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第24話 死闘

その攻撃が予想外だったのか、荻原は顔を引きつらせて体を反転させ、辛うじて飛びかかってきた璃久を交わすと、油染みた地面に尻餅をついた。

璃久はそれも計算していたとでも言うようにナイフを逆手に持ちなおし、ヒョウのような身軽さで、倒れ込んだ荻原に向かって行った。


体勢を立て直した荻原はいとも簡単にナイフを持つリクの手を除け、その右足が隙かさず璃久の脇腹を蹴りつける。

けれど同時に自ら後ろへ体を反らした璃久は、その力を借りてクルリとダメージなく地面で転がると、再び俊敏な獣と化し、荻原めがけて飛びついた。


トンと荻原の胸の上に左手をつき、璃久は握りしめたナイフを頭上に振りかざした。

そのナイフがまさに振り下ろされようとした瞬間、玉城の叫び声がその空間に響き渡った。

「リク! やめろ!」


思いがけない玉城の声に、ビクリと体を跳ね上がらせ、璃久は一瞬動きを止めた。

璃久の下で爆破寸前まで怒りを溜め込んでいた男が、そのチャンスを逃すはずはない。

荻原は満身の力を込めて、無防備に晒した璃久の細い首を側面から殴りつけた。


声もなく璃久の体は地面にたたき落とされ、素早く起きあがった荻原は、仰向の青年の体に馬乗りになった。

急所とも言える首を荻原の怪力で殴られた璃久は、苦痛に声も出せず意識も朦朧としていたが、荻原はさらに抵抗できないように左手と膝で璃久の両手を押さえ込み、その頬を拳で2度、力一杯殴りつけた。


「やめろ!」


喉が張り裂けそうなほど声を振り絞り、再び叫びながら玉城は走り寄った。

けれど既にナイフを奪い、それをリクの首筋にピタリと当てている荻原に、それ以上近づくことなど出来ない。

玉城は、二人の5メートル手前で無様に立ちつくすしかなかった。


俺があのタイミングで叫んだせいだ! 

玉城の心臓が鉄の弾をぶち込まれたように痛み、震えた。


「お前、誰だ!」

荻原は血走った目を玉城に向けた。

璃久の名を叫んだ時点で既に、玉城は荻原の中で敵と認識されたらしい。

「やめろ。リクを放せ!」

「は? あんた見てたんだろ? 最初にナイフ振りかざして俺を殺そうと飛びかかってきたのはこいつだぞ? ここで殴り殺したって正当防衛だ」

荻原は肩で息をし、興奮で言葉尻を震わせていた。これ以上刺激するのはまずい。

荻原の下でぐったりと目を閉じて動かない璃久を見ながら、玉城は自分の高ぶりを何とか押さえ、ゆっくりと呼吸した。


「もうリクは動けないじゃないか。反撃する力もないし、ナイフはあんたが持ってる。それ以上そいつを傷つけたら、正当防衛にはならないよ。これ以上罪を大きくしたくないだろ?」

「これ以上って、何だよ」

鋭い奥二重の目が、玉城を睨みつけた。

二人に増えた邪魔者を、どうやって速やかに処理しようかと考えているケダモノの目だ。

こんな人間が医師だと? 人はどこまで堕ちられるんだ。

玉城は別の意味で体が震えた。


「たのむ、・・・リクを放してくれ。そしたら、今聞いたことは全部忘れる。誰にも話さないし、リクにも、口止めする」

多分荻原は信じないだろうと思って言った言葉だったが、玉城はそれで本当に璃久が助かるならばそうしてもいいと思った。法とか正義とか、もうどうだってよかった。

荻原の重量感のある体の下で、押さえつけられた璃久の指先が痙攣するように時たまピクリと動く。

顔は向こうを向いているが、殴られた首筋は赤黒く内出血し、それ以外は紙のように蒼白だった。


「信用すると思うか、馬鹿が。俺はこいつを始末して、あの死体を片づけてくる。それで万事OKさ」

「OKなもんか! 俺がいる。さっきの会話はぜんぶ聞いたし、録音だってしてある」

玉城は、ほんの少し膨らんだジャケットのポケットを、上からポンと叩いて見せた。

予定変更だ。

玉城がそう息巻くと、理性と正常な判断を失った荻原は奇妙な笑みを浮かべた。

「お前も殺すさ。一番最初に」

荻原は仕事が増えたことを面倒くさがるように、リクの体から腰を持ち上げ、玉城捕獲の体勢に入ろうとした。


けれど、その瞬間を待っていたかのように、荻原の下で璃久が大きく体を捻った。

その弾みで、まだ突きつけられていたナイフの刃が璃久の首筋にスッと入ったが、少しもひるむ事なく唯一自由だった左手を握りしめ、荻原の顎を殴りつけた。

およそ普段の“リク”の動きではない。

加えて一瞬のけ反った荻原に蹴りを入れようとした璃久だったが、その足をがっしりとした腕で遮られ、軽々と反転させられて再び地面に体を叩きつけられた。

それでも全く諦める様子はなく、抵抗を続ける璃久。

刺し違えても目的を貫こうとする、ある意味常軌を逸した執念を思わせた。


「くそっ!」

玉城は弾けるように地面を蹴って、璃久に注意を向けている荻原に突進した。

体当たりしてさらにナイフが璃久を傷つけることになりはしないか不安ではあったが、この瞬間しかなかった。

しかし、それを目の端で捉えた荻原の怒号が響く。

「来るな!」


その声と共に荻原のナイフが、コンクリートの床に伏せられていた璃久の右手の甲に、容赦なく振り下ろされた。



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