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第27話 溶けだした記憶

荻原の身柄はその日のうちに確保され、荻原に殺された例の男、熊田の死体も程なく発覚した。


医大在学中、父親の会社が倒産。

かろうじて学業は続けられたものの、贅沢三昧に育った荻原に、食費さえ事欠く貧しい生活は耐えられなかった。

腐りついでに、つい手を出してしまったギャンブルで更に窮地に追い込まれた荻原は、忌むべき犯罪に手を染めたのだった。

指定暴力団の構成員であった熊田から仲介される形で、違法ドラッグの売り買いや恐喝、更には依頼殺人にまで手を出した。

けれどそれらは実のところ、しみったれた貧乏生活や成績不振に辟易していた荻原の、鬱憤のはけ口にもなっていた。

どこかで、人間としての健全な精神が欠落していたのに、本人も周りも気付かなかった。


岬璃久の事件は目撃証言も曖昧で、荻原に足がつくことは無かったが、その後の依頼殺人で証拠を残し、共謀した前科者の熊田のみが指名手配されることとなった。

熊田は地方に身を潜めながら荻原を脅し、逃走資金を荻原に延々無心し続けた。

しかし、元々切れやすい忍耐の緒の持ち主であった荻原は、記憶障害のリクに罪をかぶせるという、短絡で卑劣な作戦で、ついに今回の凶行に及んだのだった。


「リクの事件も、あいつが学生の時に請け負った仕事だったんだな」

当然警察に呼び出され、いろいろ調書を取られる傍ら、事件のあらましを把握した玉城が、署内の控え室でリクに呟いた。

「そうだね。僕の養父母に頼まれて」

事も無げにサラリと話すリクに、玉城は掛ける言葉もなかった。

リクの一番知りたかった真実は、リクの中に閉じこめられた、もう一人のリクが握っていたのだ。


「15年前ね・・・」

催促もしないのに、リクは語り始めた。

「逃げ出す前に荻原は言ったんだ。誰かに俺のことを話したら、必ずもう一度殺しに来る、って」

「それで怖くなって記憶を閉ざしたのか? もう一つの人格と一緒に」

玉城がそう訊くと、リクは首を横に振った。

「怖かったのはその言葉じゃない。10歳の僕の中に生まれた、有り得ないほどの憎しみと、殺意なんだ。・・・玉ちゃん、人を殺したいと思ったことある?」

冷たい控え室の壁を背にし、パイプ椅子に座ったリクが、抑揚のない声で訊いてきた。

今度は玉城が首を横に振った。


「あの時、どうしようもないほど怒りと悲しみが沸き上がってきてね。養父母も荻原も、自分を疎ましく思うすべての人間を殺してやりたいと思った。その感情で、気が狂いそうだった。その感情が怖くてどうしようもなくて。だから・・・」

リクは一つ息を吸った。

「だから、痛みで気を失う前に、僕はいつも霊達を遮断するのと同じように、その狂い始めた自分を閉じこめたんだ」

「霊と同じように?」

リクは頷いた。

「封印した。凶暴な魂を切り離して、僕とは別の、扉の向こうに追いやって閉じこめた。長い間かけて、霊から身を守るために僕が拾得した保身術だ」

「扉に・・・閉じこめたって。じゃあ、・・・」

リクは玉城をじっと見て一つ瞬きをしてみせた。

「あのとき、・・・美希の魂を自分の体に取り込むとき、すべての扉を開放したんだと思う」


玉城は唖然としてリクを見た。

何と言っていいか分からなかった。

まるで想像できない。

夢物語か空想の話を聞いているようでもあったが、それがリクのいる世界の事実なんだと言うことは痛いほどわかる。

リクの中では一体、何が起こっていたんだろう。

想像すら出来ないことが一番歯痒かった。


一つだけ、単純で明瞭な疑問が湧いたが、ちょうど入ってきた警官に遮られた。

「岬さんには、引き続き奥の部屋で話を聞かせてもらいます」

30歳前後の馬のように長い顔の警官がリクを見ながら無表情に言い、そして今度は玉城を見て少し笑顔を見せた。

「玉城さんの提出して下さったボイスレコーダーのお陰で、取り調べがとてもスムーズに行っていますよ。あれを聞かせるまで、荻原は貝のように口を開きませんでしたからね。こちらが裏を取るのにも、大変役立ちます」

本来、ああ言う録音は証拠としては採用されないのだが、あまりに明瞭な録音のため、荻原を観念させる効果は絶大だったらしい。


玉城が録音に使ったのは、荻原に投げつけた携帯では無かった。

ちょうど前の日に取材で使い、ポケットに入れっぱなしだった高性能ボイスレコーダーだったのだ。

もちろん、リクが凶器を死体から抜き取った云々も録音されていたが、すべて警察に提出して欲しいとリクのほうから言い出した。

自分の解離性同一障害や、15年前の事件もひっくるめて話してしまわないと、きっとこの事件は説明が付かないのだと。


別室に連れて行かれる前に、リクは嬉しそうな表情を玉城に向けた。

警官が教えてくれた“玉城の手柄”が嬉しかったのだろう。

首から三角巾でつられた右手は痛々しかったが、随分顔色は戻ってきたようだ。


「俺も、少しはリクの役に立ったかな」

玉城がそう言うと、リクは「うん。めずらしくね」と、憎まれ口を叩いた。

そのあとの笑顔に陰りは無く、玉城はホッとした。


けれど。

さっき頭をよぎった疑問。

もう一人のあの「璃久」は、いったい今、どこに潜んでいるのか。

それを訊く勇気が、玉城には無かった。



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