第2話 ベッドルームの闇
「リク、いるのか?」
2カ月ぶりに訪れたリクの家の玄関ドアは鍵が掛かっていなかった。
外出時も鍵をかけない事が多いリクのことだ。居るのかどうかは、まるで分からない。
長期取材のインドから先程戻ってきたばかりの玉城は、木製のドアを開け、大声で友人の名を呼んでみた。
けれどログハウス調の吹き抜けの部屋はしんと静まりかえり、人のいる気配はなかった。
玉城はため息をつき、土産の入った袋を楢材の大きなテーブルにトンと置くと、変わり者の友人の部屋を見渡した。
壁際の布製のソファの上に、リクの携帯がころがっている。
手に取ってみると、思った通り、充電もされていない。
「・・・ムカツク」
いつものように頭に来て悪態を吐き出そうとした玉城だったが、彼の目に止まった物がそれを止めた。
ソファの横の、円筒の屑籠だ。
その中には白い包帯が、艶めかしい蛇のようにとぐろを巻いていた。
その白の上には鮮やかな赤。
まだ完全に変色していない血が、点々と包帯を染めている。
「リク?」
居ないと分かっているのに、玉城はもう一度リクの名を呼び、部屋をぐるりと見渡した。
急に胸がザワザワと騒ぎ、不安が呼吸を乱した。
10日ほど前に電話した時は元気だと笑っていたはずだ。
怪我でもしたのだろうか。
玉城は落ち着かなくなり、リクのベッドがあるロフトのはしごを登った。
そこで再び玉城は息を呑んだ。
ベッドの下には同じように血で汚れたタオルが丸めてあり、そしてベッドヘッドには幾重にも細めのロープが巻き付けてあった。
明らかに、何かを縛っていた形跡がある。
生成の布製ロープの端にも赤黒いものが付着し、染み込んでいた。
血だ。でも、なぜ?
途端にゾクリとする寒気を背中に感じ、玉城は身震いした。
振り返るが、もちろんそこには誰もいない。
独り暮らしにはほんの少し広すぎる、簡素で清潔なリビングがあるだけだ。
玉城は手すりを握り、ロフトからゆっくりリクの部屋を見渡してみた。
リクが毎朝一人で目覚める空間は、ヒタヒタとした胸の悪くなる『何か』で満たされていた。
精神を浸食してくる『何か』だ。
数ヶ月前、玉城を助けるために自ら霊力を強める行動をとってしまったリク。
彼は長い年月をかけて封印した《扉》を開けてしまった。
『困ったことがあれば、今度は俺が助ける!』と、偉そうに言っておきながら、自分は彼に何をしてやったと言うのだろう。
リクは何かに追い込まれても、玉城や長谷川に助けを求めるタイプではない。
そのくせ自分の身の守り方を知らない。
承知していたはずではないか!
玉城は滑るようにハシゴを降りると、キッチンやバスルームを覗いた。
そこに、倒れていたらどうしよう・・・。
一瞬過ぎったそんな想像が、玉城の心臓を凍らせた。
けれど、開いたドアの中はどこも空っぽで、そのことに心底ホッとしながら、今度は玄関ドアに向かった。
“裏山だ。きっと裏山にいるんだ。そうだろ? そこにいてくれ!”
祈るような思いでドアノブに手を伸ばした瞬間だった。
いきなりそれは勝手にスイと開き、初秋の眩しい光が玉城の目を眩ませた。
立ちすくんでいる玉城に、光の中のシルエットは一瞬驚いてかたまり、そしてすぐに嬉しそうに弾んだ声で言った。
「玉ちゃん!」




