表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/28

第4話 不機嫌な編集長

「ええっ? 俺の居ない間にそんなことがあったんですか?」

玉城は大東和出版のラウンジのソファから身を乗り出し、長谷川に言った。

興奮気味の玉城とは対照的に長谷川は、腕組みをしながら一人がけソファにもたれ掛かり、憮然とした表情だ。


「そんな事もこんな事も、2カ月近く一本も電話してこないヤツに話せないでしょうが。まあ、『グルメディア』スタッフと楽しい楽しい旅行中のヤツには、そんなことどうでもいいんだろうけどね」

「やめてくださいよ、長谷川さん。慰安旅行も兼ねてましたけど8割がた取材だし、アジアのあの地域は連絡取りにくかったんですから」

玉城はいつになく不機嫌な長谷川を懸命に宥めながら説明した。


長谷川から、『帰国したんならリクと一緒にこっち(大東和出版)までおいで』と電話が入ったのは、ちょうどリクの家に居る時だった。リクと話し合い、翌日の朝10時ごろラウンジに集合ということにした。

そして当日。

少し早めに来てしまった玉城に、長谷川は2週間前の秋山をめぐる騒動を話して聞かせたのだ。


「だけど、リクがそんなに他人に親身になるなんて、ちょっと意外だな」

「同じ事を言うね」

「え、誰と?」

「私と。私も言ったんだ。あんたが人の事を気にかけるなんてね、って」

「え・・・。面と向かって言ったんですか?」

「悪い?」

「きついですよ」

「そうかな」

無自覚な長谷川に玉城はあきれかえり、その一方でジワジワと可笑しさがこみあげ、笑い出しそうになった。

この人は心底リクを愛し、大切に思ってる癖に、未だにそれに気付かない。

母性愛か何かだと思ってる。それ故の暴言だ。

けれど玉城にはその構図がなんとも愛らしくて堪らなかった。

彼女がいつ気付くのか。あるいは気付かないのか。

密かに玉城はそうやって見守ることに、ワクワクしていた。


「でもそれは、あんたのせいだよ、玉城」

「はい?」

ニタニタして聞いていた玉城は、何の話だったろうと訊き返した。

「あんたがリクを冷たい奴だって言ったから」

「は?」

「あいつは変わろうとしたんだ」

「え、そんな。俺、そんなこと言った覚えは・・・」

玉城は慌てて記憶を辿ったが、思い出せなかった。

「あんたの言ったことが堪えたのか、変わらなきゃって思ったんだよ、リクは。だから私は変わらなくていいって言ったんだ」

長谷川の顔が少し険しく歪んだ。

「危険な目に遭うくらいなら、変わらなくていい」


玉城は長谷川の辛そうな表情を改めてじっと見つめた。

上背もあり筋肉質で、女性らしいとは言い難いが、キリリと整った目鼻立ちは男から見ても凛々しく、いつも頼りがいを感じた。

けれど今日の彼女はいつもと少し違う。

いつもの絶対的な安定感が無かった。


「何かありました? 長谷川さん」

「あんたと入れ違いになるね」

「え?」

「転勤なんだ。明日からシンガポールさ」

「・・・え・・! 明日って、なんで? なんでシンガポール!?」

玉城は思わず大声を出し、振り返った2、3人の社員の目に気付いて、慌てて声を落とした。

「なんで? なんでこんな秋口に? グリッドは?」


長谷川はようやく穏やかな表情になり、小さく息を吐いた。

「急に持ち上がった話なんだ。シンガポール印書館との合併話は」

「印書館?」

「中国の商務印書館の支店なんだけど、今は完全に独立体勢でね。少し経営が危ぶまれてるところに、うちが目をつけた。アジアにちょっかい掛けるつもりだよ。大東和は」

「それで、長谷川さんが?」

「うん。今はまだ調査と地盤作りだけどね。白羽の矢が立っちゃった。どうにも断れなくてね」

長谷川は寂しそうに笑った。

「でも・・・グリッドは?」

「グリッドの編集長には別の人が立つよ。辞令も上がった。もう、グリッドも発行部数が伸びて軌道に乗ったから大丈夫だと思う」

「あなたが軌道に乗せたのに! あなたとリクが!」

「声がでかいよ。何泣いてんのさ」

「泣いてなんかいません」

玉城は目をこすり、鼻をすすった。


サラリーマンという物が、そんなものだとは分かっていたが、どうにも割り切れず、とてつもなく悔しく、悲しかった。

グリッドは長谷川が心血を注ぎ、リクと玉城が出会い、大きく関わり合った、言わば母体のような存在だった。

それなのに。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