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漆黒の金時計  作者: 春 ゆみ
第一章  プロローグ
2/16

1-(2) 全ての起点 1

以前掲載していた『全ての起点』を二分割したものの1/2です。

 上の階からの風がひゅうっと、階段に沿って流れ込んでくる。

 紅色の絨毯に、コトコトと大量の足音が響いていた。

 上からの風にクリフの紺色の制服が、フッとなびいて翻った。不意に、両手で抱えている教本のページがパラララッとめくれ上った。

 クリフは教本が飛ばされてしまうのではないかと思い、階段途中で立ち止まって荷物を一旦床に下ろした。休憩も兼ねているつもりだ。

 クリフはため息をつきながら、うんざりした様子で見上げた。

 正面には長々と、急な階段が続いている。

 「7階か・・・・・・きついなこれ」


 一息ついたクリフは、大量の荷物を持ち上げながら肩に力を入れなおして、特に意味はないが同時に軽く跳ねてみた。ゴールはまだまだ遠い。

 クリフはふと斜め前を見た。視線の先でかっぷくのいい男子生徒が、背を丸めてへばっている。

 クリフは自分の持っている荷物を眺め、彼の横を足早に上った。そのときの自分には、彼に救いの手を差し伸べようなんて慈悲、小麦粉の粒ほどもわいてこなかった。

 わるい、おれも被害者の一人なんだ。



 クリフの手元にあるのは教科書に参考書、辞典にノートなど。

 今抱えている物の重さは、少なくとも3キロはあるだろう。

 それを抱えながら、前の自分の部屋があった1階から、今年からお世話になる新しい自分部屋のある7階まで階段を上ったり下りたりして、ひとつひとつ手作業で運んでいるわけだ。学校のカレンダーにも、正式に『ロサネハイツ院アスレチック 開催日』と書かれている。

 それぐらいこの行事はきついイベントとして認識されていた。

 毎年一回の割合で行われる、恒例イベントの一つだ。

 



 その後、何度も休憩を取り入れながら、がくがくした足を持ち上げて最後の1段を上った。

 手の感覚が危うい。

 クリフはわきに荷物を降ろすと、ネクタイを素早く緩めた。

「つ、着いた、っていうか、今度こそ運び終わった・・・・!」

 7階の談話室にだが、達成感はひとしおだった。

 あとは根性で部屋まで運ぶだけだ。それだけなのだと思うと少しだが気持ちが明るくなった。

 クリフは足の骨が無くなってしまったかのように、へろへろと地面にへたりこむと、余計に喉がきゅうっとしまっていくのを感じた。

 喉に穴があいたぐらい痛いのに、全然空気が身体の中に入ってこない。運んできた教本を自分の方に近づけると、気道を確保するために上を向いた。かっこわるいにもほどがある。

 


 後ろには階段、肩で息をしながらちらっと横を見ると、宿舎の廊下が軽いカーブを描いてそこにある。 そのクリフから見て廊下右側には、それぞれの部屋のドアが並んでいて、そこが今年からのクリフたちの過ごすプライベートゾーンとなるわけだ。

 左側には見下ろすと1階のロビーまで見える巨大な『吹き抜け』があって、クリフたちがすごす7階は、全体から見て真ん中より少し上めな位置だ。

 もっと上の階の人たちには、畏敬の念さえ湧いてくる。



 「おーい、クリフゥ!!」

 遠くからどすどすと迫ってくるような音が床に響いた。

 こちらに向かってきた大柄の生徒は、クリフのそばで速度を落とした。

 「へばってねぇで早くこっちに来いよ、7階組の集合場所はあっちだろぉ?」

 「おっ、フウか」クリフは肩をすくめて苦笑いをした。「おまえ、体力あんなぁ・・・・」

 フウと呼ばれた青年は、小首をかしげて微笑した。

 「まぁ、おまえは道のりがほかの奴らに比べてハードだったから」

 フウも、ジェンと同様クリフから見れば巨体だ。このでかい図体の中にはどれほどのエネルギーが詰まっているのだろう。

 彼はまだ肩で息をしているクリフを見下ろすと、ため息をついて、手を差し伸べた。

 たこが出来た手首の太い手は、力仕事の得意さを物語っていた。

 「ったく、だらしねーなー。ほら、立てるけ?」

 「はは、なめんな」としか、言いようがなかった。

 

