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C1-9 壁鬼


 某宗教の聖母像が涙を流す、という現象は現実でも割と認知されてるらしいですね。

 その中でも一番有名(?)な物は日本に存在し、国内より海外での知名度が高いとかなんとか。



 ……とある少女漫画を参考にしたネタだったんですが、軽く調べたら後の教皇(当時枢機卿)の御墨付きとか出てきてビビりました。マジでか。


《……えして……かえ……て―――》

「う、うる……せえ……」



《返して……返してよ―――》

「く、くそ……来るんじゃねえ……よ……」



《私の……指輪を……私の……を……返して―――》

「ゆ、指輪はっ、もう持ってっただろうがっ!? 他に返すものなんて―――」





《……私の髪を返せええええええええええええええええええええ―――!》

「がああああああああああああああぁぁぁ―――っっ!!?」









「―――ぐっ、か、は……」


 開いた視界にうつる、灰色の天井。

 遅れて後頭部に感じる鈍い痛み。


「…………()()、か。くそっ」


 詰まった息を悪態にして吐き捨て、冷たい床の上で身体を捻る。

 ずり落ちた寝台に手をつき、打ち付けた頭を摩りながら、ゆっくりと身体を起こす。


「……っ!? ああ、クソがっ!」


 己が全身を汗に濡らしていることに気付き、再び荒々しく気炎を吐く。

 向かう方向を見失った怒りが、地下室の中に空しく響いた。



 ───「民衆の前で懺悔させる」と告げられ、地下室に閉じ込められてから一週間。

 次期領主たる自分が、この薄汚れた地下室に閉じ込められてから一週間だ。


 最初の一日に暴れるだけ暴れ、叫ぶだけ叫んだ。

 次期領主にあるまじき扱いに、憤怒をまき散らしていられたのは、この日が最初で最後。


 暴れ疲れて眠気を感じ始めたその時から、この()()は始まった。



 目を閉じた途端に、耳朶を叩く女の声。

 眠ろうとすればするほど、声は大きく、次第にハッキリと聞こえてくる。

 誰の声だと首を傾げたが、頻りに「指輪を返せ」と訴える相手には心当たりがあった。


 街中で見かけ、戯れに手を出した女。

 身に着けていた美しい細工の指輪を、平民には分不相応だと没収してやったら、「返せ返せ」と狂乱しだした女。

 面倒に思って騒ぐたびに殴っていたら、いつの間にか動かなくなっていたが―――


 死んでも鬱陶しい奴だ、と思った。

 そんな恨めしいなら化けて出てきてみやがれ、と吐き捨てた。

 耳に届く声を無視して、襲ってくる睡魔に身を任せた。



 ―――その日から、青白い肌の女が夢に現れるようになった。

 ボソボソと「返せ返せ」と呟き続け、その声がだんだん大きくなるという、酷く鬱陶しい夢だ。


 次の日、料理を運んできた使用人から、親父も似たような夢を見たと聞いた。

 親父の夢にまで出てくるとは、陰気な割には変な根性のある女だ。

 悪夢に気をやられたのか、親父は急に頭頂部の希薄化が進行したらしい。ざまあみろ。


 親父は教会の墓地―――指輪女の墓に手を合わせて祈ると悪夢が止まったらしい。

 お前も墓前で謝罪するか、と聞かれ、ふざけんなと返した。

 何で平民に頭を下げなきゃならねえ―――その時の俺はそう思っていた。

 夢の中でボソボソ呟くだけの女なんぞ、そのうち諦めるだろうと思っていたからだ。



 ―――その日から、女は夢の中で俺に掴みかかるようになった。

 夢の中では振り払うことも出来ず、冷たい腕が首元を掴んだかと思えば、迫りくる血走った瞳に視界を埋められ、頭の後ろを捩じられるような感覚で目を覚ます。


 夢見が悪い、ではとても表現しきれない悪夢。

 うなされて床に落ちたことに気付いて、情けなさに深く息を吐きだして、目を瞑った瞬間―――微かに耳の奥に響いた女の声。



 眠気を感じることに恐怖を覚えるまで、時間はかからなかった。





「―――また、大きくなって……い、いや、気のせいだ……っ!」


 夢の変化と同時に、地下室の中にも変化が一つあった。

 寝台の傍の壁に、黒っぽい染みが付いて―――いや、元からあったんだ、そのはずだ。



 その染みが、人の顔に見える……気がするようになった。

 その染みが、眠るたびに大きくなっている……気がする。

 その染みが、目を離した隙に動いて―――気のせいに決まっている、決まっているんだ。



 怒った人間の顔……に見えてしまう。

 ……馬鹿な。せいぜい、目と口のように見えているだけだ。

 見ようによっては、口角を下げて笑っている顔に見えないことも―――





 ―――(か え せ)





 く、ち。


 口が、うごい、て―――



        ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 新能力【夢枕の囁き】(暫定名)。

 効能―――眠っている相手に声を届ける。


 能力の発覚については、これまた偶々だった。

 閉じ込められた地下室で呑気にイビキをかきだした領主息子くんを、さてどうやってビビらせてやろうかとブツブツ独り言を呟いていたら、息子くんが突然寝言で「うるせえ」と怒鳴ったのだ。


