あなたがモタモタしてるので、入れ替わって解決しちゃいます
「そこまで言うなら、おまえがやってみろ!」
だんっ!
テーブルの上に叩きつけられた怪しい小瓶。
「望むところです!その代わり、成功したら私の言うことを聞いていただきますからね!」
まさに、売り言葉に買い言葉。
叩きつけられた小瓶の液体を、ダレスとエレーナはグッと煽った。
二人からカクンと力が抜け落ち、直後にスッと背筋が伸びた。
―――入れ替わりの完了だ。
「見ていらっしゃい、あなた達が間違っていたと証明して見せるわ!」
ビシッと人差し指を突きつけるダレスの言葉遣いが変わった。
「想定してたけど、予想以上に気持ち悪いな…」
「お黙り!」
こうして侯爵家のガゼボで開催された二人だけのお茶会は、不穏な空気を持ったまま解散となった。
―――そして。
「……本当に入れ替わるとは」
「殿下には多少のご不便をおかけしますが、ご容赦くださいませ」
翌日の昼休み。
学園の中庭で、ダレスとエレーナが揃って王太子レイニードに頭を下げていた。
今はダレンがエレーナで、エレーナがダレンだ。
「ダレン…、いや今はエレーナ嬢か。すまない、気持ち悪いから言葉は崩してくれ」
「承知いたしました。気を付けま…、気を付ける」
「おいおい、大丈夫かよ」
令嬢らしからぬ言葉遣いにレイニードは眉を寄せる。
「ダレン、お前はエレーナ嬢の品位のために言葉遣いを改めろ」
「へーへー。…って、痛い痛いっ! わ、分かったよ!いや、…分かりましたわ!」
エレーナに無言で背後からこめかみをグリグリと圧迫されたダレンが叫んだ。
その時。
建物の影から甘い声を響かせて一人の可憐な少女が飛び出してきた。
「レイニード様、ここにいたのね!」
アンリ・リカルド。
レイニードとダレンが頭を悩ませている男爵家の養女だ。
アンリは亜麻色のふわふわの髪を揺らしながら王太子に駆け寄った。
「……挨拶もせずに?」
低い声がダレンの口から漏れた。
ふいっと、隣に立つエレーナの目が逸らされる。
「あれ!?ダレン君いつもと感じが違う?」
「ダレン…『くん』?」
周りの温度が一気に下がる。
エレーナが微笑みを浮かべてアンリに視線を移す。
「リカルド嬢、俺は婚約者のいる身だから呼び方はちゃんとしてくれるかな?」
アンリは目を丸くした。
「どうしたの!?今までそんなこと言ったこと無いのに!」
無いのかよ。
エレーナの視線がギッとダレンを刺す。
さっと目を逸らすダレンと、…なぜか王太子レイニード。
お前もか!
エレーナが思わず息を吐く。
それを見て、何を勘違いしたのかアンリがダレンを睨み付けた。
「酷いです!婚約者だからってダレン君に無理なことを言ったんでしょう!」
アンリが詰め寄ったのはエレーナの姿のダレンだが、アンリが知るはずもない。
「あ、アンリ、さ…ん?」
「ダレン君から聞いてます!政略結婚で、お互いに気持ちなんかないって!」
「え、おれ、そんなこと言ってな…」
「……へぇ?」
ダレンの姿のエレーナはゆっくりと唇の端を持ち上げ、二人を見つめた。
アンリは基本的に女の意見は聞かない。都合良く解釈して大袈裟に騒ぐ。
とにかく面倒な女だった。
「俺がそう言った?」
ダレンの口を借りたエレーナが、低い声で問いかける。
少し憂いを帯びた雰囲気はいつもと違い、どこか色気がある。
アンリは顔を赤らめて首を上下に振った。
「そうよ!家同士で契約を結んだ婚約者だって言ってたでしょ?」
「あ、アンリ…さん。い、家同士で結んだって言っただけ、よ、ね?」
真っ青な顔でエレーナ(の顔をしたダレン)がアンリの肩を掴んだ。
アンリはダレンに向けたうっとりとした顔を、あっという間に怒りの表情に変えてエレーナを責めた。
「それってダレン君が自分で選んだ人じゃないってことじゃない? 好きでもないのに可哀想だわ!」
「や…、そういう、意味じゃ…」
「そうやって人を不幸にして、あなたは心が痛まないの!?」
話が通じない人間とのコミュニケーションの難しさを思い知れ。
エレーナが面白そうに眺めていると、ダレンがついにエレーナに助けを求めるように目を向けた。
本当はもっと見ていたかったが、何しろ自分の顔だ。
アンリに気圧されている様は、それなりに気分が悪い。
「落ち着いて、アンリ…」
仕方なく助け船を出す。
フーフーと興奮するアンリの肩に手を置いた。
アンリは瞬く間に乙女の顔になり目の前で手を組む。
「ダレン君、心は自由になって良いんだよ!」
お前は詩人か。
