手の女性が身ごもってしまったのなら。

 つらいけれどアースに別れを言わなければ。

 後悔だらけだ、とマリーは頬を濡らしながら自嘲した。

 

「……タロット様。わたし、もう少しだけ泣いたらアースにお別れしてきます。お幸せにって言えるかわからないけれど」

「阿呆。早とちりしすぎだ。アースの世界はお前で回っておるのだ。多少の火遊びはあろうが、最後にはお前にいきつくはずだ。そうだ、この噂は何か裏があるのだ」


 タロットは棚から布巾をとりだして、マリーの顔を拭う。涙と鼻水でぐちゃぐちゃの、きれいとはいえない顔を。

 だが、アースはマリーの泣き顔が好きだと言っていた。もしかしたら、彼女に泣いて欲しいが為にこんな噂を流したのかと少し疑ってしまう。

 いやちがう、とタロットは今しがた思い浮かべた考えを頭を振って打ち消した。

 アースは器用でありながら不器用だ。そして、単純だ。マリーの泣き顔が好きだと言ったのは、アースを見て欲しかったからだ。こんな噂ではむしろ逆効果である。

 性格が変にひんまがっているせいで、口が悪い。態度も悪い。マリーを呼ぶ時もよく『貧弱』と付けていた。それは弱いから守ってやると言った意味が込められているが、当のマリーにはそれが通じていない程の不器用さだ。

 好きな子ほど苛めたくなるのか、苛められたとマリーがよく泣いていたのは記憶に古くない。

 魔法はマリーの為に器用に習得しておきながら、肝心のマリーにはアースの本心を見てもらえない程に不器用だった。要は肝心なところで言葉と行動が足りないのだ。

 そう考えると、この噂話の裏はマリーとの結婚を示唆しているのでは、とタロットはふとそう思った。 

 それなのに、マリーは陰りを帯びた瞳を閉じると、深い息を吐いた。何かを断ち切る様に。

 


「……アースにはたくさんの彼女さんが居て、その中の一人が身ごもった。火の無い所に噂は立たないんですよ。今度アースが来たら、お幸せにって言ってみせます。悔し紛れに盛大にクラッカーも鳴らしてお祝いしてみせますとも」

「マリーよ―――……」

 

 それは違うと言おうとしたタロットの言葉をマリーは遮った。聞く耳もたないと言った感じで。


「いいんですっ! タロット様を巻き込んでアースに仕返しをしてやろうとした罰が当たったんです。ちょっとでも浮気された者の気持ちを味わえって。……でも、本命は私じゃ無かったって事ですね。何やってたんでしょうね、わたしは」



 ****



 アースは奇妙な面持ちで蔦の這う小屋の前に居た。

 いつもは魔法で封じられている扉だが、今日は何の魔法も施していない様子だからだ。

 マリーが投降の意を示している様な、そんないたって何の変哲もない扉。だが、今までの事を考えると慎重にならざるを得ない。扉を開けたら杖を構えた師匠が待ち構えていそうだ。

 ……移り香の誤解が解けたんだろうか。

 ……ここで意気揚々に扉を開けていいものか。

 開けたとして、マリーと師匠が深い関係だと二人に言われてそれを聞く勇気があるのだろうか。それを聞いてキレてしまわないだろうか。扉前でそんな事を悶々と長い間悩んでいたその時、アースの背に声がかった。


「なにやってるのよ。普段ならそんなの気にせずに破壊するくせに」

「……マリー」


 外にいるとは思わなかったとアースは呟くと、そっとマリーに近づき頬に触れた。

 頬を指でなぞると、少し震えるマリーを見て抱きしめようと引き寄せた瞬間―――


 ――――パアァァンッ!!


 アースの胸元から、小さな爆発音と共に紙吹雪と紙テープが彼の顔を襲った。紙テープは飛びきる前にアースの額に当たり、少量の紙吹雪は彼の口に吸い込まれ、多くは頭の上と服に降り積もった。

 驚きで一瞬見開かれた紫紺の瞳は、マリーの手に握られた音の正体を確認すると、瞬きをするほどの短い間に細くなった。不機嫌だと解るほどに。

 アースは口の中に入った紙を吐きだすと、低い声でマリーに聞いた。

 


「……何のつもりだ」

「……ええと、小さなころからの親友への結婚のお祝いを。結構前にタロット様が、都で買ってきてくれたの。本当はアースの誕生日にでも使おうと思ってたんだけど―――」

「―――親友? 誰が、誰と」


 不機嫌な表情に眉間の皺が加わり、一層不機嫌になる。

 暗黒オーラをまとい、まさに魔王降臨。それを見て一歩引くマリーの肩を掴み紫紺の瞳を更に細めて、彼女の目を見ながら低い声でもう一度問うた。


「誰が、誰の親友なんだ?」

「ア、アアアースが、わたしの―――んぅっ!!」


 いきなり重なった唇に、マリーの言葉が遮られた。

 軽くも無いが、深くも無い。口を塞ぐだけの口づけは直ぐに離れる。しかし、アースはマリーの両頬に手をあてて、固定したままだ。

 突然のことに困惑したマリーは、頬を赤くしながら涙目でアースを見る。


「……っ。なんでこんな事をするの。私は親友でいようとしてるのに。アースには彼女さんと幸せになってもらおうと努力をしてるのに!」

「お前は親友じゃない。いいか、お前は俺の女だ。俺の女はお前しかいないし、他の女は匂いのきつい雑草だ。踏んでも刈っても除草剤をまいてもしぶとく生えてくるうっとおしい雑草だ。それか、潰してもキリがない蚊だ」

「噂でアースは『長い間隠れ家に監禁していた三人の子持ちの未亡人を孕ませたから結婚する』って……」

「なんだそれは。どうせくだらない噂だろう。―――お前、俺の言う事が信じれないのか。そうか、わかった。信じれるようにすればいいだけだ」


 アースはそう言うや否や、頬から手を離してマリーの腰に手を当てると、不意に屈んだ。マリーが頭の中で疑問譜を浮かべている内に彼女の視界がくるりと回る。そして、視界いっぱいにアースの背中が見えた。

 担がれたのだ。荷物のように。


「―――ちょっと、アース!! 苦しいじゃないの」

「煩い」


 驚きと恥ずかしさで両足をばたつかせる。存外に力があるのか、マリーの抵抗など気にする様子も無くアースはタロットの家の中へと歩を進める。ずんずんと。

 こんな運び方をされた経験が無いマリーは、揺れる体がずり落ちるのではないかと怖くなり片手はアースの服を握りしめる。もう一方の手は、さらなる抵抗の為に彼の髪を引っ張るが、それでも彼は止まらない。 騒ぎを聞いたタロットが家の奥から出てきたが、それを意に介する事も無くアースは我が物顔で家を歩く。そして、マリーは玄関から入ってすぐの扉を開き机の上に降ろされた。

 荷物のように担いだくせに、降ろす時は何故だか優しい手つきで。

 アースは机の端に座るマリーの膝を割り、体を入れる。両手はマリーのスカートを押さえる。彼女が容易に逃げれない事を確認すると、不機嫌に言い放った。その紫紺の瞳をマリーと合わせて。


「―――俺が、愛してるのはお前だけだ。俺の肌に触れるのを許すのも、これからの生涯お前だけだ。それを証明してやる。だから俺を信じろ。噂なんて戯言など頭に残すな」


 そして、アースは自身の服に手をかけた。

 


 




 


 




 



 

 

 

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