第16話 リクを捜して
「・・・あたま痛て・・・」
頭痛と喉の渇きが、玉城を泥のような眠りから揺り起こした。
転がったままカーペットの上の散らかり様を見て、玉城は昨夜、相当飲み過ぎたことを悟った。
昨日の取材のあと、その後の予定の無かったカメラマンの西山と、ずっと玉城のアパートで飲んでいたのだ。
西山が「俺、明日仕事なんで、帰るわ」と部屋を出て行ったのは、確か日付が変わった頃だったと、玉城はボンヤリ思い出した。
窓の外を見ると、まだ薄紫の夜明け前だった。
鈍痛を堪えゆっくり上半身を起こす。
ローテーブルの上も、ビールの空き缶やスナック菓子の袋、カップ麺の残骸でてんこ盛りだ。
ウンザリしながら、足元に転がっていた電池切れの携帯を拾い上げ、充電アダプタに繋いだ。
こんな時、一緒に飲んだのが女の子だったら、この空しい感じは無いんだろうに。テーブルの上だってちゃんと片づいてるだろうに。
そんな身勝手な理想を思いながら、玉城は携帯の電源を入れた。
携帯はひとつブルリと震え、そこに表示された画面を見て玉城はギョッとした。
長谷川から、恐ろしい数の着信が入っていたのだ。
「うぁ・・・怖えぇ・・・」
最初の着信は昨夜午後11時。一番最後の着信は、ほんの1時間前だ。
いったい何でこんな時間に・・・。
一瞬にして2日酔いのモヤが吹き飛び、玉城は大きく深呼吸して、長谷川に返信しようとした。
しかし、ふと指が止まる。
“あれ? このまま着歴たどっても繋がらないよな・・・”
どうするんだっけと暫く携帯を見つめていると、その視線を察知したかのように、玉城の手の中で携帯が雄叫びを上げた。
驚いて落としそうになった携帯をぐっと掴みなおした玉城は、やはり何かあったのだろうか、と少しばかり身がまえた。
「はい」
『電源切ってんじゃないよ! あんたまで! 何やってんのさ!』
いきなりの落雷だ。
「な、何やってるって。・・・いったい何なんですか」
『あんたしか居ないのに! ちゃんと連絡取れるようにしときなさいよ!』
「だから何なんですか。俺だって酒飲んで、朝までぐっすり寝ることだってありますよ。24時間営業じゃないんですから」
『リクが・・・』
長谷川の声が急に詰まって途切れた。
「え? リクがどうかしたんですか?」
『今すぐリクの家に行って来て。ちゃんと帰ってるか、見てきて。お願いだから』
いつもとはまるで違う、懇願するような長谷川の声に、玉城の胃はギュンと縮んだ。
「何かあったんですか?」
『あとで話す。何かあの子おかしいんだ。とにかく急いで!』
もう既に立ち上がり、ジャンパーを掴んでいた玉城は、財布とその携帯だけ持って外へ飛び出した。
まだ空は明け切っておらず、始発の電車まで少し待たなければならなかった。
それでもタクシーを飛ばすよりも、電車を待った方が早い。
その間に再び掛かってきた長谷川の電話で玉城は、昨夜のリクとのやり取りの一部始終を聞いた。
「あの馬鹿タレが!」
リクの事が心配でもあったが、そんなメッセージを残して電話を切るという身勝手な行為が腹立たしくて堪らなかった。
相手が、飛んで来ることの出来ない距離にいる長谷川なら、尚更だ。
「ったく! 自分を心配する人間の気持ちなんて、少しも分かってないんですよ、あいつは。無神経で自己中でバカなんです。山から下りてきたばかりの猿並みです。大丈夫ですよ長谷川さん。あいつを見つけてぶん殴って来ますから! 長谷川さんの分まで」
息巻く玉城に、長谷川はやっと電話の向こうで少し笑った気配を感じさせた。
『乱暴しないでよ、玉城。リクはきっと今、それどころじゃないんだ。たった一人で戦ってるんだと思う。・・・たぶん』
「それが水くさいって言うんです。ああ、もう、ハラ立つ! もし家に居なかったら、街中を探し回って絶対見つけだして、ぶん殴ってやる」
始発の電車が滑り込んできた。どんなに急いでもリクの家まで50分以上はかかる。
その頃また電話かけるから、と言い残して長谷川は電話を切った。
玉城は無駄だと思いつつも、リクの携帯に電話を掛けてみたが、やはり繋がらない。
怒りが更に増した。
いや、ちがう。
腹を立てていたかった。
不安や心配で息苦しくなるのは、まっぴらだった。
ドクドクと早まる自分の鼓動を、腹を立てることで沈めたかった。
《もう、終わりにしていい?》
そんな言葉、いったいどういう状況になったら吐けるのか。
“俺の助けはあんなに拒んだ癖に!”
乗り込んだ始発電車の扉際に立った玉城は、込み上げる苦い想いに堪らなくなり、拳を冷たいドアに打ちつけた。




