表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/28

第18話 弔い

「誰って訊かれても困るな。僕は、僕だよ」

リクはサラリとそう言うと、服を丸めてキッチンのダストボックスへ放り込み、さっさとシャワールームへ入って行ってしまった。

その赤黒いシミを付けた衣服は、洗う余地もなく、その青年に不浄なものとして処理されたのだ。

当の玉城は、自分の口から出た「お前、誰だ」という言葉に自分で衝撃を受け、リビングの隅でシャワールームのドアを見つめたまま固まった。


そんなこと、あって良いはずはない。けれど、あれはリクじゃない。絶対に違う。

リクは腹の立つ憎まれ口も叩くが、人をあざけるような、あんな目はしない。

けれど、あれがリクでなければ、誰なんだ。

リクはどこへ行ったというんだ。


玉城は蒼白になり、グルグルとリビングを歩き回った。

“いったい、何なんだ。これは、何なんだ”


ほどなくしてタオルで髪を拭きながら戻ってきたリクは、もうすでに清潔な空色の綿シャツとジーンズに着替えていた。

血の気がもどってほんのり上気した艶やかな頬も、穏やかな口元も、健全な青年のモノであり、自分が投げつけた質問こそ馬鹿げているようにも思われた。

けれど玉城は一言も喋らず、観察するようにじっとリクを目で追う。

リクはそれに気付いたのか、チラリと玉城に視線を流したが、一瞬侮蔑の色を浮かべただけで、まるで興味無さそうに顔をそむけた。

ゾワリと玉城の背が、苛立ちと不快感に粟立った。

“違う! ・・・リクじゃない!”

玉城の胸の内で起こっている激しい疑念をよそに、リクはタオルを首に掛けると軽い足取りでキッチンへ行き、冷蔵庫のドアを開けて中身を物色し始めた。


「腹減ったな~。あ、何か、いっぱい入ってるね。チーズに生ハムにサラダにワイン」

楽しそうにそう言うとリクは赤ワインを掴みだし、玉城の方へ振って見せた。玉城がリクの為に買ってきた、インド土産のワインだ。

「ねえ、ワインでお祝いしようよ。お祝いする時って、お酒飲むんでしょ?」

玉城が間髪入れず、返した。

「何の祝いだよ」

「ハッピー・バースデイ」

「お前、2月生まれだろうが!」

玉城が睨みつけるように言うと、リクは引き出しを引っかき回して見つけたコルクスクリューでワインのコルクを器用に抜きながら、肩をすくめて笑った。

「へえ。・・・よく知ってるね。仲いいんだ」


リクは更に「ワイングラス無いんだな」とぼやきながら大きめのグラス二つを取り出し、中央のテーブルにトンと置いた。ボトルを高く掲げ、ドボドボと溢れんばかりに赤ワインを注ぐと、テーブルの横に仁王立ちしている玉城に、その片方のグラスを差し出した。

「じゃあ誕生祝いはやめて、弔いのお酒にしよう? お葬式しようよ」


いつも少しだけ背の高い玉城を見つめてきた、臆病で寂しがり屋の、あの青年の瞳はそこにはない。

そこで玉城を見据えているのは、傲慢で無遠慮な、正体不明の男の目だった。


玉城は込み上げてきた怒りと絶望的な悲しみに任せて、そのグラスを払いのけた。

ワインの入ったグラスは軽々とはじき飛ばされ宙を舞い、壁に当たって砕け散った。

ログハウス調の温かな木目の壁から、飛び散った液体が血液のように垂れ、濃厚な甘い香りと共に床に広がった。


「お前、誰なんだよ!」

「ふん。野蛮人」

リクは短くそう言うと、手に持ったもう一つのグラスのワインを、ジュースのように一気に飲み干した。

そうして空になったグラスを、同じように乱暴に壁に投げつけると、その砕ける音と共に玉城を睨みつけた。


「僕がリクじゃなかったら、誰なんだよ」

「知らねーよ。だから訊いてんだろ?」

「ふーん」

人形のように無機質な目が、一瞬好戦的に光った。

「仕方ないね。じゃあ、本当のことを教えてあげる」

リクは胸が触れ合うほど玉城に体を寄せ、肩を抱き、その耳元に唇を寄せて呟いた。


「あなたのリクは、昨日、死にました」

語尾で、その唇がニヤリと笑った。


怒りに目眩がした。

その青年を殴りつけようと体を離した玉城は、相手の右手が舞うように宙を切ったのを目の端に捉えた。


けれどその意味を理解する前に、次の瞬間にはその拳が激しく玉城のみぞおちに食い込み、火花が飛び散るような痛みに体を折り曲げた。

思いもしなかった青年からの攻撃に、まるで何の防御も出来なかった。

呼吸ができない。

何とか足を踏ん張り体勢を整えたが、肩をグイと掴まれたあと、今度は膝蹴りを同じみぞおちに食らった。

更に激しい痛みに玉城は今度こそ膝から崩れ落ち、無様に床に転がった。

喉まで胃液がせり上がり、痙攣し、苦痛の涙で視界がぼやけた。

息をしろ。

慌てるな。

慌てるな!


半分意識を失いながら石のように体を丸めた玉城の横に、青年は静かにしゃがみ込んだ。

玉城の意識が有るのか無いのか確かめるように、そのヒンヤリした細い指が、玉城の頬を撫で、そしてトントンと戯れるように軽く叩く。

玉城が動けないのを確認すると、僅かに赤ワインの香りの吐息をさせて、青年は呟いた。


「これから大事な用事があるんだ。あんたに邪魔されたくないんでね。さあ、ようやく始まるよ。

物語の最終ステージが」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