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第9話 亀裂

リクの冷ややかな、射抜くような視線が玉城を突き刺した。

思いがけないリクの言葉に玉城は一瞬頭に血を登らせ黙ったが、けれど更に自分の意思をごり押ししてきた。

「うんざりってなんだよ! お前が苦しんでると思って俺なりに考えてやってるんだろ!」

「だから話すのイヤだったんだ」

リクはそう吐き捨てるように言うと立ち上がり、木製枠の窓の横に立った。

まだ高いはずの太陽はいつの間にか陰り、どんよりとした色が窓の外に広がっていた。


「少しは素直に人の親切を受けたらどうなんだよ」

玉城がリクの背に向かって言った。

「玉ちゃんはいつもそうだ」

「何が!」

「いつもそうやって親切を押し売りする。迷惑なんだよ」

「な・・・んだと!? そんな言い方ないだろ。おまえは人の気持ちを推し量るとか感謝するとか、そういうの無いのか?」

「僕のこの力は僕の生まれついての足枷あしかせだ。強まろうが弱まろうが僕の問題であって玉ちゃんが入り込んで来る事じゃないんだ。同情されたりするのが一番イヤなんだ」

「お前、そんな風に思ってたのか?」

「夜中、僕を見張ってどうするの。いつまで続ける気? 一生? 僕が死ぬまで? 玉ちゃんは自分が満足したいだけなんだ。何かしてやったって」

「それが悪いのかよ!」

玉城は拳を握りしめ、眉間にしわを寄せて椅子から立ち上がった。

「だから何度も言ってるじゃないか。有りがた迷惑なんだよ。どうせ結局、何も出来ないくせに」

最後のそれは、とどめだった。

玉城は怒りに顔面をこわばらせ、今座っていた椅子をリクの方へ思い切り蹴り倒した。

椅子は派手な音を立てたがリクの元までは届かない。

沸き立つ怒りがおさまらず、今度はテーブルの上の500ミリリットルの茶のペットボトルを掴むと、力任せにリクに投げつけた。

それは除ける事もせず、ただ顔を背けただけのリクの胸を直撃し、鈍い音を立てて床に転がった。


「ああぁぁぁそうか。悪かったよ! お前がそんな風に思ってたなんてな。ガッカリだ。もう何もしないよ。好きにしろ。一人で籠もって、好きなだけ悪霊と仲良くして、勝手に心中でもしちまえ!」

怒りにまかせて言葉を吐き出し、玉城は玄関ドアに向かった。

胸を押さえ一つ咳き込んだリクの方に視線だけ流したが、もう振り返ることもせず、玉城は乱暴にドアを閉めて立ち去った。


寒々とした静寂が、残されたリクを包み込んだ。

リクは床に転がったペットボトルを拾い、玉城が蹴り倒した椅子を起こすとそこに座り、ズキズキと痛む胸を押さえてテーブルの上に伏せた。


終わってしまったのだ。リクは思った。

もう玉城は自分に失望し、怒り、ここへも二度とは来ないだろう。

終わるのなんて、ほんの一瞬なのだ。

自分を弄び蹂躙する正体不明の影からは、どんなに足掻いても抜け出せないのに、大切なものは、その気になればほんの一瞬で壊せて、あっけなく消えてしまうんだ。


リクはヒンヤリとしたテーブルの天板に頬を付けて伏せたまま、玉城が置いていった食料品の山をボンヤリ眺めた。

自分の為にわざわざ買って、重いのに駅からぶら下げて歩いてくる玉城を想像すると、改めて申し訳なさと寂しさが込み上げてくる。

あんな言い方をする必要はなかったかもしれない。

けれど、心の中にある危険を知らせる信号が、リクに必要以上の悪態を吐き出させた。


素直に嬉しかった。玉城が側にいてくれたら、きっと心強い。

けれど、自分の中に正体不明の何かがいる。理性のない、ただ凶暴な何かが。

自分の手首を斬りつけてまでこの体を支配しようとするそいつが、自分を見張ってやろうとする玉城を傷つけないわけがない。

それを想像するだけで、リクは体中に鳥肌がたった。自分に対する嫌悪で震えた。


不意にテーブルの端で、朝から放置していたケイタイが鳴りだした。

どこかに転がしていたのを、玉城がテーブルに載せてくれたのだ。

数回コールを聞いた後、リクはゆっくり手を伸ばしてそれを掴み、耳にあてた。


「・・・はい」

『あ、リク? 良かった、電話取ってくれて。さっきこっちに着いたばかりなんだ。昨日の夜は電話出来なかったけど、どう? 眠れた?』

長谷川の声は、海の向こうからでも快活で心地よかった。

「ああ、大丈夫だよ」

『そっか。良かった。なるべく電話入れるようにするから。まあ、私は何も出来ないけどさ。あ、そうだ、玉城がすごく心配してたよ。少しでもあんたを助けたいって。まあ、騒がしいだけで役に立たないかもしれないけどさ、気持ちだけは優しくて熱い男だから。何でも頼ったらいい。その方が、あいつも喜ぶしね』

「うん・・・そうだね」

『どうした?』

「なんで?」

『元気ない』

「そんなことないよ」

リクは携帯をぐっと掴み、声に力を入れた。


「こっちは気にしなくていいから。あれからすごく体調もいいし、変わったこともないし。電話もしなくていいよ。もう大丈夫だから」

『本当に? 本当に体、どうもない?』

「うん」

リクは明るく答えた。

「嘘はもう吐かないよ。僕は、大丈夫だから」




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