突っ込みたい気持ちを無理やり押さえ込み微笑む。
「そんなことよりさ…」
ダレンがどういう仕草をしたら格好良く見えるかは、誠に遺憾ながらエレーナが一番よく知っている。
そのこと自体を忌々しく思いながらも、エレーナはアンリの耳元に唇を寄せた。
「ど、どうしたの、ダレン君。今日、なんか変よ!?」
「君に紹介したい男がいるんだ」
アンリを覗き込むように視線を合わせると優しく微笑みかける。
「へ…?男の人…?」
アンリが意表を突かれてポカンと口を開ける。
そんなところも淑女としては減点対象だ。
だがエレーナは構わず話を続けることを優先した。
「そう。騎士科のマークス・レイマン」
「マークス…君…?」
どうやら心当たりが有ったらしい。
エレーナは満足そうに頷いた。
「彼、君のことをとっても好きなんだって」
「え、あの騎士科のアイドル、マークス・レイマンがあたしのことを!?」
目を輝かせて食いつくアンリにレイニードとダレンの顔が引きつる。
騎士科のアイドルってなんだ。
「一目惚れなんだって。どう、彼と付き合ってみない?」
「えぇぇー?そんなこと急に言われても困るって言うかぁ」
急にクネクネするアンリに、心の中でエレーナは顔をしかめる。
だが、表面上はダレンの顔で少しだけ悲しそうに俯く。
「俺も、君が誰かのものになるなんて考えられないけど…」
「え、いや、俺そんなキャラじゃない…」
あまりに自分とかけ離れたキャラ設定に、思わずダレンが呟く。
レイニードは笑っていいのか戸惑ったらいいのか迷い、微妙な顔で見守る。
「王太子妃教育も侯爵夫人教育も、すっげぇ過酷なんだよ…」
「…え?」
アンリの顔がこわばった。
まさかと思ったけど狙ってたのか、こいつ。
不快感を堪え、エレーナがアンリの手を握った。
「そんな辛い目に合わせたくねぇから、俺たちはお前を思って身を引くよ…」
「だ、ダレン君!!」
ダレン(注 エレーナ)の手を握り返すアンリに、切ない目を向ける。
「幸せになってほしいから、君を!思って!身を引くよ!!」
変なところにスタッカートを利かせ、しっかりとアンリを見つめた。
おかしな自分の様子を見せられて、ダレンは虫の息だ。
「二人ともそんなにあたしのことを…!分ったわ、あたしマークス君と付き合うわ!」
「良く決断してくれた、アンリ!」
言質を取った!
今を逃すまいと、ダレンが背後を振り返った。
いつの間にか現れた令嬢たちがアンリをぐるりと取り囲む。
「え?なに?何なの!?」
「羨ましいわ、アンリさん!」
「マークス様があなたに告白したいと待っているわ!」
羨ましい、羨ましいと言われながら、あれよあれよとアンリは連れ去られていった。
「……なんだ、あれ」
「私が手配したエキストラの皆さんです」
涼しい顔でエレーナが答えた。
「…さて」
小さく息を吸い、そのまま鋭い視線で二人を射貫く。
「…小娘一人になんて情けないの!」
「ダレンの見た目のまま、その口調で説教はやめてくれ…」
「俺はもっといたたまれねぇよ…」
エレーナは鼻で笑った。
ダレンがどんな仕草をしたらムカつく顔になるのかはエレーナが…以下略。
「腹立つな…」
「お黙り!貴重な『聖魔法』の使い手を保護するはずが何ですかあれは!」
きっぱりと言い切られてダレンが押し黙る。
「可愛い見た目で、女子と仲良くできないんですぅ―などと言う女は要注意人物に決まっているでしょう!」
「知らねぇよ、そんな『女子あるある』…」
「不甲斐ないことを…」
ダレンの顔をしたエレーナはため息をついた。だかすぐに満面の笑みを浮かべる。
「まぁ、それはそうと…『聖魔法』の使い手を、侯爵家の寄り子の家門に取り込み保護できる見込み、これは大成功ですわ!」
勝利宣言だった。
「何でも聞いてくれる約束、忘れないでくださいね」
謎の薬の出どころや、マークス・レイマンの真意など、問い詰めたいことは山ほどあった。
だが完全に尻拭いをさせてしまった手前、レイニードとダレンは黙って頷くより他になかったのだった。
おまけ
「約束は守ってもらいますわ!」
後日、無事にお互いの体に戻った二人はガゼボで向き合っていた。
エレーナから大量の糸を押し付けられたダレンが顔をしかめる。
「何だよ、これ…」
「淑女科の課題の刺繡ですわ!すっごく面倒だからやりたくないの!」
渋々と受け取り針を刺すダレンに勝利の笑みを浮かべたエレーナだったが、そのダレンの刺した刺繍が最優秀賞を受賞して、大変にプライドを傷つけられたのは別の話だ。




