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C1-5 生きた記憶


 連続更新5話目。本日の更新はここまで。


 テンプレノルマ:ゴブリンの群れ&幼女と遭遇する。達成ヨシ!


 ―――盛り土の上に木の棒を立てた、簡素な墓標の並ぶ墓地。

 俄かに村を包んだ喧噪から離れ、そこに佇むは一つの人影。


 未だ真新しい墓標に掛けられた、赤い花を模した髪飾り。

 微かな風に揺れるそれを前に、静かに瞑目する少年。



 そんな彼に()()()()()()()()()と、そこから伸びる()()()()





 …………アカンやつや。


 アレ絶対アカンやつやって。

 形になってるの肘から先だけやもん。後はなんか靄が少年包んでるもん。

 そんで顔のあるべき部分が口っぽく収縮して、《アアァァ……》とか聞こえてくるんよ。



 いや、ほんと、マジでどうしよう。

 同類に会えるかもと思ってついてきて多分同類に会えてるんだけど、アレを同類とみてしまって良いのか非常に悩ましいんですが。


 ……さっきまでの空気は何処に行ったんよー。

 ここは少年少女の初々しいやり取りが行なわれる展開じゃないのかよー。



 そして少年は全く気付いてないね、この状況に。まあ見えないんだろうから仕方ない。

 ……あ、いや、「ミナが近くにいる気がする」とか呟いてるわ。

 うん、めっちゃ近くだよ。ゼロ距離だよ。むしろ密着超えて二人の距離はマイナスだよ。


 ……いや、でも実際少年平気そうなんよな。

 傍目には悪霊に憑かれてるようにしか見えんけど、悪影響を受けてる様子は全くない。

 彼が村に居る時は彼女の姿は無かったわけだし、とり憑かれてるってわけではないのか?



 ―――あっ、少年が去っていく。

 「また来るからな、ミナ」じゃなくて……えっ、平気なん?


 ……あ、そしてミナちゃん(仮)も追いかけないね。

 名残惜しそうに腕伸ばして……靄伸ばしてー、なんか全体的に紐っぽくなってー、残った口が《オアァ……》って鳴くだけやねー。ふふふ……怖いです。



 ……話しかけるべきかなー。どうかなー。

 私から彼女が見えてるなら、彼女からも私が見えてる公算は高いと思うけどなー。

 幽霊同士で争いになる可能性とか……うーむ。



 …………よし、行こう。ここで行かねば何も始まらん。

 見た目はともかく、あれは悪霊化してるわけではないだろう。

 それに自分以外の幽霊には遅かれ早かれ会う事になるに違いない。そのときにどう対応すべきか指針を決めるにあたって、この機会は避けては通れない。

 女は度胸! 男も度胸! 坊主のお経は勘弁な!



《あー……こんにちは?》

《……アァ?》


 よし、まずは反応を返してくれました。やっぱり互いに認識出来ている模様。

 そしてミナちゃん、それはただの応答だよね? メンチ切られたわけではないよね?

 それにしても『こんにちは』て……もう少し気の利いた一言が浮かばんもんかね、私よ。


《えーと……ミナちゃん、で良いんだよね?》

《ァ……オァ、アァ……!》


 ……うん、多分肯定やな、これは!

 頭があるべきあたりが頷くような動きを見せてるし!


 人違いじゃなくて安心です。何せ腕以外はマジで形が無いんだもん。

 まあ全身あったところで、生前のミナちゃんを知らない以上、同じことだったけどさ。



 ……いやしかし、ここからどうする。やっぱり喋れないっぽいぞ、この子。

 生きた人間の耳には入らない上に、同輩にすら意味のある言葉と聞き取れない呻きとは。

 この世界の幽霊事情について何かしら聞きたかったんだけど、これではなー。


 筆談でも試す? 筆記具なんて用意してないし、あったとして彼女に持てるかどうか。

 物動かすのって凄い疲れるからね。まして字を書くとか私だってまだ二、三文字が限度だ。

 彼女が私より遥かに高い霊力を持ってるのなら別だけど、この見るからに満身創痍な姿からして期待は薄いと言わざるを得ない。


 あとはボディランゲージ……腕だけで?

 靄部分で文字になるとか……いやいや、そんな器用な動きができるとは思えんな。

 こうして見てても薄くなって濃くなってぐにゃぐにゃ崩れてと、全然制御出来てるようには……というか初めに見た時よりだいぶ大きくなってない?



