初雪の予感①
この街のしがない神社−−
高1の秋。勉強に身が入らず、ダラダラと時間が過ぎる。片思いの亡霊に1年も付きまとわれて、生気を吸われ続けていたせいだろうか?
ピピ、ピピ、ピ…とアラーム音が響く。
「スマホ…スマホ、あった」
まだ、日が昇ってないのに…
神社の朝はつくづく早いと思う。
今日は雪が降るようだ。どおりで寒いと思った。
1日中、家に居るからどうでもいっか。
スマホの明日の予定にカラオケが表示される。
亜貴たちと行くんだっけ…何を歌おうかな。
そんな物思いにふけっていた。
そう言えば昨日、「漂着した島で、巫女さんに助けられました」のBlu-rayBOXを買ったんだ。
巫女に助けられるありきたりな恋愛だと思っていた。なのに…気づけば涙を流していた。
主人公と自分を重ねていたからだ。
はっ、慌てて財布を見ても何も無い。
明日のカラオケ、どうしよう?
廊下が軋む音がする…親父だろう。
寝たふりをするために布団へトンボ返りする。
そして、深々と布団を被った。
「健司、頼みがあるんだ!」
あぁ…面倒くさいなぁ
「父の仕事手伝いを頼みたい。御駄賃をやるから、このとおりだ」
「御駄賃…」
その言葉にすっかり乗せられた。
布団から少し顔を出してみる。
出来る事なら仕事をしないで御駄賃を頂きたい。
「明日、カラオケに行くんですけど…今、お金が無くてぇ、くれませんか?」
親父は、ニマニマしている。
クッソ、こちらの戦略はお見通しという訳か。
「仕事に付き合ってくれたら、御駄賃あげよう」
はぁ、仕方がないから付き合ってやろう。
神職のくせに何処にでもいる親バカだ。
「いいぜ。それで俺は、何をするんだ?」
「星ヶ嶺大社に行けば分かる」
「へ…?」
星ヶ嶺大社…ずっと行っていなかった。
その名を聞いただけで、あの記憶がフラッシュバックする。今でも覚えているあの後ろ姿を…
「お前は知らないだろうから、送っていってやる。朝食は用意しとくからな」
「何を知らないんだ!?」
その内容を言わずに「朝の仕事を済ませとけ」なんて決まり文句を言って、去っていった。
無責任だ。
最後の言葉は、言わなくても分かってるというのに…
境内で仕事をする時は、白い袴に着替える。
この袴は通気性がいい。そして、派手じゃないから着心地は抜群だ。
そして、神社の1日は境内清掃から始まる。
ハラッ、ハラッ
竹箒で、落ち葉なんかを隅々まで掃いていく。
ドラマで見るとその佇まいや姿は美しく思える。
でも、格好だけが良いだけ。
手を抜いていることもしばしば見かける。
顔が良いからって、姿が美しいとちやほやされるのは許さないぞ。
この仕事は、幼少期から続けていたので身体に染み付いてしまった。今では、この仕事に誇りを感じている。
ハラッ、ハラッ
「よし、このくらいだろう」
社務所を兼ね備えた自宅に戻る。
神社飯というのは、質素に感じる。
白米に、前菜に、焼き魚に、みそしる。
それに母の作るご飯が美味しいのが救いだ。
「母さん、食器はこっちに置いとくよ」
「ありがとうね」
「健司、あの袴に着替えて来なさい」
「分かった」
反論しても言いくるめられるから、労力は使わない。
袴という一言で仕事が神事だと分かった。神事の時には、紫の袴を着るんだけど、派手なんだよな。この白い袴で十分なのに…
「着替え終わったか?」
「見れば分かるだろ」
「行こうか」
休日ののんびりした気持ちを抱えて、重い腰を上げた。
車は星ヶ嶺大社を横切っていく。
そして、山道の路肩で止まった!?