 よろよろと大量の荷物を抱えながら談話室に入ると、だいたい50?60人ぐらいだろうか―――が、へばるかしゃべるかして担当教師を待っていた。

 見るからに疲れている人、まだまだ余裕綽々の人、いろんな人がいる。

 でも、この人数からして、もしかしたらだが、おれが一番ドべだったのかもしれない。

 「あのさ、フウ、おれってまさか・・・・・・」

 おそるおそる見上げて訊いてみる。「・・・・・・一番最後?」

 「え? ああ、大丈夫大丈夫」

 フウがにこっと笑って、クリフの肩をポンポンとたたいた。

 視線を、ちょいちょいっと階段の方にむけた。「ロロアーノも7階だけぇ」

 「ああ・・・・」そういや、さっきおれの前でへばってたっけ。

 妙に救われた気分だった。「ところでフウ、おまえは誰と同じ部屋なんだ?」

 「んー、おれの知らねぇ奴」

 少し考え込んだ後、フウは上目づかいで頭をポリポリ掻いて、

 「これで相性悪かったら最悪だよなぁ」と、ぼやいた。

 その意見には、俺も賛成だった。

 


 クリフたちの部屋わりはおもに2人ずつで、1年間変更がきかない。

 なので、周りの奴らはもう1人のルームメイトと、少しでもいい関係を持とうと必死だ。

 たまに、「おれのルームメイトは、自分の彼女の浮気相手だった」とか「私のルームメイトが実は○○と、自分の事を悪く言ってる」とか、どろどろの人間色に染まった昼ドラのスチュエ―ションを、間近で聞く事が出来る。

 だが、それを楽しむためには少なくとも、自分自身は相手といい関係を保たなくてはならない。

 


 「で?そういうおまんは?」クリフの横でしゃがみながら、フウは、そんな事とは無関係そうな笑顔で訊ねた。 

 えくぼの目立つ笑顔は、とても愛嬌がある。

 「おれもさ、知らない奴」クリフは積み上げた教本のうえに肘をのせて、すうっと視線を落とすと、

 「・・・・・・たぶん」と、付け加えた。

 「何?知り合いなん?」

 「そういうわけじゃないんだけど、なんとなく覚えがあるっていうか、なんていうか・・・・な」

 「ふぅん」

 フウは何かを察したのか、それ以上は踏み込まなかった。クリフは、フウのそういう心遣いがありがたいと思った。

 急に、フウは制服のポケットに手をつっこむと何かを探し始めた。

 フウはにやにやすると、ポケットからゆっくりと手を出した。

 「・・・・これ食う?」

 手にはカカオ・ゲベック(ドイツのショコラクッキー)が2袋握られていた。さっぱりしていて、クリフの好物だ。

 おれは この時、目を輝かせていたに違いない。

 「下の売店でさっき買ったんよ」

 「気が利くじゃん。いいのか!?」


 ゲベックを受け取ると、クリフは、教本にそのカスがかからないように少し前へ出て食べた。

 おいしい。特にこの売店のゲベックは、隠し味の秘伝ココアがきいていて、後味も他のよりかなり良かった。 

 ゲベックを口に入れるとクリフの顔が、ぱっと明るくなった。と思うと、だんだんと暗くなっていった。

 それを見たフウが少し、怪訝そうな顔をした。

 「ん? どしたんクリフ」

 「いや、別に」

 ――――――あれ? 

