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漆黒の金時計  作者: 春 ゆみ
第一章  プロローグ
3/16

1-(3) 全ての起点 2

以前投稿した『全ての起点』の2/2です。

 舞い散ったプリントを茫然と眺めていると、部屋の中から、小走りでこちらに近づいてくる足音がした。

 何者かの影が、だんだんと大きくなってくる。

 「すみません! だっ、大丈夫ですか!?」

 突然部屋の中から、長い黒髪を後ろで束ねた、アジア人が飛び出してきた。

 端正な顔立ちで、ドイツでは珍しいストレートヘアーがさらっとなびいている。

 腰を抜かした状態でクリフはおそるおそる、見上げて訊ねた。

 「おまっ・・・・なにやって・・・・・・」

 青年は少しはにかむと、「いや、特には何も。部屋が暑かったので、向かいの窓をあけたんですよ。風が結構凄かったからでしょうかね、玄関の扉が開いて、風通しがよくなりすぎてしまったようで・・・・

」と、申し訳なさそうに言った。

 

 クリフは部屋の奥を覗いた。確かに奥の窓があいて、カーテンが翻っている。

 今日のドイツは全般に風が強いうえ、特に湿っぽくて不快極まりなかった。

 そんな環境下で窓を開けて、風を入れ込んだとしても、正直無意味なような気もするんだがなあ。

 クリフは彼を見ながら、そのことをだまっとこうと思った。


 クリフが立ち上がろうとすると、例の『初対面アジア人』が周りを改めて見渡して、クリフの横にひょいっとかがんだ。

 「風でいろいろ飛んじゃいましたね・・・・・・、拾うの、ぼくも手伝いますよ」

 「あ、ああ。悪いな」

 ルームメイトは細い手で派手に散らばってしまったプリントや教本を丁寧に拾っていった。クリフはその隣でセカセカと動きながら、胃のあたりのモヤモヤが、すうっと無くなっていくのを感じた。

 不意に手を止めた。

 「おっ、おれさ、クリフっていうんだ。よろしくな、えーっと・・・・・・」

 ここで名前を呼んでいいのだろうかと、クリフは少し戸惑った。

 「あっ、いえいえ。ぼくの名前は桂 雪です。ふつつか者ですが、どうぞよろしく申し上げます」

 「敬語はよせって」

 「あ、ごめん。・・・・・・つい癖で」

 ユキは下を向いてはにかんだ。

 とても優しそうで、趣のある反応だった。

 ―なんだ、別に心配する事なかったじゃんか。

 

 クリフはほっとしながら、隣にいる新しいルームメイトを盗み見た。

 『まさか』、なにか悪い事でも・・・・・・。

 さっきまでそんなことを思っていた自分を恥じた。

 と同時に、今となって、そんな小さなことでびくびくしていた自分を激しく嘲った。

 

 ―『まさか』なんて、何が『まさか』なんだよ。ばかだよな、おれって

 クリフは軽い手つきで、散らかったプリントを集めていった。

 クリフの中の不安が、徐々に安心へと変わっていった。

 

 

 しばらくの間、二人は黙々と教本を拾っていった。そして、そうしているうちにあることが発覚した。

 「・・・・・・ないですね」とユキは確信を持って告げた。

 「ない、ようだな・・・・・・」

 クリフのテンションも、それにともなって急降下していった。

 「『まさか』・・・・・・なんでしょうか」

 「ああ・・・・・・、その『まさか』・・・・・・なようだ」

 

 足りない。何度数えても、たりない。

 実はさっきの突風で、かなりの量のプリントが飛んでしまっていた。

 せっかく分類ごとにまとめたのに、その苦労も無残に水の泡と化し、そのうえ何枚か見当たらないプリントまで出てくる始末だった。

 おそらくは廊下を超え、後ろにあった吹き抜けから下の階へと消えていってしまったのだろう。

 そのことを察するのは、何も難しい事ではなかった。もちろん、

 『再地獄の階段めぐり』が決定してしまったということを含めて、だ。

 

