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C2-1 つかみどころがない彼女


 新章開幕。少々作中時間飛んでます。


 一話に詰めると長過ぎるからと二話に分けたらちょい短くなった感。


(―――チュウ、チュウ)


「……あちらにある廃屋、人数は三人です」



(―――チュッ、チュウ)


「一人は扉の右側、残りの二人は部屋中央、未だ寝息を立てて就寝中とのことです」



(―――チュウ、チュウ)《タコ、カイ、ナー》


「んくっふ……っ!? ひ、人質になり得る人物等は無し、以上ですっ」

「よし、突撃だっ」



 偵察内容を聞いた前衛役の冒険者達が向かうは、奥まった路地裏に建つ一軒の廃屋。

 古びた扉を一息に蹴り破れば、そこには警戒という言葉を夢枕に投げていた三人の男の姿。



「……はっ!? な、何だお前ら!?」

「んぁ? ……ゲッ!? 冒険者!?」

「う、嘘だろ? 何でここが―――ぎゃああ!?」



 これまで通り、誰に追われることも無かったという自負の中、事を起こしたその日の晩を高枕で過ごしていた男達。

 まさかまさかの隠れ家強襲に浮足立った彼らは、用意されていた後詰めの後衛職の出番も無く、あっさりと無力化されるのであった。





 街中にて強盗、誘拐等を繰り返してきた三人組の盗賊の発見および討伐依頼。

 彼らは人通りの多い大通りにて騒ぎを起こしては、混乱に陥る人混みに紛れて犯行に及ぶという手口により、追跡捕縛はおろか犯人の特定すら困難にさせてきた難物達であった。


 現場を押さえる以外に犯人の特定は難しく、しかしその場で取り押さえんとすれば周囲の住民に危害を加えられる恐れもある。

 そもそもどれだけの人数を動員しようと、人の壁を活用し逃げ回る彼らを追うことは難しい。

 そうして長らく多くの人間に頭を抱えさせていた依頼は、されど今───



「……あの子のお陰で本当に楽できたわねー」

「ああ……まさかこいつらも()()()()()でねぐらを特定されるとは思わなかっただろうよ」

「分かっちゃいたけど便利だよなあ……あの様子じゃ街中に限ったモンでもないだろうし……」


 銘々強かに打ち据えられ、意識を刈り取られるに至ったは幸か不幸か。

 散々に行政の手を焼かせた彼らを片手間に縛り上げながら、冒険者達の雑談は続く。


「採取依頼なんかもあっという間に対象を見付けられるらしいぜ? 受付嬢に聞いた話だけどよ」

「あたしが聞いたのは逃げた飼い猫の捕獲依頼だったねえ。猫の方からあの子の手元に走って来たのを見たってさ」

「……ま、話はその辺にしてさっさと引き上げようぜ。当の彼女を待たせちゃいけねえし───」


 難題を片付けた()()()()()()()()()()()()()について、彼らは口々に語り合う。

 気絶させた男達を縛り上げ、引きずりながら廃屋を出た彼らは後詰めの位置に待っていた一番の功労者へと視線を向け───どこか微笑ましくも奇妙な光景を目の当たりにした。





 ―――開いた手の上に座るネズミに向かって、苦笑交じりに怒りを滲ませる少女。


 小声で何事か訴える少女に対し、「やれやれだぜ」とばかりに前脚を広げ、肩を竦めるネズミ。


 その仕草に怒りを煽られたか、掴む形に変えた手でギリギリとネズミを絞り始める少女。


 「ぬおぉ……」とでも言っていそうな苦悶の表情(?)で、その手をぺちぺちと叩くネズミ。