 不意にクリフは顔をしかめた。口の中でよく味わったはずだが、やはりおかしい。

 

 ・・・・・・ゲベックって、こんなに苦かったっけ。

 

 「―はい、7階組のみなさん! 全員そろいましたね!」

 突然、学校中に響き渡りそうな大音量が7階中を貫いた。

 大柄な女性が、座り込んでいる生徒の間をぬって進み、入り口とは向かい側の壁を背に仁王立ちした。

 いや、『立っている』というよりはどちらかと言うと、『建っている』と言った方がよさそうな気がする。

 彼女はクリフたちの方を向くと、

 「ごきげんよう、みなさん」と、人工的な深紅の唇の右端を不自然に持ち上げた。

 普段、笑うのに慣れていないぎこちなさが、ありありと見てとれる。

 周りのざわめきが消えると、視線が前方の一点に集中した。

 半枚ほどのゲベックを持っていたクリフは、その残りを無理やり口の中に詰め込んで、盛大にむせた。

 隣でも「ぐふっ」と、嗚咽としゃっくりが混ざったような音が聞こえてくる。

 

 クリフたちの視線の先には、黒い女性用スーツを着た『ぽっちゃり型』の、女の先生がこちらを見ていた。

 彼女の名前はライ=フレーミー。あだ名は『モアイ』で、体格がよく、目の『ほり』が異様に深い為、こう呼ばれるようになったらしい。正面の、金色にコーティングされたボタンが限界まじかに見える。

 担当教師が誰だかわかったとたん、周りのざわめきがまた復活し始めた。

 えー、モアイかよ。期待して損したぜ。


 「静かに! し・ず・か・に!!」モアイが鼻息を荒くして声をはりあげた。

 なんであいつが『バイソン』とも呼ばれているのか、分かる気もする。

 モアイはダンッと、ハイヒールを足で地面に『叩きつけた』。

 「しょっぱなからそんなふうでどうするの! 先生を怒鳴らせないでちょうだい!!」

 周りがさっきよりも騒がしくなった。

 クリフは下を向いて、しきりに『しゃっくり』と苦戦しているフウを小突いた。

 「・・・・あいつが勝手に怒鳴ってるだけだろうが、なあ」

 「ははは、そうだよなぁ・・・・そら旦那も逃げるでぇ」

 モアイの目が不気味に光った。

 「そこのゲベック野郎ら、先生の横まで来なさい」

 「いっっ!?」モアイの視線が一直線にクリフたちに向けられ、唇の右端が、にゅっと上を向いた。

 「来なさいな、ほら。こ・こ!」

 モアイは自分の横を指差している。

 クリフたちはどぎまぎしながら、その言われたほうへ向かった。

 するとモアイに、もっと速く! とせかされた。

 モアイはヅカヅカとクリフたちの目の前まで来ると、二人の目の前で不意に立ち止まった。

 ――――でっ、でけええっ!!

 開いたままの口がふさがらない。モアイはグンッとクリフたちの胸蔵を両手で引き寄せると、妙に甘い声で「・・・・・・あとでそこの暖炉前に来なさいね。わかった?」と、ささやいた。

 「うっ・・・・」

 モアイはベリッとクリフたちから視線をひっぺがすと、そのほか全員の方に向かって「さて」と、きりだした。

 鼓膜がビリビリする。

 「新2年生の皆さん、各自の荷物運び、ご苦労様でした。大変だったでしょう」

 モアイは辺りをゆっくりと見渡すと、両手を前で軽く組みなおして話を続けた。

 おれたちの方なんて、見向きもしない。

 「皆さんはもうご存じでしょうが、この部屋分けはランダムです。決して、成績順とか、仲の悪いもの同士とか、そういう仕組まれたものではないという事だけ、心に留めておいてください」と、モアイはむっつりしながら言った。

 やけに、この手の苦情が多いのでね。

 そう、心底困ったような顔でくぎを刺した。まあ、分るような気はするが。

 「衣類など、そういった日用品はすでに各自の部屋に運んであります。あなたたちは、その手元の教材をそれぞれの場所まで運んでいただければ結構ですから、余計な事はしないように」