 「うわあああああっ、そんなのいやだああああああ!!!」

 クリフは地面に膝をつき、両手で頭を抱えて絶叫した。

 「ちょっ、クリフ君落ち着いて!」

 「そんな・・・・・・、やっと地獄アスロンが終わったと思ったのに! これが落ち着いてられるかちくしょおおおっ!!」

 「ぼくも手伝うから・・・・・・!」

 クリフはぬっと思い頭を持ち上げた。

 「・・・・・・担任に、もらいにいこう、かな・・・・・・。『モアイ』に」

 「いや、それはやめた方がいいかと」

 「だよなぁ・・・・・・」

 

 長い長い沈黙が7246号室に流れた。

 初対面で特に関係が悪いわけでもないのに、こんなに空気が重い部屋は他になかったんじゃないだろうか、違う意味でだけど。

 

 結果、数学と天文学の資料が10枚ほど消えていた。

 吹き抜け下の1階ロビーに落ちているのか、はたまた、どこかの階に吸い込まれていったのか。

 誰かに拾われたり、どこかの隅に入り込んでしまっている可能性も、無くはない。

 全て見つけ出せるのかというと、火を見るより明らかで、絶望的だった。

 あれがないと、追試と居残りと追加課題は必至以上に必至。

 クリフは悟った。自分の夏休みは、すでに終わってしまったようなものだ、と。

 

 言いようもない悲壮感に打ちひしがれていると、ユキはついに黙り込んでしまった。

 何か言いたそうだったが、今は何を言っても無駄だと思ったのだろうか。ただおろおろするばかりだった。

 「ごめんな、初日からこんなで」

 クリフは、心ここに在らずといった表情で詫びた。

 「謝るのは僕の方だよ。もう、なんて詫びればいいのやら・・・・・・」

 そういったユキの目が、とてつもない申し訳なさにあふれていた。うつむいて、目が、さらっと垂れた前髪で隠れても、それは手に取るようにわかった。

 もしかしてこいつ、かの有名な『セップク』とやらをしでかしてしまうのではないかと、正直不安になる。

 本当に悪いことしたな、クリフがそう言おうとした矢先、考え込んでいる風だったユキが突然奥の部屋へ姿を消した。奥でごそごそと何かをあさるような物音がしたとおもうと、すぐに戻ってきて「待ってて下さい!」と言い残すなり、さっそうと外へ出ていった。

 「・・・・・・? ユキ?」

 クリフはユキが飛び出していったあとのドアを、ただ茫然と眺めていた。

 誰か、他の先生にでも話をつけてくるつもりなのだろうか。

 だがそれでは、最終的に7階担当のモアイの耳に届くことは間違いなかった。

 ロサネ・ハイツ院では、生徒に関する最終的な物事の管理はすべて、それぞれの階ごとの担当教師が受け持つことになっている。それでは意味がなかった。

 残された部屋で一人、ポカンとしてると、ほんの数秒後、ドアの外から、何かがかなりの速さで近づいてくる音がした。

 「え?」

 まさか、この部屋に向かっている?

 不意に勢いよくドアが開く音がした。ドアのむこうにいたのは、予想外にも先生なんかじゃない。


 カツラ=ユキだった。

 

 ユキは肩で息をしながら、持っていた資料を差し出した。

 「あ、ありま、ありました! 全部、見つけましたよ!」

 「えっ、・・・・・・えええ!!?」

 わけのわからないまま勢いで立ち上がると、急いで汗だくのユキを部屋に引き入れた。

 ユキが手に持っていた資料に目をやると、まさしく自分が落としたものだった。

 プリントの隅に、妙に角ばった自分の字で『クリフ=ハイネ』と刻まれている。


 「おまえ・・・・・・、一体どうやって・・・・・・」

 「はは、まぁ、ちょっと、ね」と、ユキははぐらかした。

 「水飲むか?」

 ユキは少しうなずくと、どさっと自分のベットに倒れ込んだ。

 クリフが廊下にある水飲み場から水を持ってくると、ユキはそれを一気に飲み干した。

 色白の頬がほてっている。

 「おまえまさか、あんな・・・・・・」

 今さっき起きたことが全然わからなくて、クリフも興奮で頬がほてっていた。

 無意識に手渡された資料を握りしめていた。

 