「「「…………何だコレ」」」


「え…………! あ、いえっ、これは……何でもないですよっ?」



 注がれる視線に気付いた少女が、握り締めていたネズミをぞんざいに放り捨てる。

 「ぬわーっ」とでも聞こえてきそうな顔で飛んでいくネズミを、彼らは視界の隅で見送った。



「…………なんでも、なにも、問題はないです。……ないですから」

「…………そっか」



 微妙に泳いだ瞳で取り繕う少女に、それぞれ目を合わせた彼らは口をつぐみ。

 ややあって、ギルドに向け動き出した彼らを包むは、早朝ゆえの静寂であった。


 他人の『スキル』について深く追及しないというのもまた、冒険者の不文律であるからして。





 捕縛した盗賊達を連れ、ギルドに帰還。所要の手続きの後で報酬を受け取る。

 受け取った報酬を依頼受領前の取り決め通りに分配すれば、臨時パーティは解散だ。


「…………なあ、毎度言ってる気はするけど、正式に俺達のパーティに入ってくれたりは───」

「すみません。そういうお誘いはお断りします」


 そして行われる少女への勧誘と、それを丁寧に固辞する少女の手慣れた返答。

 誘った冒険者達の表情は惜しさに染まっているが、無理強いをしないのもまた最低限のマナー。こうもハッキリと断られてしまえばそれまでである。



 同じ想いを抱き同じように袖にされてきた者達に彼らが冷やかされる声を背中に、少女は楚々とその場を後にするのだった。



        ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「―――不意打ちはやめてくださいって言いましたよね?」

《いやー、まさかあのネタが通じるとは思わなくってさ》



 毎度の如く似たような言い訳をして、全く悪びれてはくれず。

 いつでも追及を飄々と躱す彼女に、空回りさせられた気炎は今日も溜息に変わる。



「そのネタというのを事前に仕込んだのは誰だと思ってるんですかっ」

《そら私しかおらんやろ》


「……やっぱり分かってやってるじゃないですかぁ!」



 旅の途中で出会った『相棒』、幽霊のレイン。

 本人は幽霊だと言うけれど、わたしが知る幽霊の定義からはあまりにも大きく外れていて。

 それでも何に近いかと問われれば、一番近いのは幽霊、と答えざるを得ない、そんな彼女。


 死にきれないと感じる程の悲痛な未練を残し、魂を擦り減らしながら現世に留まる存在。

 そんな幽霊の一人とうそぶきながら彼女は今日もニコニコと、わたしの傍らを漂っている。



《それにしてもユズちゃんも結構有名になってきたみたいじゃない? そろそろ二つ名が付くかもとか言われてたし》

「う……でも、ほとんどわたしじゃなくてレインの力ですし……」


《何言ってんの。私とやり取り出来るっていうユズちゃんの力じゃない》


 実利の面を強く推されて始まった二人旅は、確かに思った以上にわたしに利が多かった。

 けれどあのとき彼女に提示された以上のものを、わたしは既に山程貰っている。



 まともな会話など殆どできないのが、普通。

 まともな人の形など残っていないのが、普通。

 また残っていても、青白く血走った理性の薄い瞳―――それが幽霊という存在の、普通なのに。



「……二つ名が付くにしても、間違いなくわたしだけを評価したものじゃないですか。パーティ名なら良かったんですけど……わたしはこれまで単独(ソロ)冒険者で続けてきたことになってますし」

