2-(6) 協力
この話はフィクションです。宜しくお願いします。
日が沈んで、ユキとは一日会わないまま、真っ暗な夜を迎えた。今日のドイツは風が強い。
クリフはベッドの上に、指定のパジャマ姿で寝ころんだ。寝返りを打ちながら、枕元のランプに手を伸ばすが、下のねじを回しても明かりは灯らない。どうやら燃料切れみたいだ。
「ちっ、こンの役立たずが」クリフははらいのけるようにしてランプから手を離すと、意味もなく真横の壁を蹴った。隣の部屋の奴に聞こえてもかまわない、この時はそう思えたんだ。
「なーんか今日はついてないな・・・・・・厄日か?」借りた本の続きが気になっているのに、この頃は何かと忙しくて、まだほんの十ページくらいしか読めてない。明かりが無くては、読むどころか本の位置さえ分からないじゃないか。
クリフはのろのろと起き上り、四つん這いになって辺りを手探りで捜索し始めた。たしか、ベッドの端の方に置いといたような気が・・・・・・
ごととっ、ごんっ!
――――踏み外してベッドから落ちた。やはり、今日は厄日なようだ。
「・・・・・・何やってるのクリフ君?」
シュボッという音とともに、部屋が急にオレンジ色に灯って、人影が動いた。首を無理に上にひねると、ユキが心配そうにこちらを覗き込んでいる。天井には実物を襲おうとしているような、大きな陰がゆらゆらと映り込んでいた。
「首、そんな態勢じゃ痛めるよ」
「うっ、うるせぇ、ちょっと気分転換に寝そべってただけだっつーの!」
「じゃあ、さっきの音はなんだったんだろ。入口の招き猫でも落ちたかな?」確かめに行こうとするユキを、クリフは足首をつかんで引きとめた。くすくす笑いながら、ユキはベッドの枕元に持っていたランプを置く。
――――チャカされた・・・・・・。
クリフは首をさすりながら、その場から起き上った。やるせない心境が、クリフの中でモヤモヤめぐっている。たんすの横でブレザーを脱いでいるユキの後姿を、何気なく眺めた。
細い背中を隠すように、ほどかれた黒髪が揺れて流れた。クリフにとって、もはやよく見なれた光景だ。
「・・・・・・飯は食ったのか?」
「うん、今食べてきたとこ。けっこうギリギリだったなぁ」
「料理長のサンディエゴ、えっと、機嫌悪かったろ」
「なんかブツブツ言われてたような気がしたけど。やっぱり僕のことだったのかなあ」
クリフが唇をかむと、口の中に鉄の味が広がった。自分が本当に訊きたいことはこんな事じゃない。
そんなの分かりきった事なのに――――――。
「えっと、時計時計・・・・・・」ユキが体の向きを変えて、たんすの中に掛けてある服の間へ、思いっきり手をつっこんだ。
「時計? 金時計なら、ほらここに」ユキの枕元に埋もれているのを引っ張り出すと、ユキは慌ててそれを受け取った。それを急いでポケットに入れる。
あの野郎、またどっかに行くつもりなのか?
「・・・・・・ずいぶん忙しそうだなぁユキ。カオルさんのとこか?」
「ううん、違うよ」皮肉たっぷりの言葉を、ユキはさらりと受け流した。本人はこの嫌味に気付いているのだろうか。もう少し突っ込んでみる。
「ま、今の時間に部屋を抜け出すぐらいだから、よっぽど大事なことなんだろうな。・・・・・・これか?」クリフはからかい半分に小指を立てた。
「変なこと言わないでよクリフ君。君、勘違いしてるよ。だって薫は・・・・・・」
「おまえの彼女の姉なんだろ? それぐらい分かってるよバーカ」
ユキはキョトンとすると、「あんなの、保健予備室に入れてもらう為のその場の嘘に決まってるでしょ?」
「え」
――――そうなの?
