2-(10) 潜入捜査 2
この言葉を皮切りに、クリフ達の全神経が、一人の少女に注がれた。
横にいる校長が邪魔で邪魔で仕方ない。彼が相づちを打つたびに、クリフ達の舌打ちもその都度響いた。
『体が突然動かなくなるんです。突然、しかもそのたび、すごく寒くて・・・・・・・・』
『寒い?』
「ん?」
その時、ユキが何かに反応した。
目付きが生徒のカツラ=ユキではない。
陰陽師のカツラ=ユキになっていた。
「あの校長・・・・・・」
「どうしたユキ」
ユキはものすごい集中力で、会話に聞き入っていた。目を皿のようにしてマイ――――ではなく、校長を見ている。
『ほんの少しの間なんですけど、何かに掴まれているような感じなんです。体全体をこう、グッ! と』
マイは細い腕を目一杯広げて、目の前の空間を自分に向かって掻き寄せた。
とにかく大きな何かに、羽交い締めにされているような感覚らしい。
ユキはそれを丁寧にメモしていく。
クリフには全く読むことの出来ない、極東の大和文字だった。
ちなみにユキは、ヨーロッパでは珍しい、縦書き用メモを愛用していて、クリフもそれに憧れて密かに同じ物を買ってみたのだが、案の定使い方がよく分からない。
結局はそれを横にして使う日々が続いていた。
『もしかして、私、病気・・・・・・なのかなって』
『そんなことない、大丈夫』校長は力を込めて、マイを鼓舞した。『私も解決に全力を尽くそう、約束する』
『なんで病気じゃないって言い切れるんです!? 校長、お医者さんじゃないでしょ!?』
『病気ではない。私にはわかるよ』
クリフでも、この返答には違和感を感じた。
まるで、校長は何かこの症状の原因に心当たりがあるみたいだ。
ユキの表情は、こわばりを通り越して引きつっていた。
金時計のフタをを閉じる要領でメモ帳を閉じると、それをポケットに入れて立ち上がった。
それとほぼ同時に、校長とマイもそれぞれの帰路に戻る。今回の調査は、ここまでのようだ。
クリフ達も元の時間に帰るため、また西館に向かった。
「何かわかったか?」
「まずまず、ね。とりあえず、校長はマークしておきます」
「見るからに怪しいもんなぁ。犯人候補としてか?」
「いえ・・・・・・」
ユキは西館のステンドグラスの前に立つと、クリフをそこに引き寄せた。
この時間に来たときと同様、ビーズの様なものを辺りにばらまいた。途端、足元から白い光に包まれていく。
「まぶしっ」
気づいたら、クリフ達はまた真夜中の大理石ホールの中心に突っ立っていた。今度は上手く着地できたようだ。
床に置きっぱなしのランプを見て、本当にタイムスリップしてた事を改めて実感した。
「すごい体験だったぜ! ありがとなユキ」
ユキはクリフのすぐ横にいた。さっきから、そつぽを向いている。しかも、返事がない。
――――おいおい、シカトか?
「・・・・・・なに怒ってんだよ。なんか気にくわないことでもしたのかよ俺」
返事がない。それどころか、少しクリフと距離をおく始末だ。
「おいユキ、聞いてんのか?」
やはり返事がない。
クリフはさすがにムッとして、ユキの肩を掴むと無理矢理自分の方に向かせた。
「おいって!」
すると、ユキの肩が不自然に揺れて、よろめいた。
マイみたいに肩が震えている。しかし、彼女のように泣いている訳ではなかった。
なんか様子がおかしい。胸に手を当てて、苦しそうに喘いでいた。
「どうしたユキ!」凄い汗だ。「具合でも悪いのか?」
「だっ・・・・・・大丈夫・・・・・・。ちょっと疲れただけ・・・・・・・」そう言うと、ユキは背中を丸めて咳き込み始めた。
ちっとも大丈夫そうには見えない。
「とにかく部屋に戻ろうユキ! おぶろうか」
「大丈夫・・・・・・自分で歩けるよ・・・・・・・・・・・。でもクリフ君、先に行ってて・・・・・・、僕、ちょっと休んでいくから」
「バカ野郎、今のお前を置いて帰れるか! 一緒に帰ろう」
「誰か来るかも、早く行って・・・・・・」
そこまで言うと、ユキは膝を折って前に倒れた。ひどく辛そうで、肩で息をしている。
「ゆっ、ユキ!」呼びかけにも全く応じない。
弱々しく地面に横たわったまま動かなかった。
――――顔色が悪かったのって、まさか、このせい!?
ここまで来てやっと、ことの重大さに気付いた。
「・・・・ユキ・・・・・・・・・・・・ユキ!!!!」