2-(7) 極秘捜査 1
この話はフィクションです。宜しくお願いします。
クリフ達は静かな廊下をひたすら走り続けていた。とっくの昔に消灯されていたので、クリフの右手にはランプ、左手には燃料という装備で、移動しなければならなかった。
その目の前を、ユキが走っている。
「おいユキ、どこまで行くんだよ!」クリフは辺りを見回しながら言った。「もうかなり走ったぜ!?」
「まだです!」
「まだって、おい」
「疲れたんなら帰って頂いても構いませんよ」
なんかこいつ、やけに挑発的だな。
「・・・・・・ばっ、ばーかばーか! おまけにばーか! なんでここまで来て戻らなきゃなんねーんだよ、俺は全然大丈夫なんだからな! なめんじゃねーぞこのやろー!!」
「ですよね、だったら黙って僕についてきてください」
「てめぇな・・・・・・」
息を切らしている様子もない。本当に不思議な奴だ。
――――にしても・・・・・・。
クリフはユキの後姿を眺めながら思った。さっきからかなり不思議に感じることがある。
ふと自分の手元を見た。自分はランプのような明かりになるものを持っているのに対して、ユキは何も持たずに暗闇の中を平然と走っている。目の前がT字路ならちゃんと曲がるし、行き止まりなら速度を落としてUターンもする。
こいつ、人よりも夜目が利くようだ。
――――ユキ・・・・・・。
クリフは無意識のうちに呟いた。
「・・・・・・このまま、帰ってたまるかよ」
クリフがユキについてきたのは、なにもカオルさんのため――――だけではない。
この不思議な雰囲気を持つ『カツラ=ユキ』の人物像を少しでも暴いてみたいという、一種の好奇心から来たと言っても過言ではなかった。
良くいって『相手のことをもっと知りたい』。
悪くいって『相手の素性を知っておきたい』。
人の動く理由が一つだけなんてことは、決して、ない。
二人が上り階段の横を通り過ぎた時、不意にユキが叫んだ。
「――――っ! クリフ君! 止まっ」
「うおぇっ!!?」
ドスンッ!!
クリフは勢いよく、ユキに追突した。ユキを下敷きにしたまま、二人ともども地面にすべり込む。
ユキは顔面から、派手に着地した。
「いててて・・・・・・」
「・・・・・・くっ、クリフ君、止まってって、言ったじゃないですかっ」
「わりい、対応しきれなかったんだよ・・・・・・!」
「重いっ!」
「今どく」
クリフが起き上ると、ユキは俯いて鼻を押さえながら立ち上がった。指の隙間から赤い液体が流れ出る。
「うわ鼻血!」
ユキも赤く染まった自分の手を見て驚いた。「でぃ、ディッジュある!?」
「ないからとりあえずこれ使え! 俺のハンカチ貸してやるから、上でも向いとけ!」
「うえ? こっ、こう?」
ユキは首を起こして直立した。
本当はこういう時、上を向いはいけない。
「それにしてもユキ、さっきはどうしたんだ? 『止まれ』って」
「あっ、そうだよ! グリブ君こっぢ!」ユキは鼻を押さえていない方の手で、クリフの手首をつかむと、すぐ横のわきの道によけた。
クリフを奥に押しやって、壁にびったりと背中を当てると、そこから振り向くようにして、様子をうかがった。なんか、前に見たサスペンス劇みたいだ。
「足音が・・・・・・聞こえる」
「足音?」クリフも耳を澄ませてみた。――――何も聞こえない。「そんなの、全然・・・・・・」
「しっ」
耳鳴りがするほどに静かだ。誰もいない。
身を潜めている時間が余計に長く感じられる。自分はスパイには向いていないようだ。
――――そう思った、その時だった。
遠くの方でコツコツと、ハイヒール特有の『反響音』が聞こえてきた。心臓がきゅっと縮む。
――――誰か来た!
二人は息を殺した。ロサネハイツ院は罰則が厳しいことでも有名だ。
こんなところで見つかったら、たまったもんじゃない。
最低でも一週間以上の停学と、先々の学校生活において、何らかのペナルティを課せられることだろう。友人がそれで苦労しているのを、クリフは目の当たりにしていた。
それだけはだめだ。
逃げ切らなければ、カオルさんにだって顔向けができない――――!
二人は声を押し殺して、迫ってくる足音に集中した。
逃げるよりも、今は壁になったつもりで張り付いている方が得策に思えた。
少しでも音をたてたら、一貫の終わりだ!
――――相手は・・・・・・誰だ?
だんだん足音が大きくなってきた。
この学院でハイヒールを履いていいのは教師だけ。しかも、この足音は皮靴ではない。だとしたら、今こちらに向かってきているのは女教師の誰か。
近づいてくる。
クリフは冷や汗で湿った手をズボンで拭いた。心臓が破裂しそうだ。
――――この感じ、前にもどこかで・・・・・・。
次の瞬間、クリフの脳内を、一筋の何かが冷たく貫いた。この力強い足音と雰囲気は、身に覚えがある。まさか、もしかして「・・・・・・モアイか?」
「―――のようですね」
音と音の間隔が狭い。どうやら早歩きをしているようだ。
すぐにここまでやってくる。
クリフは声を押し殺して、ユキの耳元で囁いた。
「・・・・・・やっぱ逃げよう! あいつはもう人間じゃねぇんだ!! なんかもう先祖の時点で、猿からかけ離れてんだよ!!! きっとオランウータン以外のホリの深い生き物の末裔だって絶対!!!」
「そんなことしたら足音でばれてしまいます!」
「このままでもばれるぞ」
「大丈夫です」
「だめだ! ここはもう奴の領土だ。侵したら即刻ボスモアイの餌食だぞ!」
「ここはやり過ごしましょう!」ユキはクリフの肩をつかんで言った。妙に力がこもっている。「大丈夫、隠れていれば見つかりませんよ。無理に動くよりもきっと・・・・・・」
その時、―――――――足音が、 やんだ。