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漆黒の金時計  作者: 春 ゆみ
第二章  学院事件簿編
10/16

2-(5) 追跡

この話はフィクションです。宜しくお願いします

 一時間ほど、クリフはユキたちを捜しまわった。

 思い当るところはすべて見た。自分たちの部屋、食堂、事件のあった図書館、そして――――遺体の安置されている保健予備室。

 全部全部、見てまわった。なのに、誰も見つからなかった。

 「ったく、どこ行ったんだよあの二人・・・・・・!」

 まるでおれ一人だけ部外者みたいに、・・・・・・ってまぁ、それはそうなんだけど。

 クリフは不意に足をとめて俯いた。

 二人は自分の知らない『何か』に気付いていた。つまり、自分は完璧に『置き去り』にされていたのだ。

 何も知らない自分。ユキの事を何もわかっちゃいない自分。


 可笑しくもないのに、なぜか笑いがこみあげてきた。


 「・・・・・・みじめだよな、おれ」

 



 そのころ雪と薫は、本館の階段を『三段飛ばし』で飛び降りながら、しきりに辺りに目を光らせていた。

 飛び降りた時の衝撃が、自分たちにとって辛いと感じるようになってきた。足元がだんだん不安定になってくる。

 途端、雪は目の前の薫を見て肝を冷やした。

 「薫、下見て下! そこの段、崩れてるよ!」

 「うぉっと!!」薫はつんのめりながらも、手すりにつかまって何とか体制を立て直した。

 確かに、薫の足元の段が少し崩れ落ちていて、足の踏み場が半分ほどになっている。薫は頭を持ち上げて、いま自分のいる場所を確認した。どうやら、二階の西廊下らしい。

 「大丈夫?薫」すぐに雪が後ろから追いつくと、息を切らしながらポケットの中の金時計に目をやった。


 時計に一瞬視線が止まると、やがて苦虫を噛みつぶしたような顔をして、力任せに時計のふたを閉じた。

 「だめだ、間に合わなかった。おそらく奴はもう『この時間』にはいない」

 「そんな・・・・・・」薫はその場にへたり込んだ。雪は悲痛な目で、ただそれを眺めているしかなかった。

 薫は肩で息をしながら歯ぎしりすると、「私がもう少し早く気づいていれば」と一気に吐き出すように言った。

 「それは僕にも当てはまることだよ、薫。僕がもっと早く気づいていれば・・・・・・」雪は心の底から、薫に謝罪した。「・・・・・・ごめん、僕のせいだ」

 「そんなことない。雪は、関係ないよ。私の力量不足だから」

 「何言ってるんですか!」雪の声が、レンガ造りの壁や床に反響した。薫が雪を見上げた。薫の両頬には、涙がつたっている。

 雪は金時計を握りしめ、肩をわなわな震わせながら、目の前に立っていた。悔しさを身体全体でかみしめながら。

 「・・・・・・薫こそ、巻き込まれた被害者の一人でしょう? それなのに自分一人で抱え込んで・・・・・・この、あなたって人は! いい加減にしてください!」

 「わっ、私だって雪の事は信頼してるよ!」 

 「いいですか、僕にだって責任はあるんです。本当は分かってるんでしょう、だってこの件は・・・・・・」

 

 「こら君たち、そこで何をしてるの! 午後の授業はとっくに始まってる時間だろう!?」

 

 雪の頭で沸騰していた熱い血が、突如足まで降りた。雪と薫は息をのんで、勢いよく振り返る。

 心臓が破裂しそうなほどに脈打っていた。

 ――――誰だ!?


 「カップル同士、仲むつまじい事は結構なんだがねぇ、時と場所だけは選らばにゃならん」一階からコツコツと階段を登ってくる足音がすると、いかにもモップの似合いそうな掃除おばさんが、大きくて広い顔をひょっこり覗かせてきた。露骨に眉をひそめている。

 途端、雪の『足まで降りた熱い血』が、また上の方まで上ってきた。

 それとは裏腹に、動悸の方はしぼむようにおさまっていく。



 雪の眼が鈍く光った。

 「なんの用ですか? 取り込み中なんですけど」

 とにかく今は誰であろうと、自分たちのこのやり取りを邪魔されたくなかった。

 「まぁあんたらは若いからねぇ、授業を抜け出してそんなイチャつきたくなる気持ちも分かるけど、節度ある生活は守らにゃならんよ。時間だけはきちんと守る。わかるかい若者よ」

 「僕はいつも、『時間』に縛られた生活をしているんですがね」

 

 分かっていないのは、あなたの方だ。こっちは一刻を争う事態だってのに!

 このやり取りが歯がゆく感じられたのか、今度は薫が反論してきた。

 「それに、私たちはカップルなんかじゃありません。親友です。第一私は」

 「そんなことこそ『時間の無駄』ですよ薫。行きましょう」

 雪は踵を返して歩き出すと、わざと掃除おばさんとすれ違った。薫の手首をぐいっとつかむと、半ば強引に引きずっていく。

 不意に雪の束ねた後ろ髪が、薫の頬をかすめて撫でた。ずっと昔から一緒にいる人の、妙に落ち着く懐かしい匂いだ。

 案の定、雪と薫の背中を追うように、枯れて所々が割れ剥がれてしまったような、ガラガラの怒号が飛んできた。

 「授業位まじめに受けんかえ――――っ!!」

 雪たちは振り返りもせず、掃除おばさんの怒鳴り声で足音を隠すかのように、静かに廊下を走り抜けた。 



 薫と走りながら、雪は今までのことを踏まえて思いを巡らせていた。そして、確信した。

 ――――この事件は、僕にも責任がある。

 その事に気づいてしまった自分がいた。


 中庭で自分たちを凝視していた人物。きっと僕たちを監視していたに違いない。

 だからそれに気付いた僕と薫は、奴を追いかけた。必死で追いかけた。でも――――追いつけなかった。

 ――――この事件にはきっと、あの人が絡んでいるんだ。

 「・・・・・・薫。この事件、僕もできる限りのことをするから」

 薫は眼を見開いて雪を凝視した。

 「雪? 犯人探し、手伝ってくれるのか?」

 雪は微笑みながら頷いた。

 「まずは、態勢を立て直さなくてはなりませんね。一旦戻りましょう」

 雪は前を向いて、唇をかみしめた。口の中で、鉄の味が一気に広がる。

 これからもっと、こういう事が酷くなるかもしれない。覚悟を、しなければ。


 それと――――――。


 「帰ったらすぐに、クリフ君に謝らなくちゃね・・・・・・」

 

 

 

 

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