神社から結構離れているのだが…
● ● ●
「親父、何処へ向かっているんだ?」
「ついてくれば分かる」
あれから30分ほど経っただろう。
所々には階段の様な跡が見当たる。
だが、獣道と大して変わらない。
冷たい空気が肺に入ってくる。
自ずと不安が湧き上がるのは、何故だろう?
ふと、頬に冷たいものが当たる感覚…
ちらついてきた。
「後、どのくらいなんだ?雪が降ってきたぞ」
今年、初の雪に少し動揺した。
「着いたぞ。ここが星ヶ嶺大社本殿。ここでお参りをするぞ」
あれはなんだろう?
杉に囲まれる中に高層神殿がひっそりと佇んでいる。神話に出てきそうな建物が星ヶ嶺大社にある事を知らなかった。
「ここが本殿?じゃあ、いつも御参りする本殿はなんなんだ?」
「あぁ…あっちはだなぁ飾りと言ったところだろう。あっちでお詣りしたところで、御利益は此処の欠片程度だからな…ハハハ。驚いたか?」
親父によると、ここに御神体が祀られていのだそう。
「なんで、あっちに御神体を置かないんだ?」
「それはだな…」
答えたくない事情でもあるのだろうか?
「御神体は本当にエネルギーを持っていて願いを叶えちまうからだな」
「神社は人の願いを叶えるために有るんじゃないのか?」
「これは、幸も不幸も問わずに何でも叶えてしまうからな…願望器なんてもんは人目につかない所に置いとくのが一番だ」
向こうに誰か見えた。
「久しぶりだな、桑原。それに健司君も…」
久しぶり?お父さんのことか。
「この方が星ヶ嶺大社の神主。珠神徹さんだ」
「宜しくお願いします」
「よろしくな。君にはね、私の娘と神事をしてもらいたい。忙しくて困っていてね、桑原が君を紹介してくれたんだ。やってくれるか?」
親父の方に目を向けると、指でマネーのサインをしながら俺を睨んでいた。
「あぁ、そのつもりで来たんだ」
「話が早くて助かるよ」
神殿の扉が開けられる。
「丁度、終えたところか」
誰か居るのかな。
少女がそこから出てくる。
白い髪が揺れて…
また会えるなんて夢みたいだ。
巫女服に包まれた姿は、綺麗だ。
階段を駆け下り、こっちへ寄ってくる。
「お父様、禊を終えてまいりました」
「こちらが私の娘の彗だ。これからよろしく頼む」
彗、良い名前だな。
心臓の鼓動が早くなって、身体中に緊張が走る。
「よろしく、桑原さん」
「よろ、しく」
「貴方も陰陽師なのですか?幽霊を祓える?」
聞き慣れない言葉に詰まる。
好きな人に良いところ見せたいのに−−
考えろ、考えろ!
「陰陽師…とは?」
挙句の果てに出たのが、この情けない一言だった。
「はぁ、本当に呆れたお方。お父様、話が違う気がするのですが…この方がいなくても彗は一人で出来ますよ」
「そう言わずにこいつを連れて行ってくれ。こいつについては、俺が保証する」
親父が間に入ってくれたけど…
それにしても、俺はそんなにどうしょうもない奴なのか。
「そうですか…桑原さんはもう禊をお済みですか?」
「ええっと…」
思わず、声が震える。
「そのくらいなら知ってると思う…珠神さん」
「そうですか…承知いたしました。桑原さんこちらへおいで下さいって何、ボーっとしているんですか?」
「あぁ、はい」
その視線が怖くて、俯いていた。さっきから寒くて、風邪引いてしまいそうだ。
…俺は好きな人になめられているみたい。
あの娘は何でなめるんだろう。
いっそ無視してくれた方が良いのに…
俺の未熟さゆえなのか?もっと、神道の作法を勉強しておけば良かったな。
初詣からずっと止まってた歯車がやっと動き出したと思ったのに…一瞬にしてバラバラになった。




