英雄の婚約者
英雄の婚約者のハードルを上げてみた。
「ミストさま。本当に行かれるのですか?」
魔の森で人喰いの一つ目熊が出没したと報告を受けて討伐に行き、無事に一つ目熊を倒したのは昨晩のこと。
疲労も溜まっているはずなのに、我が婚約者のローズミストさまは休息もそこそこに鎧をまとう。
「当然だろう。――それが俺の役目だからな」
いかにも当たり前のように告げているが、冗談ではない。
「――わたくしは反対です」
「ミネルヴァ嬢……」
「要件は、ゴブリンの発生。ですが、もともとはゴブリンの巣を第二王子が遊び半分で襲わなかったらゴブリンの怒りを買わなかったんですよ。子育て中のゴブリンは巣穴に籠っているのに」
子育てに集中しているからこそ今の時期は平和なのに、子育て中なのを弱っていると馬鹿な勘違いした王子が、襲撃したら子供を守るために反撃されるのは当然だろう。
もともとあの第二王子はローズミストさまが英雄だと言われているのが気に入らないで、自分の方が英雄の名に相応しいのだとばかりに公務も疎かにして冒険者気取りで動き回り騒ぎを大きくさせる。
(それを許している陛下も陛下だ……)
ローズミストさまが酷くなる前に終わらせているからと甘く見ている。
「それで、困るのは民だ……」
「…………」
「民を見捨てられない」
それだけ告げて、外に向かう。
「…………」
分かっている。民を見捨てられない。だけど、その民の中にローズミストさまは含まれていない。
英雄と言う言葉が、ローズミストさまに降り積もり、彼は自分のことを二の次にして向かってしまう。
「貴方が、英雄になるのなら、わたくしは悪女になりましょう」
国が求める英雄を縛る存在に。
わたくしがまず最初に行ったのは元凶の第二王子。そして、陛下を無理やり引き連れて、ゴブリンに襲われた村の復興作業を現地で行わせた。
普通なら無理なのだが、わたくしは身体強化の魔力を使って、実力行使で、邪魔する兵士を気絶させて連れ出したのだ。
現地の人々の苦しみ。そして、英雄と呼ばれているローズミストさまの疲労を見せつけることでどれだけ貴方方の頭がかすかすなのかを叩きこんでから。次はわたくしと共にローズミストさまの元に向かっていく。
わたくしは巨大なメイスを持って。
貴族令嬢らしくない。
お淑やかにしろと言われ続けて、耐えていたのだが、もう悪女になるのならお淑やかに振舞う必要なんてないと判断して、メイスを振るって、ゴブリンたちを次から次へと屠っていく。
青ざめてガタガタ震えている陛下と第二王子を守りつつ、返り血を浴びながら戦い続けて、少しでもローズミストさまの負担を減らせるように、そう。いろんな意味で負担が減らせるようにゴブリンを倒していく。
「ミネルヴァ嬢。貴女のおかげで予想よりも早く任務が片付いた」
ありがとうと微笑んでいるローズミストさまに同じように微笑み返し、
「ならば、休んでください」
と思いっきり殴って気絶させて、いわゆる俵抱き状態にして担いでいく、身長が足りなくて、足は引き摺っていたがまあ勘弁してもらおう。
陛下と第二王子はガタガタ震えて怯えたように見てきたが、
「戦っていなかったから歩けるでしょう。さっさと付いて来てください」
「「はいぃぃぃぃい!!」」
まるで人を化け物のように怯えて言うことを聞くなんて失礼な方々だ。まあ、そこまで失礼だったからローズミストさまに無礼を働けたのだろう。
それから、ローズミストさまは一週間も眠り続けていた。それほど疲労が激しかったのだろう。これを機にゆっくり休んでもらいたい。
文句を言う輩はわたくしが話し合いをするつもりだ。
「そうか……すっかり迷惑をかけてしまった」
一週間ぶりに目が覚めてすっきりした表情でローズミストさまが告げる。目の下の隈もしっかり消えている。
「いえ、これくらい迷惑ではありません。ですが……」
視線を向けるのは気絶させるために殴った個所。しっかり青痣になってしまっていたのだ。
「いや。――愛の鞭だと思えば可愛いものだろう」
「ミストさま……」
ミストさまの言葉に感動して抱きしめてしまう。身体強化をしていないから痛くはないだろう。
「こ、これっ、ミネルヴァ嬢はしたない」
「いやです。離れません」
悪女になったのだから言うことを聞きませんとローズミストさまに甘えるようによりくっつく。
「参ったな……」
そう言いつつも困っていないですね。わたくしの頭を嬉しそうに撫でていますし。
婚約者としての触れ合いも久しぶりなんですよ。先日の一つ目熊の討伐した時に久方ぶりの逢瀬だったのに疲労が激しい様子を見て逢瀬どころではなく、すぐに休ませるつもりだったのですし。
(それなのに、第二王子のアンポンタンが)
まあ、これで反省してくださいましたでしょう。
後日。
我が国の姫――第二王子の妹君が、夜会で。
「お父さまとお兄さまを引き摺ってゴブリンの所に連れていく乱暴な婚約者がいて、ローズミストさまも苦労しますでしょう。英雄にはそれらしい妻が必要だと思いますよ。そう」
王族の娘とかと言いかけていた言葉を遮って、ローズミストさまは心底幸せそうに笑って、わたくしの背中に手を回して、
「そこまでミネルヴァ嬢に愛されていると思うと心が躍りましたね。彼女は英雄ではなく俺本人を見てくれていますから」
と盛大に惚気る。
そういえば、この姫君ローズミストさまを狙ってわたくしとの婚約を破棄させようといろんなことをしてくれましたね。
そう、ハニトラとか。我が領地の不祥事の噂とか。まあ、全て問題なく片付けましたが。
陛下と言い第二王子と言いこの姫君と言い王族にろくな輩はいないようだ。唯一の常識人の王太子が常に胃痛で苦しんでいるからなかなか王位を交代できないとか……。
さっさと玉座に就いた方が胃痛も治まるでしょうね。
「そ、そうなのですか……」
「ええ。――俺からミネルヴァ嬢を取り上げたら国の中枢で暴れて、国を出ていきますので。そのつもりで」
最後にローズミストさまの脅しを聞いて、これでもう無理難題は押し付けられないだろうと胸を撫で下ろしたのだった。
そして、増えていく王太子の胃薬……。




