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第3話 ツォモリリの石

光の中、リクが笑顔で立っていた。

玉城は全身の力が抜けるような安堵を覚え、一つ大きく息を吐いた。

「どこ行ってたんだよ。鍵開けっ放しで!」

「勝手に人ん家に上がり込んで、それはないよ」

リクは可笑しそうに笑うと、ゆっくりとリビングに上がり、玉城と向かい合った。

「お帰り」

「・・・うん」


けれど玉城は笑い返せなかった。

たった2カ月足らずで、リクは更に痩せてしまっていた。

あまり外出していないのだろうか。

元々日焼けとは無縁ではあったが、夏を越したと思えないほどその肌は白かった。

けれどやつれたという感じではなく、ほっそり引き締まった頬や顎のラインが、リクの整った造形を更に妖しげに美しく引き立たせている。

いつもの刺々しさが感じられず、玉城は何となく別人と向き合っているような錯覚に捕らわれながら、目の前の青年の瞳を見つめた。


「リク、何かあったのか?」

「何かって?」

「だから、体調悪いとか怪我したとか・・・。“あっちの連中”が悪さしてくるとか」

何となくベッドルームを覗いたことを言い出しにくく、玉城は遠回しに訊いてみた。

「ああ。そうだな、体調はあんまり良くない」

「どうした? あいつらか?」

ショルダーバッグを椅子の背に掛けたリクに玉城が詰め寄ると、再び可笑しそうにリクは笑った。


「“あいつら”って誰? 僕は悪の秘密組織にでも追いかけられてるのか? 大丈夫だよ、ちょっと最近食欲無いだけ。時々目眩がするから、さっき医者に行ってきた。ただの貧血だってさ」

何でもないようにサラリと言ってのけたリクは、視線をテーブルの上のエキゾチックな柄の布袋に移した。

「これ何? お土産?」

「あ、・・・ああ。帰る前インドで何か買おうと思ったんだけどさ。あまりいいの無くて」


土産の話よりも、訊きたいことが沢山ある。

あの包帯は? ベッドルームの血は? あのロープは?

けれど明らかに話題を変えたがっているリクの口調は、玉城の質問のタイミングを奪った。

「まさかまた、お守りじゃないよね?」

リクが袋を覗き込みながらイタズラっぽく言う。

玉城はその横顔を見ながら、リクの本心を探った。何かを隠しているにしては、とても穏やかだ。

けれど何か、いつもと感じが違う。空気が違う。

漠然としたそんな『何か』が、玉城を再び不安にさせた。


「残念ながら、木彫りのでっかい呪い人形みたいなのしか無くてさ。そんなの持って帰ったらきっと怒られると思って諦めたよ。中身はワインとツォモリリ湖の石」

「ツォモリリ湖?」

「ああ、すごいぞ。身震いするほど神秘的な湖なんだ。人の手あかのついてない神の領域だ。広大すぎて、

一人じゃちょっと寂しい場所なんだけど。リクを連れて行ってさ、絵を描かせたら凄いの描くんじゃないかって思ったよ」

「僕?」

リクはそう言ったまま、少し黙り込んだ。

ぐるりと視線を天井あたりに巡らした後、再び玉城の顔に戻し、そのままじっと目を見つめてくる。

玉城はどっと全身が発汗した。

訳の分からない不安と緊張が、体中の血管から吹き出して来る感じがした。

こいつは、こんな目をしていただろうか。

「な、・・・なんとなく思っただけだよ」


けれどすぐその奇妙な気配は消えた。

「そんな時はさ、玉ちゃん。可愛い彼女を思い浮かべるんだよ」

いつもの少し意地悪なリクの笑みだ。

「悪かったな。どうせ可愛い彼女なんていないさ」

「それは残念」

リクはそんな軽口をたたきながら、袋からその“石”らしき物を取り出した。

無造作に汚れた薄紙にくるまれていて、どう見てもお土産には見えない。

リクはガサガサとそれをめくり、手のひらにコロンと乗せた。

ゴツゴツとした、何の変哲もない白っぽい石だ。

「これって、拾って来たの?」

「そうだよ。ただの石ころ。でも何か持って帰りたかったんだ。記念に」

玉城がそう言う間、リクはじっとその石を目の高さまで持ち上げて見つめていた。


そのシャツの袖口から、チラリと白い物が覗いた。

包帯だと気づき、玉城の心臓がギュッと軋んだと同時にリクは呟いた。

「一緒に行こうか」

「え?」

何のことか分からずに玉城は聞き返した。

「いつか一緒に行こうよ、その湖に。僕も見たくなった」

「あ・・・あ。そうだな」

玉城はそう返すと、無理やり笑ってみせた。


人間を警戒し、避けて近づかなかった野生の鳥はここには居ない。

けれど、身を寄せて来ながらも、その手傷には決して触らせようとしない。


一体その胸の内に何を隠しているのか、玉城は今すぐ問いただしたかった。

だが思い返せば、それでいつも失敗してしまうのだ。

無理強いすれば、その口から出てくるのは、すべて嘘で固められる。


自分の方に手を差し出して来るまで待つしかないのだろうか・・・。

玉城はそんなことを思いめぐらしながら、異国の石を手の上で弄ぶ青年を、ただ無言で見つめた。



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