初雪の予感③
また、彗に付いていった。
さっきまでいた社殿からだんだん遠ざかる。
遠くから見るとその全体が見渡せた。
「なぁ、あの家意外と大きいんだな」
「当然でしょう。珠神は貴族の家系なんですから」
「貴族ってことは、金持ちってことか?」
「金持ち…身分があるだけで、お金はオマケみたいなものですよ」
「貴族ってそういうものか?」
「そういうものです」
歩いていると大きな駐車場に出た。
すると、黒塗りの外車の前に辿り着く。
「健司さん、乗ってください」
彗の隣には、使用人のような女性が立っていた。
俺をその眼が睨んでいる。
「彗お嬢様、これは?」
「今日から祈祷の手伝いをしてくれる方です」
俺がこれ!?
俺は、人では無くて物だったようだ。
「お嬢様がオスを連れていることが無く、乱暴な言葉遣いになってしまい失礼致しました。」
「あはは、大丈夫ですよ…あはは」
本当は大丈夫じゃないよ…
「早く乗って」
また、彗が苛ついてる。
彗は、時間に関して神経質なんだろう。
前に持っていたおっかない物を使われるのも嫌だし、そそくさと車に乗り込んだ。
この車のシートは、革で高級感が溢れている。
気持ち良すぎて、寝てしまいそう。
窓に頬杖をついていると町並みが流れていく。
「彗、祈祷はこの街でするのか?」
「いえ、依頼をいただいた所は、隣の県で少し時間がかかりそうです」
彗がそう言うなら少し寝させてもらおうか。
「お嬢様、この方は何というのですか?」
「桑原健司さんです」
何で、俺に聞かないんだ…
瞼が重くて反論の余地が無い。
「桑原様」
「あっ、はい」
「私の事は御許とお呼び下さい」
「御許さん…」
「それと、出来るだけお嬢様を退屈させないようにしてくださいね」
「っへ、俺?」
「健司さん、何しますか?トランプならここに」
遠足のバスのような楽しげな雰囲気であったが、それ以上に…
「彗…」
「何ですか?」
瞼が重くて…
「寝てもいいですか?」
瞼が閉じる刹那に見えた彗の表情は、歪に笑っていて微笑む糸目には、何か悪意があった。
瞼をとじて、眠ってしまった。
気が付くと首元がザワザワする。
河原で寝っ転がると枯れ草が身体に刺さるような
そんな感覚が首元でする。
彗が何をしようとこの程度で目を覚ますほど、小さい人間では無い。
カン、カン、カン。
金属を叩く変な音がする。
金属音!?
「これでもダメですかぁ、それでは…健司しゃん起きて」
耳元で…
そんな事をあの冷徹な彗が言うはずが無い。
何とも言えない気持ち悪さに目を開くと…
「ヒャへ!?」
驚いて、人外のような声が出てしまう。
眼前にあったものは釘が刺さってブラン、ブランしている藁人形だった。
風呂上がりに後ろに隠したのは、これだったのか。
「あはは、傑作ですね。興味深い生き物です。絶滅危惧種に分類してあげたい…。」
「それを早く…早くしまって」
「えぇ…もう少し、その間抜け面を見ていたいのですが…」
今にも気絶しそうな俺の顔をニマニマ見ている。
カシャ
しかも、間抜け面を写真に収められた。
「男なのにみっともない人です…ふふ。これをこうして保存してっと」
人が傷付くことを小声で言うのは、彗の癖だ。
間違いない、これで2度目なのだから。
「貴方、興味深いですね。この世界に一匹しかいない貴方を絶滅危惧種に指定して、保護してあげてもいいですよ」
「俺が…絶滅危惧種!?保護!?どういう事?」
「貴方をレッドブックに載せてあげると言っているのです。」
「そんな事が…」
「出来るんですよ。金の力で…金なら腐るほど有りますから」
これが貴族の価値観か…
「男なのに細い首ですね……首輪が似合いそう」
そう言って、彗の指先が耳裏に触れる。
触れた指が顎骨のかたちに沿って、雫のように垂れていく。
女の子の細い指が伝える振動が、骨伝導で増幅されて美しい旋律のように聞こえた。
恐ろしい娘なのに…俺のフェチズムを刺激してくる。
俺の好きな娘は、この娘だ。
あの時、一目惚れした容姿はこの娘そのものだ。それに本能がこの娘を好きだと言っている。
今日、出会ってサイコパスな本性を知った。
このサディスティック娘を好きな自分を、倫理観が恐怖している。
「何、ボケ〜っとしてるんですか?」
「ちょっと考え事してた」
「へ〜」
「それで、さっきの藁人形は…」
「嗚呼、これの事」
藁人形を左手で摘んで見せてくる。
「それはいいから…俺は、呪われたのか?」
藁人形を残念そうにしまう。
「いいえ。私は、この藁人形に何も念を込めていませんよ。いえ、人形と言うのも贅沢です。これは、ただ藁を束にしただけのもの」
「と言う事は?」
「貴方を呪ってはいません」
「ほっとしたよ」
「ただ、藁人形に釘を刺したという事象があるだけです…やろうと思えばやれますが」
少し安心したのに怖い事を言われた。
こんな会話を御許さんは、どんな顔して聞いているのだろう?
真顔だった。
運転に集中しているというのが現在の見解。
俺のことを(これ)とか(オス)とか言う割には、ちゃんとしている使用人のようだ。
また、窓辺に頬杖をつく。
外を見ると高速道路の料金所。
「もうすぐ着きますから」
彗との戯れの合間に高速道路に乗って、降りていた。
時間にすれば、彗と会ってから3時間程経過している。
この間に俺は絶滅危惧種とか言われて弄ばれていたんだな。
「それで、依頼はどんなものなんだ?教えてくれるか?」
少し厳しい表情をしながら、渋々答える。
「貴方なら教えても良いでしょう。依頼主の家族に受験生がいまして…」
受験生という言葉に懐かしさを感じる。
「その受験生の学業成就祈願というところです」
「学業成就で出向くものなんだ」
俺の時にそんな事はしてもらって無かったので羨ましさでつい、口が滑った。
「この田舎から星ヶ嶺大社までは、県を跨がなきゃ行けないんですよ。それに依頼主の方がこの頃、体調が優れないようです。」
ちゃんとした理由が有るんだ。
「理由がなければ出向く事も無いのか?」
「まあ、そうですね」
俺の時に祈祷に来なかったのも納得だ。
「着きましたよ」
そこは田舎街のようだ。
辺りには、田園が広がっていてポツンと一軒家がある。
「ここも立派な家だな〜」
「では、私はここでお待ちしておりますので用が済みましたら戻ってきてください」
彗は、トランクを開ける。
「健司さん、これ持ってください」
と、渡されたのは木箱だった。
「これは?」
「祈祷の際に使う神具を収めたものです。男の子なんだからそのくらい持てますよね」
もう、俺の威厳を取り戻すのは無理なようだ。
そもそも威厳など無かったか。
ジリ、ジリ、ジリ、ジリ
「祈祷の依頼をいただいた珠神彗と申します。今日はよろしくお願いします」
「彗さんね。今、行きます」
さっきまでの彗は何処に行ったんだ?
いや、神事はちゃんとするのか。
磨りガラスの玄関引き戸がガラガラと引かれる。
「お待ちしておりましたよ。さあさあ、こちらへ」
「お邪魔します。健司さんも入ってください」
その言葉に慌てて中に入る。