《そりゃ、幽霊が冒険者になれる規約なんて、あるわけないんだからしょうがない》


 なのに彼女は『わたしにしか見えない』ことを除けば、生きた人間と何も変わらない。

 普通に話して、普通に笑って、幽霊であることを持ちネタにして笑い飛ばしすらする。


《もー、真面目だなあ、ユズちゃんは。あんまり細かい事ばっか考えてると……ハゲるよ?》

「やめてください。レインが言うと冗談にならないです。この毛毟り幽霊っ」


《失敬な。ちょっと盗賊の隠れ家見つけてから夜が明けるまで暇だっただけだって》

「……急に頭頂部がツルツルになってた事に気付いた人の顔なんて初めて見ましたよ、わたし」


《殺人強盗強姦……これまで好き勝手生きてきた盗賊に慈悲など要らぬと思うのだよ》

「それはまあ……そうですけどっ」



 ―――霊が見える自分。


 人と人との付き合いの中で、必死に隠し、押し込めていた本当の自分。

 それを気兼ねなく曝け出して、笑い合える相手がいる。……それがこんなにも幸せなことだったなんて、今まで想像したことすらなかった。


 今までずっと、本音の言葉は隠して生きてきたから。

 不審に思われないように、排斥されないように、本音とは違う言葉を直ぐに用意して、そちらを口にする事に慣れ切っていたから。



 ある時、《私が居るのが嫌になったらいつでもそう言ってね。祓われたりしなくたって、勝手にどこにでも行くからさ》と、言われて。

 口がいつもの癖で「分かりました」と答えた一方、心の中では「絶対やだ! 行かないで!」と悲鳴があがっていた。


 そのあまりと言えばあまりな乖離に、思わず息が詰まって、一拍。

 お腹の底からこみ上げた笑いに蹲ったわたしに、レインは目を白黒させていた。



 レインに対してなら、もう本音を隠す必要が無いのは分かってる。

 ……流石にこの時の『本音』は、まだ口に出来てはいないのだけれど。



「大体、どうしてそれでやることが髪の毛を一本ずつ引っこ抜いていく、なんですか」

《初めは馬力も持続力も全然だったからねー。それぐらいしか嫌がらせを思いつかなくて》


「……いや、なんで何より先に嫌がらせの内容を考えてるんですか」

《まあ、そりゃ……なんとなく?》


 生前の自身が何者だったのかについて、レインは未だ何も教えてはくれない。

 ……初めて会ったあの日、明らかに「たった今考えた」とばかりの偽名を名乗っておいて頑なにそこだけ隠そうとするのはどうしてなのだろうか。



《―――ん? あれって……》

「店先で子供に風船を配ってますね。客引きの一種でしょうか」


《わー、こっちにもああいうのあるんだ。ゴム……っぽい何か製か。ねえ、あれって中身は?》

「え? ええと……風魔法の応用で特殊な風を詰めると聞いたことがありますね」


《ほほう、空気中から水素かヘリウムでも抽出してるんかね?》

「へりう……? さ、さあわたしには……」



 レインとの付き合いの中で次第に分かってきたのは、彼女の知識に妙な偏りがあること。

 物知らずというわけではないのだけど、実体験が伴っていないというか……書物か何かから得た知識を逐一確かめているような印象がある。


 おまけにどこか身分の高い生まれのような、それでいて価値観は変に庶民寄りな所もあって。

 ……きっと相当複雑な生い立ちなのだろうと、そう思えた。



 だとすれば、出自を教えてくれない理由も幾らかは思いつく。

 例えば、生前の彼女の名前を知ってしまうだけでも、その人間に危険が及ぶという場合。

 そう考えればその死に様が壮絶な未練を残すような……強力過ぎる霊としてこの世に遺るようなものだったことまで、容易に想像出来てしまう。



 ―――今はニコニコと、幽霊としての生(?)を楽しんでいるように見えるレイン。

 そんな彼女はいったいどんな人生を歩んで、どんな恨みを持って死んだのだろう。



 ……今はまだ、わたしに危険を振り払えるほどの力が無いけれど。

 わたしが師匠に会えるぐらいに……レインに認められるぐらいに強くなれたなら。



《……ん、どうかした?》

「……いえ、なんでもありません」



 いつかその未練を、わたしが晴らしてあげたい。

 晴らせるよう、力になれるようになりたい。



 それが今のわたしに出来た、新しい目標だ。



 ユズちゃん「咄嗟に偽名を名乗るだなんて、何か複雑な事情が───」

 レインさん「世界観に合わん」(キリッ


 当人が全く与り知らない形でパーフェクトコミュニケーションしていた模様。

 勘違い系テンプレ……で良いんだろうか、これ?



 ネズミ等々の活用法関連について詳しい解説は次回。

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