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漆黒の金時計  作者: 春 ゆみ
第二章  学院事件簿編
8/16

2-(3) 血の図書館

以前載せた「ひそかな怒り」を3分割したうちの3/3の話です。

 「人が?」

 クリフは思わず、持っていたフォークを落としそうになった。

 図書館で人が? なんで?

 

 「って、誰が」

 「第一学年の女子らしいよ、頭から血を流して倒れてたらしい」

 「殺されたってことか」

 「多分ね」

 ユキは手を合わせた。『ごちそうさま』の意味なのか『ご愁傷さま』の意味なのか。


 

 食べ終わったあとの食器をまとめると、クリフとユキは席を立った。

 食堂を出てすぐ右に曲がる。

 別に相談したわけではないが、気がついたら図書館の方に向かっていた。正直なところ、気になった。

 

 

 「うわ、すっげー人だかりだな」

 クリフたちの予想通り、目の前には、自分たち同様の野次馬で溢れかえっていた。

 死体はもうそこにはない。あたりまえの話だが。

 図書館ギリギリのところで、見覚えのない大人たちが、生徒の立ち入りを制している。

 税金分の仕事はしているようだ。

 「クリフ君見える? あそこなんだけど」

 ユキは野次馬の頭上から、細くて白い指を伸ばしてある一点を指した。

 クリフたちがいる入口から、少し奥に行ったところの本棚に、少しだけ血痕が付着している。

 足元には黒い布がかけられていて、恐らくその下は大変なことになっているのだろう。

 「・・・・・・ぼくの友達の、妹だったんだ」

 ユキがぽつりと打ち明けた。

 クリフの頭を、ユキと『クリフの知らない誰か』が話している光景がよぎる。

 あの時二人は、深刻そうに、コミュニケーションをとっていた。

 ――――まさか・・・・・・。

 「・・・・・・さっき、おまえと話してたやつのか?」

 ユキが目を丸くして驚いた。黒目の美しい青年だ。

 「よく・・・・・・わかったね。なんで?」

 「なんとなくさ」

 ユキが息を長く吐いて、うつむいた。

 なんとなく、顔色が悪いようにも思える。

 「なにが・・・・・・あったんだろう。

 そんな、恨みを買うような子じゃなかったのに」

 「気になるのか?」

 「そりゃもちろん」

 ユキは悔しそうに顔をゆがめた。

 今にも泣き出してしまいそうだ。

 「・・・・・・でも、僕にできる事なんてなにもないし」

 クリフは意外そうに隣にいる青年を見た。

 ユキ(こいつ)がそんなことを言うとは思わなかった。

 「・・・・・・おまえさ、陰陽師末裔の能力で『過去』見ればいいだろ。

 犯人なんて一発じゃん、ふつーに」

 その発言に、ユキは一瞬驚いた顔をした。が、それはすぐに納得したような表情に変わった。

 右手をあごにあてがって、うつむきながら何度もうなずく。

 「そっか、・・・・・・そうだよね。すっかり忘れてた」

 クリフは苦笑いしてユキの肩をたたいた。

 「ほんとだよ、・・・・・・おまえ何考えればすぐわかるようなことを」

 だが、ユキの口から出た言葉は、意外なものだった。

 「ぼく、こういうケースの過去は視れないんだ」

 ユキは首の後ろを掻きながら、『当たり前すぎて、話し忘れていた』と言ったふうに微笑んで見せた。

 当のクリフにはさっぱりわからない。

 ――――『こういうケース』って一体『どういうケース』?

 「え、だっておまえ、過去が視えて、しかもいじくれるんだろ? 

