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第17話 失われた朝

玉城は最寄り駅から、いつもの循環バスは使わずにタクシーに乗り込んだ。

先程までぐうたら眠っていた自分に腹が立って仕方がない。今は一分一秒が惜しかった。

緑が濃くなり、リクの家が近づくと玉城は心の中で祈った。

どうか、家に居てくれ、と。


リクの家の前に着くと、慌ただしくタクシーを降りた。

少し待たせておこうかと振り返ったが、すでにタクシーは走り出した後だった。

どのみち、リクがここに居なければ行く当てもない。お手上げなのだ。

玉城はぐっと、そのログハウス調の家のドアを睨みつけた。

「あれ!」

僅か10センチばかり開いている玄関ドアを見つめながら、玉城は小走りに近づいた。

カギを掛けないことはあったが、ドアが開けっ放しだったことは初めてだ。

開けたまま外出ということは考えにくかった。

・・・中にいる。

玉城は半ば確信し、安堵とともに部屋に飛び込んだ。


部屋の中は薄暗くヒンヤリしている。

人の動く気配は全くない。

「リク!」

大声で呼びながら足元を見ると、狭い三和土にスニーカーが転がっていた。

「いるんだろ? なあ!」

ホッとしながら自分も靴を脱いでリビングに上がり、楢材の大きなテーブルを迂回した。


けれど、回り込んだ床に転がっているものを見つけた瞬間、玉城の心臓は一瞬にして縮み上がり、硬直した。


テーブルとキッチンへの入り口のちょうど真ん中あたりに、リクが倒れていた。

こちらに背を向ける形で横向きになっていて、顔は見えない。

その体はピクリとも動かず、場所的にも眠っていると言うより、転がっていると言った方が近かった。

苦しくて藻掻いたかのように白いシャツは乱れ、華奢な肩が露わになっている。

シャツから覗く肩と細い首の、あまりの白さに玉城は震えた。


「リク!」

玉城は走り寄ると、すぐに頬に触れ、首筋に触れた。

頬は氷のように冷たく唇にも血の気が無かったが、首は仄かに温かく、弱いながらも脈を打っていた。

口元に顔を近づけると、ちゃんと呼吸もしている。


その頃になってやっと玉城の心臓はバクバクと激しく打ち始め、安堵と冷静さと怒りが、血流とともに蘇ってきた。

ざっとその体に目を走らせると、白いシャツの腹あたりに、赤黒い血のようなシミが僅かに点々と付いている。


玉城は力一杯、リクの肩を揺すった。

「おい、リク! 起きろコラ、リク!」


青ざめた瞼も唇も何の反応も無かった。

玉城はその頬を何度も叩き、再び両肩を掴み強く揺すった。

こういう場合の対処法などまるで知らず、タブーを犯しているのかも知れないと思ったが、不安でじっとしていられない。

玉城は更に名を呼びながら揺すった。

「リク! おい、起きろって言ってんだろ! おい!」


もしかしたら、体のどこかに本当に致命的な怪我でもしているのだろうか。

頭を強く打ってるとか・・・。

ふと、そんな不安がよぎり、その肩から手を放した時だった。


眩しそうに顔をしかめ、小さく声を出した後、リクは目を開けた。

感情の分からないガラスのような琥珀の瞳が、不安げに覗き込む玉城の目を見上げてきた。


「リク!」

「うるさいな」

驚くほどはっきりした声でそう言うと、リクはゆっくり上半身を起こし、小さく首を振った。

手でフワリとその艶やかな髪をかき上げ、驚いた目で自分を見つめている玉城に、再び視線を合わせた。


「うるさいって・・・。お前、まさか寝てたのか?」

「死んでるとでも思った?」

リクはニヤリと笑い、その場にあぐらをかいた。


「ふ・・・ふざけるなよ、お前! 長谷川さんがどれだけ心配したと思ってるんだ。俺だって飛んで来たんだぞ。いったい何のつもりだ! 冗談だったなら、ただじゃおかねえぞ!」

玉城が怒りで顔を赤らめながらリクの右腕を掴んで揺すると、あからさまに迷惑そうな顔をしてリクはその手を振り払った。

そして自分の汚れた服をマジマジと見つめ、顔をしかめた。

「うわ、気持ちワル・・・血が付いたまんまだ。そういえば昨日、シャワー浴びなかったな」


リクは玉城など眼中に無い様子ですっくと立ち上がると、まるで小さな子供のように何の躊躇いもなく次々と服を脱ぎ始めた。

白い綿シャツ、ジーンズ。

赤い付着物で汚れたそれらが許せないらしく、まるで親の敵のようにどんどん脱ぎ捨ててゆく。


「リク・・・なあ、話を・・・」

玉城の言葉がしだいに歯切れ悪く萎んでゆく。

呆然とその様子を見ている玉城の目の前で、リクはすべての服を脱ぎ捨てた。

いきなり素っ裸になられ、玉城はついには場違いな説教じみた言葉を呑み込むしかなかった。

足元に山となった衣服や下着をどう処分しようか悩んでいる青年のその背中には、あの痛々しい傷と火傷のあとが生々しく浮かび上がっている。

首筋から肩胛骨までの、女性のような白く滑らかな肌とは対照的に、そのケロイドはまだ熱を帯び、怒りに燃えているようにさえ見える。

そのさざなみの中を斜めに切り裂く無惨な刃痕は、ほっそりとした腰を越え、再び白く柔らかな臀部の上にまで伸びている。

こんな間近で直視するのは初めてで、玉城はそのグロテスクさに思わず息を呑んだ。


「ねえ」

リクは視線を感じたのか、玉城を振り返った。

「シャワーしてくるね」

無邪気な子供のようにそう言うと、リクは汚れた服一式を拾い上げ、裸の腕にかかえてシャワールームの方へ歩き出した。


「待てよ!」

玉城がその背中に鋭い声を投げつけた。

リクが、無表情でゆっくり振り向く。琥珀色の、ガラスの瞳が一瞬、好戦的に光った。


「お前・・・誰だ」


低く唸るように言った玉城の言葉に、青年は微かに嗤った。




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