 「ほんとにあんな短時間で、全部見つけ出したのか? そんなに走りまくったの!?」

 「はは、・・・・・・そんな怪物じゃあるまいし」

 「ちがうのか!?」わけがわからなかった。

 「うん、ちがう」

 ユキは困ったふうに、混乱しているクリフをまじまじと眺めて苦笑した。

 「どうなってんだ!? どういうことなんだ!? 頼む、すっげぇ知りたい!!」

 クリフは手振り身振りで今の気持ちを表現した。今日は心情がコロコロと、よく変わる日だ。

 すると、ユキの表情がこわばった。こっちを苦笑しながら見ていたユキの顔が急に曇ったのだ。

 これには驚いた。

 

 こう、タネを訊かれる事は分っていたけど、あまり訊かれたくなかった。 

 その事が、ユキの表情からありありと見て取れた。

 「クリフ君・・・・・・」

 「えっ、あのっ」

 さすがのクリフも、話に踏み込みすぎたと気付かざるを得なかった。

 これはなんかまずい。

 クリフの中の危険アンテナが、ビンビン反応している。

 クリフは急いでかしこまった。

 「なんか、ごめん・・・・・・おれ、無遠慮に・・・・・・」

 「・・・・・・そんなに?」

 「え?」

 ユキの目が、すっともちあがった。

 漆黒の、なんかこう・・・・・・見ているとこっちが吸い込まれてしまいそうな瞳が、こっちをのぞいている。

 クリフの喉が不意に鳴った。

 「そんなに知りたい?」

 ユキの表情が急に引き締まった。覚悟ができたようにもみえる。

 「えっ、そっ、そりゃあまぁ、どっちかといえば・・・・・・知りたいけど・・・・・・」

 クリフはしどろもどろに答えた。

 その言葉を確認すると、ユキはポケットから何か、キラッと光るものを取り出した。

 それはユキの手のひらよりも一回り小さい、チェーンのついた代物だった。「これなんだけど」

 「それ・・・・・・」

 クリフはまじまじとそれを見つめた。

 

 金時計だ。


 よく見ると、時計の淵の部分が少しさびている。

 「ずいぶんとまた、古そうな懐中時計だな」

 「うん、まあ。昔、祖父が取り寄せたものらしいからね」

 ユキは両手で大事そうに抱えながら、目を細めた。

 よほど大事なものなんだろうな、クリフはそんなものを託してくれる親が、正直うらやましいと思った。

 「ふぅん、これが何か、さっきのタネと何の関係があるのか?」

 「・・・・・・」

 ユキは身動き一つしないで、金時計を眺めていた。チェーンの付け根のねじを、右手の親指と人差し指で回したり戻したりしている。

 「ユキ?」

 ユキはクスッと、笑った。「・・・・・・これは実際、そこまで関係ないんだ」

 「なんだそれ!」

 クリフは向かい側の自分のベッドに、どさっと寝ころんだ。

 意外だった。 なんちゃってかよ!!

 「でも・・・・・・」

 ユキが静かにきりだした。

 「!?」 でも!?

 ユキはねじをいじくるのをやめた。自分の中で言葉を選んでいるようだった。「祖父には少し、関係、あるかな」 

 ユキは金時計をクリフの前で垂らすと、おごそかな雰囲気でそれを左右に揺らした。

 ユキの漆黒の髪とまばゆいばかりの金時計の調和が、フッとクリフを魅了させた。

 なんとも不思議な色合いだった。


 「ぼくの一族は、古くからある役を担っていてですね、ぼくはその、末裔なんですよ。

 それが関係しています」

 ユキの口調が突然、重々しく感じられた。

 「まつえい?」

 ユキはうなずいた。

 「ええ、日本史にも出てくるんですよ。えーっと知ってるかなぁ・・・・・・『安倍晴明』って」

 「あべ・・・・・・せいめい・・・・・・?」

 ユキは手元のベッドのカバーをきゅっとつかんだ。「ええ。ぼくはね、その人の子孫。その人の後輩。その人の同じ・・・・・・」

 ユキは俺の目をしっかりととらえて言った。重々しく、且つ、しっかりした口調で、


 陰陽師、なんですよ、と。




 

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