 こういうときこそ、その『被害者の過去』をさかのぼって犯人をちゃちゃっと・・・・・・」

 「被害者はすでに死んでいる」

 ユキはきっぱりと言い放った。

 クリフの中で、何かがコトリと揺れた。

 「僕、言いましたよね。『時間とは、千羽鶴のようなものだ』と」

 「ああ、『時間とは、一瞬の連なり』。『変えるには、過去の一点を変えてしまえばいい』。

 その後は自然に変わっていく。なぜなら、時間はつながっていて、それにつられて変化していくから」

 「・・・・・・よく覚えてるじゃないですか」

 「だろ?」 

 クリフは得意そうに背筋を伸ばした。

 体格がそこまでがっちりしてないからか、胸を張ってもあまり頼もしく見えないのが悲しい。

 ユキは苦笑いしながら続けた。

 「そこまでわかってくれてるなら、話は早いです。

 確かに僕は、過去に関わることができます。でもそれは、あくまで『現時点からのさかのぼり』に過ぎないんですよ」

 「現時点からの、さかのぼり?」

 「そうです」

 ユキは、血痕が付着している本棚をにらんだ。

 時間がたって、黒く変色し始めている。横になぞったような手形が、べっとり染み込んでいた。

 「つまり、僕が過去に関わる為には、現在『存続』の、『その人の時間』が必要不可欠なんです。

 ですが、この被害者の場合・・・・・・」

 「すでに死んでいて、その時から時間が止まっている、と」

 「その通り」

 なるほど、クリフにも何となく呑み込めてきた。

 「不思議なもんだな」クリフも自分の記憶をたどってみた。

 

 言われてみると確かに、あのプリント大惨事事件の時、クリフの中の『プリントを落とした過去』は無くなっていた。

 というより、いまだに思い出せないでいる。

 それはこの『ユキがいじくった過去』というものが、今現在の自分の時間に大いに関わっている。そういう事なのではないのだろうか。

 

 「たぐり寄せるつなが無いのでは、どうしようもありません」

 「なーるほど」

 クリフはまじまじと、ユキを眺めた。漆黒の髪が、さらりとなびいた。

 「だから、僕に犯人の特定は不可能です」

 自分たちは探偵じゃない。あくまで蚊帳の外の人間だ。

 そんなうまいこと、事件の全貌を解き明かせるような人間じゃない。

 やはり、そううまくはいかないものだ。クリフは歯がゆく感じながら、その場に立ちすくんでいた。

 

 「でも」ユキが、思い出したように、ぽつりと言った。

 「でも?」

 「もしかしたら死体になってからの時間ならあるいは・・・・・・」

 「! いけるか?」

 前言撤回、希望が見えた。

 ――――やっぱり、こいつはすげぇ!

 クリフは興奮しながらユキを見た。だがユキは少し思案して、やがて首を横に振った。

 クリフの顔から表情が消えていく。

 「・・・・・・そうか、だめです。やっぱりできません」

 「なんで!」クリフは猛反論した。「もしかしたらその過去に犯人が映り込んでるかも知れないだろ!?」

 「僕、すでに一人の捜査官の過去をたどって、彼女の死因を知ってるんです。

 死因は失血死です」

 「失血死?」

 撲殺で失血死。

 ――――それが一体、なんの関係があるってんだ?

 「彼女は頭を鈍器で一度だけ殴られています。

 それなのに失血死、つまり、殴られてから死ぬまでに、少し時間があったということです。

 死体になった時には、すでに犯人は逃走しているでしょう」

 「なんで、そう言い切れる」

 「殺す為の計画丸出しでしょう、この事件。

 犯人の足跡もそんなに多くなく、何か探したような形跡もないらしいですし」

 ユキは現場を品定めをするかのように、目を細めた。

 そこまでわかるなら、いっそ陰陽師やめて、探偵になればいい。

 クリフは正直この青年に、恐怖心ともいえない、渦巻いた不気味さを感じた。

 こいつには世界が、どのように映っているのだろうか。

 「そういうことなので、犯人がさっさと捕まってくれることを、祈るばかりですね」

 ユキはそう言うと、くるりと踵を返して足早に部屋に向かっていった。慌てて、クリフもそのあとについていく。

 なかなか追いつけなかった。

 

 ユキ、怒ってるのか・・・・・・?


 クリフはてっきり、ユキは自分たちの部屋に向かっているのだと思っていた。だが、途中から、部屋に戻るためのコースを外れた。実際に向かったのは一階の保健予備室。

 

 被害者の少女が安置されている場所だ。

 

 ――――ユキのやつ、何をするつもりなんだ?


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