2-(1) 物事の兆し 1
以前載せた『ひそかな怒り』を3分割したうちの1/3話目です
鐘が鳴った。
様々な音階が、重なったり響いたりしてクリフの通うロサネハイツ院の『時間』を区切った。この鐘は午前の授業が終わった合図で、これを聞くと生徒たちは一斉に食堂へと向かい始める。
今日は二学期初めての平常授業で、生徒たちはへとへとだった。
その時、クリフは西館の廊下を歩いていた。
西館はレンガ造りの古い校舎で、食堂からは一番はなれている。クリフが普段過ごしている寮からもかなり遠かった。
クリフの足元に、色のついた光が差しこんできた。目の前にある入口の上には、立派なステンドグラスが設置されている。
この装飾は実は国の指定文化財にも指定されていて、これを割ってやろうともくろんでいた生徒たちは皆、退学になったという黒歴史まであった。
もくろんでいただけで、退学。
それほどまでに、この校舎は大切にされていた。
「抜き打ちテストとか、考えるだけでも気持ち悪くなってくるよな」クリフは、ボサっとはねた髪をぼりぼり掻いて、めんどくさそうにつぶやいた。「せっかくの昼飯が台無しだ」
クリフたちは丁度、その校舎の螺旋階段を下りているところだった。
神秘的な光の下で、クリフはうんざりしながら、横にいるフウに相槌を求めている。「ったく、あのクソババァ」
「まあそこまで怒るなて。昼飯がもっとまずくなるけ」
クリフはため息をついて苦笑いをした。
革靴の底が地面に当たる音が、周りに反響している。
今回のテストは、クリフたちの想像を超える難関極まりないものだった。
放り出さなかっただけ、俺はまだまだましな方だ。
「そりゃぁ、そうかもしんねえけどさ」クリフは口をとがらせると、うつむいてモゴモゴ言った。
「このあと追試が待ってるのかと思うと・・・・・」
フウははじけるように笑った。どうもクリフはこの訛持ちの青年に反論できなかった。どうしても彼のペースに巻きこまれてしまう。
「ん、怒ってもいい事ないでぇ。な?」フウは二イッと笑って、クリフの肩をたたいた。
クリフがとっている天文学の講座はこの西館でひらかれている。学校の鳥瞰図を見てもわかるように、この西館の奥には町が無く、明かりも少ないので星を観察するにはうってつけの場所だった。
校舎の屋上には大きな天体望遠鏡もある。
クリフはまだ落ち込んでいた。
意外にねちっこい性格なのかもしれない。
「ほらクリフ! 次頑張ろうや、これで人生かわるわけじゃねぇ」クリフは苦笑いすると、思いつめた顔で、はぁ、と呟いた。
底なしに明るいフウの性格が、心底うらやましかった。
「・・・・・・そう言えばフウ」クリフは話題を変えようと、自分からきりだした。「おまえルームメイトとはどうだ?
仲良くやってんのか」
突然のクリフの問いかけに、フウは少し驚いたようだった。クリフはしげしげとフウを見た。
「ん、まあまあうまくやっとるよ。どうも、あっちの方はまだ去年のルームメイトをひきずってようだけど。
楽しくやっとるよ」
フウはのんきに鼻歌を歌い始めた。
クリフは少しホッとして、胸をなでおろした。まあ、フウが人とトラブルになるなんて、そんな心配はしていない。
クリフは一気に、残りの階段を飛び降りた。
「で? そういうクリフは?」
フウも同じように、飛び降りる。
「まぁ、いいんじゃないかな。いいやつだよ、ユキは」
不意に足音が止んだ。
フウの細い眼が、いつもより少し大きくなっている。眉を露骨にひそめていた。
「ユキ? ちょっと待てクリフ、そいつって・・・・・・」
時すでに遅し。
フウが気がついたときには、クリフはすでに鼻歌を歌いながら、軽いフットワークで食堂へと向かっていた。
クリフの横を、お堅いスーツを着た男性陣が通り過ぎていった。