 ……ん? ちょい待って、ウェイト(wait)ウェイト(wait)。大きくなったんじゃない、近寄ってきてんだわ、この子。人が考え事してる間にそっとにじり寄って来てたんですね。まあ足音なんてするわけないですよね当然―――って、いやちょっとくっついてこないでって、いや《オアァー》じゃなくて、お姉さんそういう趣味は無いからぁっ!?




 …………。



 ……あー。



 ……うん。そっか。





 取り敢えず整理しよう。何が起きたか。

 まず私の中にあった記憶の棚……『私』の記憶が並べられていたそこに、小さな棚が増えた。


 ヤーネ嬢の場合は生まれてから殺されるまでの十二年の記憶を収めた大棚なんだけど、こっちは本当に小さな棚だ。

 ゴブリンに襲われてから死ぬまでと、同郷の少年と過ごした日々の断片的な記憶。

 そしてそこから死後になって、墓参りに来てくれる少年を見つめる日々と……最後の最後に私を目にしたごくごく僅かな記憶。


 ……彼女から見た私、テンパってんなー。

 こんな目泳いでた? マジかーって、それはまあ置いとくとしてだ。



 彼女が私に触れた瞬間、私から『何か』が溢れだし、彼女の『欠け』を埋めていった。

 ……もうね、本当にスカスカだったよ。まるで虫食いされた木の実の如く。

 人間の魂の構造なんか私が知るわけないけど、何か大切な部分がごっそりと抜け落ちてるらしいというのが感覚として何となく分かった。


 『欠け』が全て満たされたのと、記憶の棚が追加されたのは同時。

 そして棚の前に、()()()姿()で立った彼女は、私の視線に気付くとぺこりと頭を下げた。


 そして背後の棚の、私を見た瞬間に抱いた感情の部分を見るように頼んできた。

 突然襲い掛かるみたいにして寄ってきた理由と、()()の気持ちがそこにあるからと。

 ……それだけ告げると、彼女は蝋燭の火の如く消えてしまった。



 彼女の記憶から分かったのは、『私』のそれに対して彼女の記憶がやけに少なかった理由。

 どうやらゴブリンに殺され幽霊になってからというもの、時間と共に彼女の記憶は徐々に薄れ、消えていったらしいのだ。

 その日その日の出来事だとか、何気ない日常の記憶からどんどん消えていき、強く意識していた記憶だけが残っていったという。


 彼女にとっての不幸は、殺されるその時に非常に強い恐怖を感じてしまったことなのだろう。

 何も分からないうちに死んでいれば、あんな悪霊一歩手前みたいにならずに済んだはずだ。


 彼女を彼女たらしめる大切な記憶がどんどん失われていく中で、忌避すべき最期の記憶は強固にその魂に喰いこみ、苛み続ける。

 肉体的な死とは異なる、精神的死という悍ましさに、彼女は狂うことも、さりとて消えることを望むこともできず、ただ延々とヤスリ掛けされるような焦燥感の中でそこに存在し続けた。


 そうして滑落していく記憶の中で、恐怖に並ぶ強さがあったのが、少年への想いだったのだ。

 日に日にその二つ以外の記憶を失っていく中、恐怖のみで構築された魂になるのが恐ろしくて、もう片方に必死にしがみついていたのだという。


 少年が毎日のように墓参りに訪れてくれたのも幸いし、その新たな記憶と執着を基にギリギリのところで存在を繋ぐ。……とはいえそれも、もう限界が近かったようだ。

 魂が『崩れ』、人の姿を失いはじめた頃から、次第に自我も薄れてきていたらしい。


 そんな中、私に話しかけられたのが本当に嬉しかったのだという。

 私に『覚えて』もらうことで、自分という魂が完全に消えてしまうことを防げると……私を見た瞬間、直感的にそう思ったらしい。



 ……何故、私にそんなことが出来ると思ったのかまでは、彼女の記憶からは分からなかった。

 私の中に私以外の記憶があることが、幽霊の身に何かしら感じ取れたのだろうか?