 生徒たちは静かにそれを聞いていた。モアイはそれに満足したのか、にこっとほほえむと、ひときわ大きな声で叫んだ。

 

 「では先生の方からは以上です。なにか、質問のある子は?」

 いないようだった。その様子を確認すると更に背筋を伸ばして、息を大きく吸い込んだ。

 「では解散! 先生は話が短くてよかったわね!!」そう言って、手をひらひらと横に振った。とほぼ同時に、グルンとクリフたちの方へ向き直ると、後ろから二人の肩にそっと手を置き、そのまま威圧感でクリフたちを暖炉前まで丁寧に誘導した。

 

 その後たっぷり1時間、ため込んでいた弾丸を一気に吐きだすかのように、言葉のあられでクリフたちはお灸をすえられた。



 「なあクリフ、絶対・・・・マークされたよな、おれら」

 説教のあと、クリフたちは半ば追っ払われるような感じで解放された。その時、名前と部屋番号はしっかりと、確認された。プライドなんて、もはや折られ過ぎて、しなしなだ。

 「ん、まず間違いねぇな」

 顔を見合わせて一瞬だまり、苦笑いした。

 モアイのあの得意げな表情が、さっきからクリフたちの心臓を逆なでしている。

 これからの一年が、不安で仕方なかった。

 「ま、お互いプラス志向なことだけが取り柄だなぁ」

 と、フウはじぶんに言い聞かせるように呟いた。

 その事には、クリフも賛成だった。

 「まったくだ、そんな別に死にゃしねぇしな。プラスに行こう、はは」

 「んだな、モアイの事も、ルームメイトの事も」 

 ―――――――!

 

 フウは横で快活に笑っていた。しかし、クリフには、とてもそうは思えなかった。

そう言われたとたん、モアイに呼びだされた時とはまた違った、不快感におそわれた。

 クリフの中をめぐっている血が急に冷たくなったような気がして、妙に足元がおぼつかない。

 ―ルームメイト・・・・・・。


 あの部屋番号表に書いてあった、『カツラ=ユキ』という、極東の国の人の名前。

 全然知らない人なはずなのに、妙な違和感があった。べったりと張り付いていて、しかもはがしてもきれいに、はがせきれないようなモヤモヤ感。

 なぜか、鬱陶しいほどにクリフの心臓に付きまとっている。

 「・・・・・・まぁ、会ってみれば分るよな」

 「ん? どした?」

 フウが心配そうな顔で覗き込んできた。その純粋そうな表情に、少しクリフの不安が和らいだような気がする。

 クリフは微笑しながら首を横に振った。

 「・・・・・・なんでもない。行こう、ルームメイトが待ってる」



説教場所から新しい自分の部屋までは、だいたい徒歩5分といったところだった。

 画一的なドアが並んだ廊下は、妙に初々しい雰囲気に包まれている。

 

 2号棟 7246号室。

 

 そう書かれた扉が目の前にあった。鍵はたぶん掛かってはいないだろうが、そのことがさらに、自分の行く手を阻んでいるような感じがした。とてつもなく入りにくい。

 ――――さっきの『呼びだし現場』、きっと見られてるだろうしなぁ・・・・・・

 

 クリフはゆっくりと背筋に力を入れて、襟元をただし、右手の甲をもちあげてドアに向けた。

 胃がきゅうっと締まって、教本を持っている手がふるえた。

 「・・・・・・にしても、なに緊張してんだよおれは」首を左右に振って、しっかりと正面を見つめなおした。「馬鹿みてぇ」

 クリフは気合を入れなおすと、

 「入るぞ」

 ほぼノックが終わると同時に、腕全体の力で勢いよくドアノブを『引き』、扉を開け放った。

 

 そのときだ。 


 いきなり部屋から、ビュオッという音とともに、突風がクリフをおそった。抱えていた教材が派手に散乱して、クリフはあっけにとられていた。

 一瞬にして、あたりが大惨事だ。散らばったプリントで、床が真っ白になった。

 「な、な、な・・・・」

 ――――なんだ!?

 

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