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漆黒の金時計  作者: 春 ゆみ
第二章  学院事件簿編
7/16

2-(2) 物事の兆し 2

以前載せた『ひそかな怒り』を3分割したうちの、2番目の話です。

 クリフが食堂に着くと、ざっと見て二・三百人ほどの生徒たちが昼食をとっていた。

 

 和洋中全てを食べる事のできる学院自慢のこの食堂は、一般の人たちにも開放している。

 ユキは確か、窓際の方に座ってるって言っていたっけ。

 メニューを注文しに、クリフはそれ専用の受付に向かった。

 そこでもまた、注文に来た生徒たちがたむろしている。

 

 クリフは、すうっと息を吸った。

 「・・・・・・ヴルスト(ドイツのウィンナー)の焼けるにおいがする」

 

 厨房につながっているその受付口からは、肉が焼ける香ばしい香りがした。

 厨房からは食堂が一目で見渡せるようになっており、今日も女コック長、テルマ=サンディエゴが、生徒達の注文を懇々ときいていた。

 あくびをしながら並んでいると、クリフの前にいた女子生徒の注文が、やっと終わった。

 番号札をもらって、前の生徒が受付口を離れると、クリフの前にぽっちゃりした小麦色の女性が現われた。

 「あらクリフ、今日は一人?」

 受付口を覗きこんで、中の熱気と煙にむせていたクリフは、声のする方を見上げた。

 そでをまくった太い腕が視界に入った。その上の肩には、愛嬌のある、ふっくらしたおばさん顔が乗っかっていて、その大きめな顏の真ん中には、丸っこい赤っ鼻がちんまりついている。

 「彼女と食べるのかい?」

 「ちげーよ、なんか悔しいけど。

 今日はルームメイトと食べる約束なんだ。サンディエゴさん、おれもヴルストとか適当に作って」

 持っていた鉛筆をくるくる回しながら、サンディエゴは腰に手を当てて、ニマッと笑った。

 「なんだい、情けないねぇ。私があんたくらいの時は、彼氏候補の十人や二十人、フッツーにいたもんだけどねぇ」

 「なんだそれ、どうせ家畜の牛とかと勘違いしてんだろ」

 クリフはカウンターに頬づえをつきながら、サンディエゴに言い返して厨房を指さした。

 「ああ、あとレバー・クネーゼル・クッペ(ドイツの肉団子入りスープ。日本で言う、つみれ汁みたいなもの)、追加ね」

 「変な組み合わせにするんじゃないよ、肉ばっかじゃない」

 そう言いながらも、サンディエゴは、注文を薄っぺらい紙に書き込んでいく。

 「・・・・・・そんなのばっか食べてるから、いつまでたってもチビなんじゃないのかい?」

 得意そうな顔でクリフの頭を荒く撫でると、奥の厨房に注文用紙をまわした。厨房にいるコックからも、背が伸びるように野菜つけといてやるよ、と笑う、明るい声が聞こえてきた。

 クリフの完敗だ。

 「ま、そういうことだ。あんたのルームメイトにも宜しく伝えといておくれ」クリフは苦笑いしながら、サンディエゴから番号札を受け取った。

 


 「それにしても、遅かったねクリフ君」

 「いやぁ、ほんとわるかった」

 ユキの方は軽く二十分、待たされたらしい。

 クリフは申し訳なさそうにフォークを手にとると、そのままパクパクと食材を口に放り込んだ。

 本当に、悪いと思っているのだろうか。 

 

 クリフが着いたとき、ユキは約束通り窓際の席で待っていた。

 その時ユキは、友人だろうか―――と、何やら深刻そうに話していた。恐らくアジア人の女の子だろう。

 クリフが声をかけると、そのショートヘアーのは会釈をしてそそくさと去っていってしまった。

 

 「授業長引いたの?」

 「ああ、まあな」

 そう言いながら、クリフは盛りに盛られたサラダをほおばった。

 ――――なかなか、可愛い子だったな。

 あの背が低く、目のくりっとした女の子。実はユキの彼女かもしれない。

 いい意味でユキととてもお似合い、といった感じだった。

 隅に置けない野郎だ。

 当のユキは目の前で、そばをつゆにひたしていた。一挙手一投足が、物静かにも程がある。

 「こっちの史学もちょっと長引いたから、かえって丁度良かったかもね。

 もしかしてそっちもテスト?」

 「あっ、ああ。やっぱり、そっちもか」

 クリフは手に持っているフォークをクルクル回して、ヴルスト(ドイツのウィンナー)に突き刺した。

 ふと、クリフの頭の中で、さっきサンディエゴが言った言葉が響いた。

 ――――やっぱりこいつも、彼女候補がいるのか?

 ヴルストの肉汁が、皿にはねた。

 勢いよく、フォークを刺しすぎたらしい。

 クリフは顔をゆがめた。

 ――――俺ももう少し、上品に過ごしてみた方がいいのかな。

 自分にとっては無理な話だと、クリフはため息交じりに笑った。

 「・・・・・・どうしたのクリフ君。なんかあったの?」

 気がついたら、ユキが心配そうにこっちを見ていた。

 ――――鋭い。

 「別に、なんもねえよ。いたって普通だよ。

 ほんとユキたち日本人は思慮深いよなぁ」

 クリフはとびきりな明るさで、手に持っていたヴルストを口に突っ込んだ。

 むせた。

 反対に、ユキの顏には見るからに『変な人だなぁ』と書いてある。あたりまえの話だ。


 ――――それにしても・・・・・・。


 クリフはそのヴルストをほおばりながら周りの様子をうかがった。なぜか今日はやけに騒がしい。

 生徒の落ち着きも、いつも以上にないし、さっきも教員を収集するための鐘が鳴り響いていた。

 すいっと、クリフの横を教師が通り抜ける。

 「・・・・・・ユキ、なんかあったの?」

 ユキの箸が、ぴたりと止まった。

 ワサビをつまもうとしていた箸の先が宙に浮いたままだ。――が、不意にまた動き出した。

 「・・・・・・そういえば」ユキはワサビをつゆに溶かしながら、きりだした。

 その溶かしたつゆに、そばを丁寧に投入する。不思議な食べ方だ。

 「二階の図書館の話、聞きました?」

 そばがツルツルと、口の中に吸い込まれていく。

 クリフは知らないうちに、それに見入っていたらしい。

 ユキはつゆの入った器を持ち上げて恥ずかしそうに横を向いて、中のそばをせかせか食べた。

 「・・・・・・聞いたの? まだ聞いてないの?」

 「えっ、ああ、悪い。気にしないでくれ」クリフは目をそらして言った。「その話はまだ聞いてないけど」

 「そっか」

 クリフは視線を、自分の皿に戻すと、残っているもう一本のヴルストにまた、フォークをつきたてた。

 皿にまた、汁がとぶ。

 「・・・・・・で? その図書館がどうかしたのか?」

 「うん、なんかね」ユキは肩を落として、目を伏せた。「人が・・・・・・死んでたらしいんだ」

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