 僅かに残っていた記憶を余さず私の魂に託し、彼女は彼女であるまま旅立っていった。

 最後に微かに聞こえた「ありがとう」という声は、私の気のせいなどでは決してあるまい。



 ───そんなわけで、私の中に八歳の少女が抱いた恐怖体験と初々しい恋の記憶が残された。

 前者はもちろんだけど、後者もあくまで記録として『観る』に留めるとしよう。その気になれば彼女の感情まで追体験することもできるが、これは私が手を出して良いものじゃない。





 いやー…………しかし、どうすっかね。

 幽霊に会ったらこんなことになるとは思わんかったよ。


 死んでから時間が経つと記憶無くなってくの? とか。

 幽霊同士なら記憶のシェアできんの? とか、色々気になることは一杯あるけど、差し当たって私がやるべき事としては―――



        ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ―――その日、群れの頭目であった彼は飛び起きるようにして頭を上げた。

 何故か非常に不吉な夢をみたような気がして、冷や汗が止まらなかったのだ。


 見渡すと、寝ぐらにしていた洞窟の岩壁が視界を埋める。

 急激に大きくなった彼の群れは一時食糧に事欠くことはあったが、首尾よく()()が見つかったがゆえに概ね順調に規模を拡大、徐々に力を蓄えつつあった。


 だが群れが大きくなればその分、別の群れや天敵の目に留まる可能性も高まる。

 夢見が悪かったのはその予兆かもしれないと思った彼は、喉からガラガラとした声を張り上げ、手下を呼びつける。


 ―――何事もないか?

 そのような意味の声を掛けんとし……駆けつけた手下の奇妙な表情に彼の思考は中断された。



(…………?)



 その視線は常のような、上位者に対する畏怖からくるものではなく、どこか気の抜けた……否、気を抜けさせるような物を眺めているような、そんな代物。


 一体何をそんな目で―――と、視線の向く先を今一度確認する。

 向けられているのは自分の顔……いや、あるいはもっと上にある何か―――



 ぞくり、と。

 彼は背筋に這うような悪寒を覚えた。



 ―――まさか、いやそんな、そんなはずはない。

 あれは単なる夢。そう、質の悪い夢だ。そうに決まっている……


 そんな思いを宿して、彼の手はおそるおそる()()()()()()()伸ばされる。

 何故か、どうしてなのか、奇妙に頼りなく感じる―――自身の頭部へと。



 かさり、ぱさぱさ……


 非常に軽いモノがはらはらと体に当たる感触。

 眼前に戻した手には無数の毛―――根こそぎ収穫された、頭髪。





 ―――プヒッ。





 彼の耳が、やや毛色の違う音を拾い上げた。

 光の消えた彼の瞳に映ったのは、手下のゴブリンの―――忍び笑い。



(―――ッ!!!)



 瞬間、彼の瞳は、その全身は、くぐもった水音と共に紅に染め上げられた。





「―――何だ? 仲間割れか?」


 ゴブリンの群れの拠点を突き止め、さて本腰を入れるかと機会を窺っていた冒険者達。

 その訝しげな視線の先には、丁度洞窟から飛び出したゴブリン上位種―――『ホブゴブリン』の姿があった。


 小さくとも群れを形成するとなれば、上位種の存在はほぼ確定していた為、それに対する驚きは特にない。

 奇妙なのは、群れの首領であろうホブゴブリンが何故か()()()()()()()()()()()()()しており、今もその返り血に身を染め上げている最中であるということ。


 そしてもう一つは―――



「……何だありゃ」

「さあ……?」



 ―――その頭がつるつる……もとい、光を反射せんばかりに()()()()()ことだった。

 いかな経験豊富な彼らにしても、脱毛症のゴブリンなど寡聞にして存じ上げなかったのである。



「……なんか、見るからに怒り狂ってるんだが……」

「それはそれとして、そこはかとない悲哀を感じるような……」


 血涙を流し暴れまわるホブゴブリンと、訳も分からず涙目で逃げ惑うゴブリン達。

 思わず目を合わせる冒険者達だが、彼らとしては特にやる事が変わるわけでもない。


「……良く分からんが楽できそうだな」


 言葉少なに頷き合い、彼らは仕事を始める。

 はたして皆殺しにした手下の屍を絨毯に天に向かって慟哭していたホブゴブリンは、彼らの手によって実にあっさりと討伐されたのだった。



 男は度胸、女は愛嬌、坊主はお経(ト〇ビア並感)。

 漬物はらっきょう、等と更に続くこともあるとかないとか。


 祝(?)、初犠牲者。

 幼女殺しハゲるべし慈悲は無い。

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