第6話 苛立ち
「何してんのじゃねーよ!」
玉城はリクが鍵を開ける間我慢していた鬱憤を、リビングに上がると同時に爆発させた。
大きな楢材のテーブルに食料品の入ったスーパーの袋をガサッと置き、すぐさまリクを睨みつけた。
「ケイタイ繋がらないし、直接行ってやろうと思ったら居ないし。俺、40分玄関口で立ちんぼだ」
「今日は鍵、掛かってたろ?」
「なお悪い!」
「・・・言うことが前と違う」
リクは洗面所で洗った手を拭きながら、呆れたように言った。
玉城はムスッとしながら、スーパーの袋からガサゴソと買ってきた惣菜や飲み物を取りだした。
リクは近づいてきて不思議そうにそれを眺める。
「何? それ」
「外食に誘っても来ないだろ? 長谷川さんが、お前メシ食ってないんじゃないかって心配してたから、いろいろ買ってきたんだ」
テーブルにはフライドチキンやサンドイッチやおにぎりやサラダ、手当たり次第買ってきた食品が並んだ。
「俺、料理とか出来ないから出来合いばっかりだけどさ。何か食えそうなもん、あるだろ?」
「僕は寝たきりの病人じゃないよ。買い物くらい自分でできる」
リクは少しばかり困惑した顔をした。
「手ぶらで帰って来てるじゃないか」
「病院に行っただけだから」
「じゃあ、腹減ってるだろ。食え」
リクは、全くシンプルな思考回路を持つ玉城をじっと見つめ、溜息をついた。
「悪いけど、今はお腹空いてない」
「溜息をつくな。ムカツクなぁ」
玉城はぐっとリクに顔を近づけた。
リクの少し色の薄い大きな瞳が反発するように玉城を見返してくる。
親切心を素直に受け入れないのはいつもの事だが、今回ばかりはごり押ししたかった。
長谷川さんの事もある。
「病院行ったら、少しはマシなのか?」
玉城が声のトーンを落としたので、リクも表情を和らげた。
押せば反発するが、引けば少し近寄って来るこの野生の鳥の扱い方を、玉城はようやく思い出した。
「うん、点滴してもらうと少しは楽になる。特になにも治療はしてないんだけど」
「でも、そんなんじゃダメだろ。食わなきゃ死ぬぞ?」
「うん、そうだね」
リクはようやく玉城を見て笑った。
“なにが、そうだね、なんだよ”
玉城はなにか歯痒いような、腹立たしいような不安を感じた。
「なあ、リク。それって・・・やっぱり、あれのせいだろ?」
「え?」
リクがキョトンとした目を向ける。
「その、あれだよ。強くなっちまった霊感。俺のせいで、強めちゃったんだろ。封印解いて。だから、今までよりもひどいヤツがお前の中に入り込んだとか。・・・そんなんじゃないのか?」
「言ったろ? そんなこと僕にも分からない。だけど玉ちゃんが気に病むことは少しも無いって」
リクはそう言うと、壁際の大きめの布製ソファに座り込んだ。
外出で疲れたのだろうか。顔色が蒼白だ。
玉城はソファ横の屑籠に何となく目を走らせたが、さすがにもう包帯は片付けられていた。
「夜、どんな感じなんだ? 勝手に体が動き出すとかなのか?」
玉城は恐る恐る訊いてみた。
「始めの頃は気付かなかったんだ。朝、目が覚めた時、体が鉛のように重くって。そのうち分かったんだ。自分が夜中、勝手に外に出て行ってることが」
「え・・・外にか?」
「らしいね。どこに行ったとかは分からないけど。もしかしたら遠出してるのかも」
「マジでか?」
玉城は身震いした。
「怖くなって左手をベッドにくくりつけた。でも、器用に解いたり引きちぎったり。運がいいときは痛みで目が覚めるんだけど。でも3日前は、朝起きたら僕はリビングに転がってて、左手が血だらけだった。痛みも感じない時があるんだ。絶対に外せないように鎖で縛ろうと思ったけど、今度こそ本当に手首を切り落とされそうな気がして、出来なかった」
淡々としゃべるリクの言葉にうすら寒くなり、玉城は息を飲み込んだ。
胃の辺りがズンと重く、不快になる。
「何でなのか、分からないのか?」
「うん」
「そんなこと、あり得ないだろ、普通」
「そうだろうね。普通あり得ない。だから言ったろ。僕は普通じゃない。おかしいんだ」
リクは無表情に言った。
「嘘だ。わかってんだろ?リクには。自分の手首斬りつけてまでして動き出そうとするのが、彼奴らの仕業じゃなくて、何なんだよ!」
その語気の強さに、リクは黙って玉城を見上げた。
玉城は木製の椅子に座り、畳みかけるようにリクに言った。
「俺のせいだったら何とかしてやりたいんだ。俺は何も知らずにこの2カ月ここを離れてたろ? 何か悔しいんだ。お前の力になるって言っておきながら何にもしてやれなかった。リクが眠らずに何かと戦ってるんなら、俺が夜ずっと見張ってやるよ。俺のアパートに来てもいいし、それが嫌なら、俺がここに泊ってやってもいい。ライターの仕事は夜だって出来るんだ。そしたら少しは安心して眠れるだろうし、食欲だって・・・」
「玉ちゃん!」
リクの無遠慮な、苛立ったような声が玉城を遮った。
「何度も言ってるだろ。これは僕の問題だからって。もう、いい加減にしてくれないかな。うんざりなんだ」