 まさかと思って起きているときに色々叫んでみたけど、これに対しては反応ゼロ。

 ところが横になり目を閉じて暫くすると、何か聞こえるとばかりに耳を押さえるとくる。


 その後、領主親子を相手に検証を重ね、眠りが深くなるほどよく聞こえるっぽい、というところまでは突き止めました。

 まあ、あくまで夢の中に語り掛ける形なんで、細かな意思疎通には使えそうにないんだけど。

 盛大にうなされてる寝言とやり取り(笑)するのが精々だったね。



 ある程度『霊力源』を得るごとに新能力が生えるんかな、私。今回特にどっと来たからなー。

 ……元からあった可能性? 今更検証のしようも無いんだから考えるだけ無駄なのだよ。



 とはいえ私がやったことはと言えば、ただただ枕元で「返せー、返せー」と連呼しただけだ。

 悪夢を見たのは領主親子の勝手。まあ、それで悪夢をみたのであれば、後ろめたい気持ちが全く無いわけでもなかったってことなんだろう。

 夢の内容を作り出すのも、結局はその人自身の記憶からでしかありえないわけだし。


 領主さんに至っては意外と罪悪感が大きかったのか……はたまた頭の上の()()()()()()()()()が余程ショックだったのか、ある朝突然教会にすっ飛んでいった。

 墓地の前に禿げ頭をこすりつける姿が多くの人間に目撃されたとのことで、まあこの分ならもう良いか、と一旦ターゲットから外すことに。


 ところが息子くんの方はしぶとい。性根も毛根も。

 引っこ抜こうとしたら寝返り打って床に転落して起きやがる。寝相悪いんだよこいつ。

 もう一押し何かないかと考えて思いついたのが、未だ使いどころのなかったあの能力。



 命名【霊痕作成】(これまた暫定)。

 染み……かな? という感じの黒っぽい痕を壁に残す能力だ。

 ずっと一つの部屋に閉じ込められてる環境で、寝て起きるたびに目に入る染みがほんの少しずつ変化してたらなかなか怖くね? なんて発想が降りてきまして。


 少しずつ、すこーしずつ大きくなる染み。

 気のせいだと思いつつも、ふとすると目を向けている自分に気付く。

 そのうち周りの染みやひびまで巻き込んで、大きな一つの顔に見えてきて―――というのが私の狙いであり、実際それなりに効果が出てきていたんだが……





 ―――(ニ ヤ リ)





 …………どうしてこうなった。


 マジでどうしてこうなった。

 顔のように見える、までが私の想定範囲だよ。本当に顔になれとは言ってねーよ。

 やめろ、笑うんじゃねえ。こっち見んな。怖えーよ。



「か……っ、あ……」



 ……そして正面からにらめっこになり、泡を吹いて倒れた息子くんがこちらになります。

 叫び声聞いて飛び込んできた使用人さんも、壁の顔(暫定)と目が合って硬直中。

 続けて入ってきた領主さんもにらめっこ……あ、壁の顔の負けやね、笑っちゃったし。



        ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ―――次期領主という立場を笠に着て、街を歩いては問題を起こしていた領主の嫡男カトル君。いつかきっとバチが当たるとみんなに言われ続けた精神ガキ大将な青年が―――


 なんということでしょう。


 部屋の隅で毛布を被りガクガクと震えているではありませんか。

 身目麗しいものを見つけては人も物も構わず奪い取ろうとしたその瞳は、瞼を閉じるのが怖い、と言ってかっ開き続け、カラカラに渇き血走っています。


 これでもう、理不尽に大切なものを奪われる人間は生まれないことでしょう。



 そんな息子くんを長年放置、黙認していたお父さんのことも、女神様(たくみ)は忘れません。

 今ではすっかり敬虔な信徒に早変わり。

 毎朝教会に通っては、鬼気迫る表情で女神像に祈りを捧げています。

 そんな姿に合うようにと、つるつるに禿げ上がった頭からは女神様のこだわりが見れますね。



 いやー…………どうしようかね、これ。


「お怒りを鎮めください女神さまー」って祈ってるんだけど、女神様も困惑してるよねきっと。



 想定外な進化を遂げているとはいえ、【霊痕作成】で作った染みには変わりないんで、消そうと思えば消せるんだけど。消すタイミングがなー。

 しかもこの『壁鬼』(命名領主さん)、私が消そうとすると悲しげな顔しやがるんだよ。

 壁ごと撤去しようとしたら凄まじい憤怒の顔になる癖にね。呼びこんだ業者と一緒に腰抜かして撤去できなかったよ領主さん。



 ……というか、この状況を想定とは違うとはいえ、止めてあげる理由もあんまりない。

 どんだけ怖い思いをしようが、命を奪われることには釣り合わないわけで。


 しかもこの領主親子の被害者って、明らかに一人や二人じゃなかったからね。

 改めて街中を盗み聞きして回ると、過去の被害者情報が老若男女選り取り見取りよ。

 証拠なんかは何も残ってないから、衛兵が動く事態にはならないけどさ。


 正直、枯れ果てるまで怖がってろ、って気持ちも多分にある。

 仕掛けた時点ではそこまで知らんかったからボチボチの所で勘弁してやろうかと思ってたけど、そんだけの事をこの二人はしてる。

 健康を害そうが何だろうが知らん。好きなだけ震えてろ。





 ―――そんな感じで霊力源をグングン回収しつつ見守ること、はや十数日。

 使用人さんがこんな事を言い出しました。


「フォルナー様。『お祓い』の依頼を受領した冒険者が現れました」



 …………ほほう?



 喜劇的ビフォーアフター。なお匠も想定外の模様。

 これにはロザリーさんも草葉の陰で大ば苦笑(誤字にあらず)。



Q. 本当に眠っている相手に声が聞こえるだけなの?

A. 雨巫さんには夢の内容までは分かりません。つまりそういうことです。


Q. 髪を返せ?

A. 恨み言の内容を決めてなかったので適当こいた。他人の恨みを褌にするからそうなるんよ。



 次回、幽霊(?)VS お祓い屋(?)

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