ユキは腰に手を当てて、大きくため息をついた。「そんなだから周りから、単細胞チビって言われるんだよ」
「ばっ、そんなの言われて・・・・・・って、――――なんで知ってんだてめえはあぁぁっ!?」
「なりゆきです」
「どんななりゆき!?」
「そんなことより」
『そんなこと』でまとめられてしまった。それでもユキは、いたって真面目顔だ。
「クリフ君、薫から伝言があるんだ」繕うのも面倒くさくなってきた。
「伝言?」ユキは頷くと、たんすの奥から浴衣を出してマントみたいに自分に掛けた。浴衣の下に制服のズボンは、正直合わない。
「・・・・・・『さっきは何も言わずに行動してしまって、すみませんでした。今度会った時は、こんな私ですが、どうぞよろしくお願いします』ってさ」
「カオルさんは大丈夫か?」ユキは苦笑してかぶりを振った。目が悲しみの色に染まっている。ユキは重たそうな口を、ゆっくりと動かした。
「僕は、この事件を放っておけない」
「おれだってそうは思うさ、でも・・・・・・」ただの生徒であるおれたちに、一体何ができるって言うんだ。喉まで出かかった言葉を、クリフはかろうじて呑み込んだ。
それを言う代わりに、「・・・・・・なにか考えがあるんだな? 目星は付いてるのか」と、話をすすめる形でユキに対応してみた。
「犯人はまだ。でも、それに関係してる人はだいたいわかってるつもりですよ。今からそれを確かめに行こうと思って。こういう時こそ、自分の能力の使いどころですし」ユキは帯を締めると、またクローゼットの奥に手を突っ込んで、今度は紺色の羽織を引っ張り出してきた。
背中には白い線で大きく、『☆』と書かれている。
「スター・・・・・・?」
「すたあ?」
そう言われてやっと、ユキはクリフの視線が、自分の羽織の模様に向けられている事に気がついた。
「・・・・・・ああ、これは陰陽五行思想の流れ。分かりやすく言えば、世の万物の運命を表した、陰陽道の基本形なんですよ」派手ですよね、と言いながらユキは、丁寧に羽織の襟を伸ばし始めた。
慣れた手つきだ。ここに来る前も、こんなことをやっていたのだろうか。
『ユキの過去』。これについていけばもしかしたら・・・・・・。
「――――ではクリフ君、僕はちょっと外出し」
「俺もついていっていいか!?」
ユキの眼がガラス玉のように動きを止めた。クリフの眼を澄んだ瞳で、覗きこんでいる。クリフは俯いて首筋を掻いた。
「・・・・・・無理言ってるのはわかる。でも俺、少しでもいいからおまえの役に立ちたいんだよ。おまえについて知らない事も多いしさ」あのときみたいに、わけわからず置いていかれるのは、もう嫌だ。
要するに、クリフはユキに関して何か情報を仕入れたかったのだ。
黙りこくっているユキに、クリフはさらに詰め寄った。
「だめ・・・・・・かな」
「だめ」即答だ。
クリフは気まずそうにモゴモゴすると、ぼさぼさの髪に少し触って、何もせずに手をおろした。
気まずい。
――――けっこう、きっぱり断られちまったな。
クリフが肺から絞り出すように、か細く笑うと、ユキの口がまた動いた。声は小さかった。
でも、この時のユキの声は、いつもの何倍もはっきり聞こえたように思えた。
「だめ――――なこともないよ」
ユキの眼が、クリフをしっかりととらえる。だんだん苦しくなってきたことでクリフは、自分が息を止めていたことに気付いた。風もないのに、ユキの羽織がはためいた。
「――――来る? 一緒に」
「いいのか・・・・・・? 俺なんかがついていっても」
「来たいって言ったのはクリフ君だよ?」
ユキは髪を束ね直すと、クリフに「着替えなくていいの?」と訊いた。いいわけない。
「でもユキ、もう消灯時間は過ぎてる。これで外に出て見つかったら、校則違反で大変なことになるぞ」
「そんなの、目を盗んで少しずつ移動すればいい」
「できたら苦労しないだろ」ブレザーをはおりながら意味もなく辺りを見渡した。「しかもこの階はモアイが担任兼担当だ。おれもう目ぇ付けられてんだよ」
「じゃあ待ってる?」
ユキにしては珍しく、挑発的な態度でクリフに応対した。所詮おまえはこの程度なのか、と。
今の言葉の意味がわかった途端、クリフの口の端が斜め上に伸びた。
この挑発は、かえってクリフの心をガッチリつかんだ。クリフに行きたくて行きたくて仕方ないと思わせるには十分すぎる言葉だったに違いない。やはり、単純だ。
――――そうだな、たまにはこうスリルが無くては・・・・・・!
「バーロー! 行くにきまってんだろ!!」
Twitterやってます。小説更新情報などをたまに呟いたりするので、どうぞ気軽に寄ってみて下さい。相互フォロー、大歓迎です。⇒http://twitter.com/#!/kinahamu